8-4

 やがて権蔵は、死んだ機材たちの群れを避けるようにして奥まで進んだのち、壁の方を見つめたまま、すっと座り込み動かなくなった。


 権蔵に導かれるようにして人間たちも足を止め、権蔵が見つめている先へと視線を向ける。

 そこには、なんかよく分かんないダンボールが乱雑に積まれている。

 そのダンボールたちと奥の壁とのあいだにはわずかに隙間があって、ここから見ている分にはそこにあるのは、ただの闇としか感じられないけれど、権蔵にそんな熱心に見つめられちゃうと、そこには権蔵しか…犬にしか見えないヤバイ何かが潜んでいそうな気がしてゾゾッと寒気がしてくる。


 …とか思って勝手に私がビビっていたら、そこで仁見先生がくるっと振り返って、こっちを見てきた…というか私じゃなくて私の後ろにいる赤間さんを見てきた。

 仁見先生は小声で「赤間くん…」と囁くと、くいくいっと権蔵が見つめる先を指し示めした。


 どうやら赤間さんへ、ここを確認してくれって言っているらしい。

 自分でやればいいのに。


 ご指名された赤間さんは文句を言うこともなく、クールな表情のまま静かに権蔵が見つめる先へと近づいていく。

 背の高い赤間さんは、積まれたダンボール越しに覗き込むような形で、ダンボールと壁の隙間の闇の奥を確認する。


 そして、私の位置からはその黒いロングコートの背中しか見えないわけなんだけど、隙間の奥に何かを発見したらしい赤間さんは、静かな声で「いますね…」とつぶやいた。


 いますねって…何が!?


 もはやこのときの私の気分はアマゾンの未開拓地へやってきた探検隊な気分で、いますねって言われたら、次の瞬間にはアナコンダか大猿でも出てくるじゃないかってそれくらいの緊張感でドキドキしながら赤間さんの背中を見守っていたら、赤間さんが隙間の奥に手を伸ばしたとたん、いきなりそれがピャッとこっちに飛び出してきたのだった。



 「わわっ!!」



 飛び出してきた白っぽい影に驚いて私が大きな声を出したら、すぐに仁見先生から指示がくる。



 「マナちゃん、キャッチキャッチ!

 そんなん捨てていいから、捕まえて!!」



 なんか守りの回で必死にピッチャーへ指示を出す野球監督みたいな言い方で仁見先生が叫んできたもんだから、私は抱えていたプラスチックのゴミ箱を床にむかって放り投げると、逃げていく白い影を追いかけた。


 その影は…悲しいかな、仁見先生が前に言っていたように体が大きいせいでトロいというか…ゴホン、とにかくそこまで俊敏じゃなかったので、私でもすぐ捕まえることができた。


 そう、ダンボールと壁の隙間に隠れていたのは探していた白猫ステファニーちゃんだった。

 

 

 「うっ、重…」



 さすが小型犬並みの恰幅のよさを持つステファニーちゃん、捕まえてそのまま抱き上げると、ずっしりとした重量感を両腕に感じる。

 私に抱っこされているステファニーちゃんは暴れたりすることもなく、そのままジッとしてくれている、さっきはいきなり赤間さんの腕が自分の方へ伸びてきたことで驚き、つい逃げ出しちゃっただけみたいで、これ以上の逃走の意思はないみたいだった。


 あーよかった、やっとステファニーちゃんを無事に保護することができたと、長きの逃亡生活により少し薄汚れた白い毛並みをなでながら抱っこしつつも私は思う、それにしても何でステファニーちゃんはここにいたんだろうと。


 まさに灯台下暗しとはこのこと。

 さんざん外を探し回っていたステファニーちゃんが、なんと仁見先生の医院の上の階にいただなんて。

 どうやってステファニーちゃんは、このビルの2階に入り込んだんだろう?


 ひとつ探し物がみつかると、別の疑問が生まれる。

 ステファニーちゃんを抱っこしながら私が頭をひねっていると、そのあいだに部屋の明かりがついた、一気に2階フロア全体が明るくなる。

 どうやら、ひっそりと壁とダンボールの隙間に身を隠していたステファニーちゃんを刺激しないために、それまで明かりをつけずにいたらしかった。


 ステファニーちゃんの身柄を確保した今、仁見先生はあっさりと電気をつけ、そしてしゃべる声の大きさも普通に戻る。



 「いやね、さっきマナちゃんから話を聞いていて、閃いたんだよ。

 デブ猫ステファニーは、うちの2階にいるんじゃないかってね。


 ほら、赤間くんの推理? 猫は、猫が好む行動の下にまず佐藤さんちの敷地にたどり着いたあと、お稲荷さんの社を強奪して棲みつき、そんでもって佐藤さんちのでかい木にカラスが隠していた『幽霊の右手』を盗みとったのち、枝をつたって別の安全地帯に逃げたんじゃないかっていう、あの仮説、それを聞いたときにさ、デブ猫ステファニーはひょっとして枝づたいにうちの2階に入り込んだんじゃないかってさ、そう思ったんだよ」



 「しかし仁見先生、お向かいのお宅の大木の枝は、道路を挟んでこちら側にまで届くほど伸びてはいませんでした。

 この猫の推定体重からしても、細い枝の先のギリギリまで寄り、跳躍等でこの2階のベランダに入り込む行為なども不可能だと思われます。

 それに、猫が運よく2階のベランダに入り込むことができたとしても、どうやって室内にまで侵入することができたのでしょう?」



 私が何か言う前に、仁見先生が勝手にステファニーちゃん発見に至る理由を語り、そしてスマートな赤間さんが当然の疑問をそこへツッコんでくれたため、このとき私はただの聞き役へとまわる。

 

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