7-12

 

 「仁見先生…どうしてこんなところにいるんですか…?」



 幽霊に遭遇して襲われたショックより、赤間さんにハグしてもらえなかったショックで呆然としながらも(でも…うん、逃げた幽霊を追いかけていく赤間さんの漢気はステキよね…)私はとりあえず、そんなことを仁見先生へむかって言った。


 でも仁見先生は、日頃の運動不足が祟ったのか、息苦しそうにハアハア言ってばっかりで、すぐには返事をしない。

 そのあいだも私はシェパードくんにベロベロなめられてて、しょーがないからチラッとそのシェパードくんの顔を見たとき(顔っていうか…毛の模様?)ハッと気が付いた、私…このシェパードくんのこと、知ってるって。



 「この子…清水さんちの権蔵くんじゃないですか! なんで仁見先生が権蔵くんを連れて歩いているんです? もしかして夜の散歩代行?」



 このシェパード犬の権蔵くんは、仁見先生の医院の周辺を毎日の散歩コースにしているご近所のワンちゃんだ。

 あの、この辺りで近ごろ何か異変を感じませんでしたかってご近所に聞き込み調査したときに、散歩の途中で仁見先生の医院の近くに来ると、なんか座り込んだまま動かなくなっちゃって飼い主さんが困っているって、そう証言していた、その権蔵くんだ。


 走ってきたせいで息が整ってなかった仁見先生も、ここでやっと呼吸が落ち着いてきたのか、ムッとした顔をしながらぶうぶうとこんな文句を言ってくる。



 「マナちゃん…キミ、失礼だぞぉ! ここにいらっしゃる権蔵さんを何だと思っているのかね。

 権蔵さんはねぇ、今は引退しているけれど若かりし頃は警察犬として地域の平和を守っていた、そりゃあ素晴らしい地域貢献者なんだぞ、頭が高い、控えおろう!」



 「えぇー…そんな仁見先生がえばんなくたって…。

 ていうか、権蔵ってそんなスゴイ犬だったんですね、よーしよしよし」



 私へのベロベロが落ち着いてきたところで、そのふかふかした茶色の頭をなでてあげると、権蔵は気持ち良さそうに目を細めた。



 「んで、そんな素晴らしい元公務員犬の権蔵さんを、わざわざ私は清水さんからお借りしてきたんだよ。

 マナちゃんが赤間くんを連れてデブ猫探しをするっていうからさぁ、んなヒントも無しで闇雲に近所をうろつきまわって探したってしょうがないじゃん、権蔵さんのお力…ていうかお鼻を借りて捜索した方が効率いいに決まってるでしょうが」



 「え…じゃあ(あの引きこもりゲーマーな)仁見先生も、猫探しを手伝ってくれるつもりで、わざわざ権蔵を連れてきてくれたんですか…?」



 仁見先生…あれだけステファニーちゃん探しに興味なさそうだったのに、権蔵連れて途中参加してくれるなんて…意外! 


 仁見先生もその気になれば、ちゃんと他人に気を遣えるんじゃないですか! …って、そんなことはどうでもよかったや、そんなんじゃなくて今もっと大切なことは…!



 「仁見先生っ! 赤間さんが…幽霊男性を追いかけていっちゃいました!

 どうしよう…赤間さん、だいじょうぶかな…」


  

 「幽霊男性って、なに?」



 オロオロと赤間さんの無事を心配している私の乙女心なんて知る由もなく、仁見先生は妙にぽかんとした顔で私のことを見てくる。

 えっ何言ってんのこの子…みたいな目で。


 いやいやいや…! 何言ってんのって思ってんのはこっちの方ですよ!

 遅ればせながらステファニーちゃん探しに権蔵を連れて途中参加した仁見先生は、たまたま私の悲鳴を聞いて、駆けつけてくれたんじゃないんですかっ?

 幽霊男性ってなにって、仁見先生だってさっき見たでしょうが! 私の腕を掴んでた怪しい黒いヤツですよ! まったくどこに目を付けてんですかっ眼科医のくせにっ!


 …という文句が一気に、ぽかん顔の仁見先生を見ているうちにむかむかと頭の中に浮かんできたけれど、さすがにそのまま本人へ言っちゃうわけにはいかないので、グッとこらえる。


 そして仁見先生は、そんな私のイラつきに気づくことなく、それどころかなんか勝手に「ああ…」みたいな感じの納得顔に変化して、うんうんとうなずいた。



 「ああ、そうね、幽霊ね。

 つーかさ、とりあえずマナちゃん、一度うちのクリニックに戻ろうよ。

 こんなとこ突っ立ってたってしょうがないし、権蔵さんにもお水をあげないとね」



 「仁見先生! だから赤間さんが幽霊男性を追いかけて行っちゃったの見たでしょう! 心配じゃないんですか!? 今ごろ赤間さんが幽霊男性からひどい目に遭わされていたらと思うと、私…」



 私の恋する乙女心は置いておくとしても、今のこの状況は、誰がどう見たって赤間さんのことを心配すべきシーンなのに、仁見先生はやっぱりヘラヘラしてばかりで全然緊張感がない。



 「だーいじょーぶだって、赤間くんはねぇ、あんな見た目をして…いや、あの見た目通り? とにかく腕っぷしは強い奴だからさ、相手が幽霊だろうがゴジラだろうが宇宙人だろうがボッコボコに返り討ちにするだろうから、ただ帰ってくるのを待ってるだけでいいんだよ。

 そのうち涼しい顔してクリニックに戻ってくるからさ、ホラ、マナちゃん行くよ」



 …本当かなぁ、そんなのんきなこと言ってて本当に赤間さんは大丈夫なのかなぁ、てか赤間さんってそんなに強いの? まさか元ヤンキーとか? ぜんぜん今のクールで落ち着いた大人な見た目からじゃ想像できないけど…それはそれでギャップ萌えってやつだわ!


 新しい赤間さん情報に乙女心をほかほかさせている私を、仁見先生は「ほらー早くーっ」って権蔵といっしょに促してくるもんで、とりあえず二人と一匹は夜道をてくてく歩いて仁見先生の医院へと戻っていく。

 

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