7-10

 いや、見間違いかもしれない…とも同時に思った。


 なんていったって、この狭い小道のなかの暗黒っぷりに比べたらマシだけれど、出口の先にある通りだって、ちょっと街灯なんかの明かりがあるだけの夜道なのだから、そんな暗がりのなかで影が動いたかも…なんて言っても、それはただの見間違えの可能性が高かった。


 だけど…薄暗いアスファルトの上を、何か意志を持って動くものが、ささっと微かに移動したときの影の端のような何かが、そのときの私の視界の片隅には見えたような気がした、それ自体は紛れもない事実だった。


 だから私は、相変わらずのカニ歩きで出口にむかって前進しながらも、出口のむこうでチョロっと動いたような気がした影の見えたところを、ロックオンで凝視していた。

 そしたら…もう一度、その怪しい動く影が、ささっと俊敏に動いて、ここからじゃ塀によって隠されてしまっている通りの右手側へとまた引っ込んでいくのが見えたのだ。


 やっぱり! この小道を出たすぐのところに、動く何かがいる!

 それって…ステファニーちゃんじゃないの!?


 まさしくこの獣専用みたいな小道を、ターゲットである猫のステファニーちゃんが通ろうとしていて、だけど私という人間が道いっぱいにふさぐような形で入り込んじゃっているから、どうしたもんかって向こう側で立ち往生をしているのでは? …てなカンジにこのときの私は考えた。


 そんなわけで、これは大チャンス到来! ステファニーちゃんを見つけるためのヒントとなる痕跡を発見するどころか、ステファニーちゃん本体を見つけてゲットできれば大手柄でしょう! これでみんなが喜んでくれる! と、さらにこう考えた私は、テンションあげあげで出口に向かってできる限りの早歩きのまま突進していった。


 ステファニーちゃんを逃してはならない、そう思って若干あせりながら、私は懐中電灯を持った右手をふりふりと動かしつつ、出口へと到着する。


 やっとカッコ悪いカニ歩きから解放される…まずは左肩の方から順番に、狭い小道を出て広い大通りへと抜け出すことが出来る、ふうと息をついた私が伸ばした左腕、それが、大通りの街灯に照らされつつ暗い小道から一番乗りに飛び出した…その瞬間だった。


 めちゃくちゃ予想外の怖いことが起きた。


 その、まだ体のほとんどが暗い小道側にいる段階で、先に大通り側へ出た私の左腕を、グッと掴んだ人物がいたのだ。


 もうホントに私のそれまでの人生史上、MAXで驚いた。

 そして怖かった、だって一瞬でわかっちゃったんだもん。


 チラチラと暗い小道のなかから見えていた大通り側の動く影は、ステファニーちゃんのものではなく、人間であったこと。


 そしてその人間は…私の腕を掴むその力と手の大きさからして、成人男性であること。

 さらには、痛いと感じるくらいに掴んでくるその感覚からして、私のことを対人として尊重する意志がない…ということ。


 すべては、ほんの一瞬のことだったのに、恐怖から一気に私の血の気が引いていく。

 もしかして…コイツ、あの…幽霊男性なんじゃないの? 

 

 いきなり不審者に腕を掴まれたことによる痛みと恐怖心で、私は赤間さんから貸してもらっていた懐中電灯を暗い小道の方に落としてしまった。

 だから、光を失った私は、自分の腕を掴んでいる目の前の人物のことを薄暗い中でも、心もとない街灯の明かりの下で見たわけなんだけど、それは…まさしく影のように黒いシルエットの人物だった。


 黒いシルエットとはいっても、もちろん目の前にいるコイツは、あの赤間さんではない。


 黒髪に黒いロングコートのクールにカッコイイ赤間さんとは、同じ黒いシルエット属性であっても、ぜんぜん雰囲気が異なる。

 なにせパニクっていたもんだから、はっきりとは覚えていないんだけど、このとき私の目の前にいた相手も全身黒っぽい服装をしていた、だけど赤間さんのようにロングコートを着てるっていうよりかは、フード付のジャンパーって感じだった気がする、そんでもって赤間さんよりも背が低くて、固太りっぽい体格だった、つまりカッコよさの化身である赤間さんとは比べものにならないくらいに感じが悪くて不気味なヤツだったのだ。


 なんていうか同じく黒っぽい格好でも、こう輪郭が…赤間さんがすらりとしたニンジン体型だとしたら、あっちはジャガイモみたいなズッシリした印象?

 あー、なんか野菜で例えたらダメか、このままじゃカレーができちゃうわ。


 …じゃなくて! とにかく、そんなブラックなジャガイモ野郎にいきなり腕を掴まれた私は超怖いし気持ち悪くって、危機に瀕した人間的反射能力で無意識のうちに絶叫した、つまり悲鳴を上げたのね。


 赤間さん…っ! って同時に思ったけど、そばに来て助けて欲しくっても赤間さんは、いま反対側の大通りにいる。

 あの細い小道を通ることのできない赤間さんは、並んでいる建物を迂回しないとこっち側に来れないわけなんだけど、地元民である私の脳裏に浮かぶ最短ルートであっても、数分はかかるのが当たり前、ぜったいすぐには助けに来てもらえない…!


 大ピンチ私…! このまま幽霊男性に殺されちゃうの…?


 ステファニーちゃんを見つけることもできず、赤間さんと仲良くなれないまま、ニート予備軍の仁見先生の将来を守ることもできないで…。


 なんて、走馬灯のように一瞬のうちにあれこれ考えて、最後に仁見先生のプギャー顔を(なぜだか)思い出していたら、そのせいなのか仁見先生の声が聞こえてきた気がした。



 「マナちゃああぁぁぁんっ!!」って。



 腕を引っ張られるような形で小道から完全に出たあと、目を離したら負けな気がして(なぜか)私はジッと、目の前にいる幽霊男性の顔らしき部分を睨んでいたのだけれど(男の顔は、ちょうど角度的に街灯の影になっていて、黒く塗りつぶされたように暗く、表情なども識別できなかった)気のせいだと思っていた仁見先生の聞き慣れた声は、どんどんと大きくなりながら私の背後から迫ってくる。


 さらには仁見先生の妙にすっとんきょうな響きで私の名前を叫ぶ声だけじゃなく、ワンワンワン…! と、怒ったように吠える大型犬らしき声までが一緒になって段々とこっちにやってくるみたいだった。


 それで私は、幽霊男性に腕を掴まれたまま、さっと後ろを振り返った。

 

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