8 みつかった真実と、そして…


 「んで、さっきの幽霊男性がどうとかって話、何なのかなマナちゃん?」



 そして完全なるセーフティーエリアである仁見先生の医院へと帰還し、かかっていた玄関扉の鍵を開け、二人と一匹で室内へ入り、電気をつけて受付を明るくしてひと息ついたところで、私はさっそく仁見先生から詰められる。



 「ええっと~、それはですねぇ…」



 すぐ横では権蔵がちゃぷちゃぷ言わせながら床の上に置かれた、滅菌済みの医療用ステンレストレーに入れられたミネラルウォーターを飲んでいる。

 (いい感じの大きさのお皿が院内にはないからって仁見先生、そんなシュールなもんに権蔵のお水入れなくたっていいのに)


 いつもなら院内の雰囲気をささやかに明るくしてくれるUSENの素敵なバックミュージックも流れていない(そりゃ今日は医院が休みの日なんだから電源切ってるに決まってる)ただシェパード犬がちゃぷちゃぷお水を飲む音だけが響くなか、手練れの警察官みたいな目で私をジトーっと見てくる仁見先生の圧がひたすら重い。


 あーあ、非常事態だったとはいえ、今思えば余計なこと言っちゃったな。

 ついうっかり幽霊男性なんてワードを仁見先生の前で口に出しちゃったから、私と赤間さんだけの秘密、ご近所と仁見先生の医院を守るためのゴーストバスターズ活動が、バリバリ勘のいい仁見先生に勘づかれてしまった。


 もうここまできたら無理だ。

 私ごときじゃ、ピンと何かに気づいてしまった仁見先生の閃きを、上手いこと誤魔化して秘密を守る…なんてことできないって、これまでの経験から理解しているから。


 患者さんの曖昧な説明から現在使用中の薬剤の名前を当ててみたり、怪我の具合を診てそれがどういう状況で起こった事故だったのかを察したり、そういう診察中の真面目なときの仁見先生と、白衣を着てるかただのだぼだぼジャージかの見た目の違いはあるけれど、いま私の目の前にいる仁見先生の雰囲気は一緒だったんだもん。

 だから私は観念して、ぼそぼそと気まずいけれど、これまでの幽霊話について仁見先生へ説明した。


 私が話す内容を、やっぱり仁見先生は、診察室で患者さんを前に問診しているときと同じ真剣な目つきと雰囲気のまま聞いている。

 話を聞きながら、どのように問題を解決させようかとあれこれ考えているときのドクターらしい顔つきで。


 やがて私からの聞き取りを終えた仁見先生は、受付のソファーに腰掛け、お水を飲んでリラックスしたらしい権蔵が床に寝そべったその頭をなでながら、ついに今回の事件の診察の結果を述べる。

 

 

 「マナちゃん、次からはちゃんと、そういうクリニック周りの変な悩みごとがあったら私に相談しなさいね。

 こそこそ赤間くんと二人で無駄に幽霊なんぞを探し回るより、クリニックの責任者であるこの私にさっさと話してくれたら、サクッと事件は解決していたのにさぁ。


 デブ猫ステファニーの居場所はもとより、クリニックの周辺を夜にうろつきまわる黒い人影の正体も、昼間にちらっと見える幽霊らしきものの原因も、だいたい理解したよ、今のマナちゃんの話で私は」



 「ええっ!? いくら仁見先生でもそんなあっさりステファニーちゃんの居場所も幽霊の正体もわかっちゃいます!?」



 ウソでしょ、あれだけずっと長いこと私が悩んでいたスーパースペクタクルに謎に満ちた難問を、私から数分だけこれまでの事件のあらすじを聞いただけで解決しちゃうとか、それってどうなの?


 でも、権蔵をなでてている仁見先生の静かな雰囲気は、決して私をからかってイジってくるときのふざけた雰囲気とは違う、診察中と同じような真面目さがあった、その感覚を普段から私は知っていたから、マジかよ…と思いつつ黙り込む。



 「とりあえず夜にうちのクリニックの近くをうろついているらしい黒い人影ってのの正体は、さっきの不審者の可能性も高いけど、ひょっとしたら赤間くんのことだったのかもね。


 赤間くんってヘビースモーカーだから、すぐタバコ吸いたがるんだけど、前にクリニックの中では絶対タバコ吸うなってきつく𠮟っておいたから、ニコチンが切れてどうしても一服したくなっちゃったときは、外に出て吸うんだよね、寒いのにわざわざさぁ、ほんとバカだよね。


 で、夜に閉まってるはずの暗いクリニックの外にさ、いい年した大の男が…しかも黒い服着た背の高い怪しい奴がだよ? ボーッと突っ立ってたりしたらさ、通りかかった人からしたら赤間くんがタバコ吸いたくてたまらんアホだなんて知ったこっちゃないわけだから、不審な目で見るわけでしょ? この辺りに住んでるわけでもない見知らぬ奴が、なんでうちのクリニックの敷地で…しかも夜だよ? 突っ立ってんだって、そう思うでしょう気味悪いよね。


 ま、赤間くんも空気読めない奴ってわけじゃないから、そういうご近所の通りすがりの人の不審たっぷりな視線を感じると、さすがに気まずくなって、そーっとさりげなく夜の闇に紛れてフェードアウトするんだろうね。

 彼、そーっと姿隠すの超得意だからさ、昔っから、悪さして𠮟られそうになったり、めんどくさそうな状況に陥ると、その手前でスーッて逃げんの、だから赤間くんのあの見事な逃げっぷりを知らない人が見たなら、ボーッと怪しげに突っ立ってた黒い男の影がよく見たらどっか行ってて怖っ! ってなるんじゃない?


 だからまあ夜の人影の方はどうでもいいとして、問題は、昼間に見える影の方だよ」


 

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