7-11
そして振り返った私の目に映った光景の先には、やはりというか本当の本当に仁見先生がいるのだった。
診察時間外はもれなく自室に引きこもってゲーム三昧のはずの仁見先生が、なんでなのか大きなシェパード犬といっしょになって、こっちに走ってくるのが見える。
(運動嫌いの仁見先生が、こんな長距離を必死に走ってるの初めて見た…)
そんな超非日常な光景を目にした私は(ええもう幽霊男性の登場といい、何もかもが、このときは非日常モードだったんですよ)頭の中がクエスチョンマークでいっぱいになって、一瞬のあいだだけ、目の前にいる幽霊男性に腕を掴まれている恐怖もすっかり忘れてしまったくらいだった。
なんで仁見先生がこんなところに?
ペットは飼っていないはずなのに、なんで犬のリードなんか持っているの?
(散歩にしては、仁見先生の方がシェパードに引っ張られすぎてるけど)
てか、そんな慌てた顔してる仁見先生ちょーめずらしいし。
まだ距離があるけれど、仁見先生&シェパード犬のコンビは、どんどんこちらへ近づいてくる。
振り返った私がそんな訳のわからないコンビを呆然と見ているのと同じように、私のすぐ横にいる例の幽霊男性も、お騒がせにこちらへ駆け寄ってくる仁見先生&シェパード犬に注目しているようで、そのわけわからん登場人物にさすがの幽霊も引いたのか、ちょっとだけ私の腕を掴むその手の握力が弱くなった気がした、なんか怯んだのかもしれない。
だけど私が、そんな幽霊男性の変化に俊敏に気が付いて掴んでいるその手を振り払って逃げてやろうだとか、血相変えた仁見先生が犬に引っ張られながらやってくるのをこのまま待って助けを求めるだとか、そのとき選ぶべきだった次のコマンドについて悩む間もさえなく、さらに非日常…っていうか、想像を超える出来事が起きた。
なんと、ハアハアしながら犬連れで必死になって走ってくる仁見先生を速攻で追い抜かして、仁見先生の背後から疾風のような勢いで超ダッシュの赤間さんが私のもとにやってきたのだ!
あ…赤間さぁぁーーん…っ!!
私が小道の先に出て、この幽霊男性にいきなり腕を掴まれて悲鳴を上げたその瞬間から、きっと赤間さんは即走り出して、住宅街を疾走し、すごいスピードで一気にここまで…私のところまで駆けつけてくれたんだ!
仁見先生の医院がある側の道路から、遠回りして反対側の道路に出るためには普通に考えてももっと時間がかかって当然なのに…赤間さん…めっちゃ足速いんですねっ、俊足の赤間さん…カッコイイッ!!
てか、やばっ! このシチュエーション!
幽霊男性につかまった私を、イケメンが助けに来てくれたとか…なんなんこのナイスすぎるシチュは! だれかっ、だれかこれから起きる光景を動画に撮ってくださいっ! これは私史上最高の記念日になる予感到来っ!
いつもクールに落ち着いた表情をしている赤間さんが、怒ったみたいに険しい顔をして私のもとへ走ってくるその様子を見ていたこの瞬間こそ、ドキドキわくわくで胸がいっぱいで、ぶっちゃけ幽霊に対する恐怖心なんていうものは、どこかへ消し飛んでいた。
ま、そんなもんですよね、乙女のときめきの前にはいかなる幽霊もカスってことですよ。
人生で一度あるかないかってくらいに超ときめきが加速するシチュエーションに心を躍らせる私がいる一方、相変わらず私の腕を無礼にも掴んでいた幽霊男性の方は、こっちに向かって疾走してくる赤間さんの気迫にビビったのか、赤間さんが私のもとへやってきてくれる…というその寸前に、バッと乱暴に掴んでいた私の腕を離すと、赤間さんや仁見先生&シェパードがやってくるのとは反対の方角へ向かって、一目散に走って逃げていってしまった。
みるみるうちに、その黒い後ろ姿は、夜の住宅地の闇のむこうに消えていってしまう。
すごい、こちらに向かって走ってくるという赤間さんのそのカッコよさのみで、幽霊男性を除霊した…と、そのときの私は、ボーゼンとその場に立ち尽くしながら思った。
幽霊男性はどっかに逃げていった。
身の危険は去っていき、私は無事。
そして、赤間さん(と、仁見先生とシェパード犬)が私のところにやってきてくれる。
味方が来てくれて、もう、私は100%安全なのだ。
いや、ていうかさ、もうそんなのどうでもいいや。
ホントに大事なのはここからよ、だってあんなにも険しい表情をした赤間さんが(ああ、その凛々しい顔もカッコイイ!)私のところへ走ってやってきてくれるんだもん、これはもう…ハグでしょう! ハグするしかないでしょう!
私のところへやってきてくれたその瞬間、私と赤間さんはお互いの無事に歓喜しつつ、深く抱きしめあうんだ! 古今東西どう考えたってこのシチュエーションはそういうことでしょう!?
やあぁぁっ!! やばいっ!! どうしよう緊張するっ!!
もう目の前までやってきている赤間さんの姿をみつめながら、私の心臓はドキドキドキドキ…鼓動高鳴りまくりでマジこの瞬間の緊張具合といったら胸が痛いくらいだった、そりゃあもう幽霊男性なんかと遭遇したときのそれとは比べものになんないくらいに。
それでも私は気合を入れて、エイッと両手を大きく広げた。
それこそよくあるディズニー映画のワンシーンみたいに、王子様が私を抱き上げて…なんかこう、くるくる回してくれる…あのカンジを想像して。
でも…。
でもね…。
いま思い出しても、すごい恥ずかしいっていうか、悲しいんだけど、走ってきた赤間さんはね、ハグをスタンバってた私の横を素通りして、そのまま猛ダッシュで幽霊男性を追いかけていっちゃったの…。
あっという間に赤間さんの姿は、数秒前の幽霊男性と同じように、夜の闇のむこうへ沈むように見えなくなってしまう。
虚しく両手を広げる私の胸の中へ、代わりに飛び込んできてくれたのは、シェパードくんだった。
シェパードくんは、あったかくてでかい舌でベロンベロンと慰めるように私の顔をなめてくれる。
「マナちゃん…だいじょうぶ…? ハアハア…」
そんでもってシェパード犬に引きずられるようにして、息を切らせながら仁見先生も私のとこへ到着する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます