8-3
さっき仁見先生は、夜道で私の腕を掴んできた幽霊男性の正体を、不審者呼ばわりしていたし、前も幽霊とか気にしてる私のことをプギャーってバカにしてきたから、やっぱりリアリストよろしく幽霊というものの存在を信じていないのかもしれない。
私は、さっきの仁見先生の説明というか推理? とにかく、夜に仁見先生の医院の周囲に姿を現していた人影の正体が、例の不審者か、タバコを吸っていただけの赤間さんだったのかもしれないという話にそれなりに納得はしていたけれど、それはそれとして、事故で失くしてしまった自分の右手を探してこの辺りを彷徨っていると噂の幽霊男性の存在は、別物としているかもしれない可能性の余地を心の中に残していた。
つまり幽霊男性もまた、仁見先生の推理とは別に、いるんじゃないかと。
だから、仁見先生と権蔵が先頭となり、私が真ん中で、最後に赤間さんが後ろからついてきてくれているという、この安心サンドなポジションに私はかなりホッとしていたってわけ。
なんだかんだ言っても、自分が列の一番後ろだったらコワイじゃん。
夜だし、さっき変なヤツに腕掴まれたばっかだし、自分が一番後ろだと、今にも背後から幽霊が襲ってくるんじゃないかって、こういうときは変な想像をついついしちゃうんだよね。
だけど、私の後ろには今、赤間さんがいてくれてるんだ…という事実だけで私の心はほかほかして、めっちゃ安心できた。
ああ、なんかこれは、どんな嵐や台風からも私を守ってくれる鉄壁の壁に背後から守られているような、そんな安心感…とか思いながら私は、ちらっと後ろをちょっとだけ振り向いて赤間さんのことを見た。
私より背が高い赤間さんは、まっすぐ前を見たままクールな表情で歩いている、そんな姿をちらっと見ただけでも乙女心がキュンキュンして、恐怖感だなんだとか面倒なものが全部どこかへぶっ飛び、なにもかもを超越した最強のハッピー感で満たされていく。
うーん、それにしても赤間さん、今みたいに訳わかんない状況になっても無駄口ひとつこぼさずに、クールに適応しちゃうからカッコイイよなぁ。
マスクしてゴム手袋つけた医師が意気揚々とシェパード犬をつれて、迷子の猫と『幽霊の右手』を探しに行くという謎のシチュエーション、…こんなの客観的に見たらぜったい変じゃん、しかもロクな説明もなしに歩き出すし。
私はこういうの慣れてるといえば慣れてるからいいんだけど、つまり、ちゃんとした説明もなしに仁見先生からこうするようにって指示を受けて、なんかよくわかんないけど言われたとおりにしてたら、最終的には、ああ…こういうことだったんだ、なるほどーって納得することがこれまでに何度もあったから、とりあえず仁見先生の言うことをきいてついていく、ってのができるけど、赤間さんは今どう思っているんだろう?
赤間さんが何も質問することなく、黙って仁見先生の行動に従うのは、やっぱり赤間さんもそれなりに仁見先生のことを信じているからなんだろうか?
うーん、どうなんだろう…って考える間もなく、なんと外へ出た仁見先生は権蔵とともに、カンカンカン…ってビルの外階段をのぼって建物の上へとあがりだした。
そのことに私はギョッとする、まさか仁見先生…引きこもりゲーマーの血が騒いで、ビルの上にある自分のおうちに帰りたくなっちゃったんじゃないでしょうね?
日頃の仁見先生の変な気まぐれぶりを知っているばかりに恐れおののきながらも後ろについて階段を上がっていく私と、静かに黙って最後尾からついてきてくれる赤間さん。
しっぽをふりふりしながら器用に階段を上っていく権蔵と、権蔵のリードを持っている仁見先生のペアは、3階にある仁見先生の自宅まで行かずに、2階に着いたら足を止めた。
そのまま仁見先生はポケットからカギを取り出して、ガチャガチャと音をたてながら2階にある部屋の扉を開けた。
一階にある医院の玄関扉同様、キィッ…というどこか錆びついているような古くて高い音をさせながら開いた扉の先は真っ暗だった。
その部屋は…昔、仁見先生のおじいさん先生がまだ現役だった頃に一階とは別に使っていたという手術や検査をしていたフロアだ。
もう機材も型が古くなって使えなくなっちゃったから今では物置き状態になってるんだって、そう仁見先生は前に話していた。
おじいさん先生の代から受付をしていたうちのおばあちゃんは、そこがどんなとこなのかよく知っているみたいだけど、私は中を見るのがこのとき初めてだったので、2階のフロアのことは全然分からなかった。
とりあえず仁見先生の背中越しに覗く分には、ほんと物置きってカンジに見える場所だった。
うっすらと埃がかかった布を被せられた、よくわかんない機材がごちゃごちゃと乱雑に寄せて置かれている、なんていうか…仁見先生もおじいさん先生も、断捨離とかが苦手なタイプなんだろうなってそこはかとなく察することができる光景、その辺のアレは血のつながりってやつなのかもしれない。
で、物置きよろしく入り口から入ってすぐ、2階の部屋の中はごちゃついているわけなんだけど、それでも奥に進むための動線のようなものは確保されていた。
ほら、部屋が汚ったない友達のうちに遊びに行ったらよくあるような、自然と歩くための道が床に出来ているっていう、ああいうカンジに。(伝わるかな?)
2階の扉を開けた仁見先生は、室内の電気をつけることなく(1階の医院のエリアと、3階の仁見先生のおうちの電気がつくなら、この2階フロアだって電気がつくはずなのに)懐中電灯の明かりで正面を照らしながら(その懐中電灯は、私が幽霊男性とエンカウントしたとき驚いて小道に落としてしまった赤間さんのものだ。仁見先生が拾ってくれたあと、勝手に使っている)権蔵を先頭にして、ゆっくりと奥に向かって進んでいく。
ここまで仁見先生はずっと黙ったままで、何の説明もなかったけれど、先頭を進む権蔵の様子がさっきまでと違くて、その様子が異変を教えてくれたから、私も黙ったまま息を飲んで権蔵と仁見先生についていく。
なんだか権蔵は興奮しているみたいだった、鼻を床につけるようにしてフンフンとにおいを嗅ぎながら、リードを持つ仁見先生を誘導するように暗い部屋の奥へ進んでいく。
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