7-9

 これまで仁見先生からあらゆる嫌味を言われてもサラリと流し、いつだって堂々と短い言葉ではっきりものを言う赤間さんが、ここにきてものすごく会話の歯切れが悪くなった。

 その理由が、私の身の安全を心配してくれているからという、乙女心をガンガン揺さぶるサイコーに激甘なものであったがために、私のブレイブハートは天井を突き破ってどこまでも勇敢に加速していく。



 「だいじょうぶです赤間さん! 私を信じてください!

 ここの小道、私もこれまでに通ったことはありませんけど、昼間の明るいときにはどんなものか何度も見たことがあります、ちゃんと地面は舗装されていますし、奥はあっち側にあるちゃんとした車道までつながってます、そこまでの距離だってそんなに離れてるわけじゃないし、ぜんぜん何の危険もありませんよ、サクッとステファニーちゃんがいないか確認して、サクッと戻ってきます、もしも例の幽霊が出てくることがあったら、ちゃんと大声を出して、赤間さんに助けを求めますから」



 だから安心してくださいと、鼻息荒く私が赤間さんを説得すると、優しい赤間さんはしぶしぶ折れてくれた。


 1本しかないペンライト型の懐中電灯を赤間さんは私に貸してくれて(それは、とても明るくハイパワーに見たいところを照らしてくれるのに、手に持ってみると軽くて動かしやすい、高級そうな一品だった)横歩きの不格好なポーズで建物と建物のあいだを奥に向かって前進していく私の姿を、相変わらず心配そうな顔をしながら見送ってくれる。


 赤間さんのあたたかい視線を背後に感じながら私は(厳密に言うと、背中っていうか体の右側ってカンジなんだけども、カニ歩き中だから)勇気いっぱいに一人でステファニーちゃん捜索を開始する。


 一度、懐中電灯を足元の地面に向かってサッと奥まで照らし、そこが何の異変もないただのアスファルトであることを確認してから、私はゆっくりと歩きつつ、懐中電灯の明かりと自分の視線を上に向け、さっき赤間さんがそうしていたときのように、この小道の上部をまるで屋根みたいな形で、佐藤さんちのお庭とお隣のアパートをつなげている例の木の枝をじっくりと観察していった。

 それこそ、ステファニーちゃんが付けたかもしれない爪の跡とか、折れた枝とかが見つかるかもしれないと考えて。

 もし、そういうのが見つかったのなら赤間さんにすぐ報告できる、重大な証拠になる。


 佐藤さんちのお庭から隣のアパートまで伸びている枝が、この小道にとっての屋根代わりになっているせいで、私が一人歩くこの場所はめちゃくちゃ暗い。

 隣のアパートはすべて壁側をこの小道にむけて建っているし、道路側にある街灯の光も入ってはこない。

 赤間さんが貸してくれた懐中電灯の明かりだけが、この暗闇の道を進んでいくための唯一の相棒だ。

 

 今ふりかえって考えてみると、あのときのシチュエーション、ひとりで暗くて身動きが取りづらいくらいに細い小道を夜に歩く…っていうのは、罰ゲーム並みにけっこう薄気味悪いはずのものだったんだけど、当時の私はぜんぜん大丈夫だった。


 ひとりとは言っても、スタート地点の仁見先生の医院がある側の道路からは赤間さんが私のことを見守っていてくれてるし、ここを歩くのは初めてでも一応は地元にある見知った場所であるわけで。


 だからこのとき私は、油断をしていたといえば油断をしていたのかもしれない。


 いや、油断とはいっても、もちろんステファニーちゃんの痕跡がどこかに見つからないかなって懐中電灯の明かりを周囲にかざしまくりながら私は用心深くいろんなところを見回していたし、狭い場所だから変な虫とか飛んできたらヤダなっていうかるいドキドキの緊張感はあった。


 でもまさか、このあと私の前にあんなものが現れてくるなんてことは、まったく想像もしてなかったわけで、赤間さんというイケメンとふたりっきりで夜に猫探しをするというスイートな状況にときめきまくりで恐怖心というものを一時的に忘れていた私は、やっぱり油断をしていたんだと思う。


 ステファニーちゃんの痕跡を求めてキョロキョロしながら慎重に暗い小道を歩いていた私は、そのうち小道の半分くらいまでの距離を通りすぎ、あとちょっとで向こう側の道路に出ることができる…つまりゴール地点が見えてくるぐらいのところまで近づいた。

 あともう少しこのままカニ歩きで進めば、やっと広い場所へ出ることができる。


 だけど、ステファニーちゃんが佐藤さんちのお庭から木の枝をつたって隣のアパートへ移動したんだという痕跡はまだ見つけることができていない。

 だから私はちょっとあせっていた。


 だって良い結果を赤間さんへ伝えたいじゃない、なのに、私は何にも見つけられてないなんて…ステファニーちゃんを発見するためのヒントを見つけて、赤間さんに喜んで欲しいのに…って思って、小さくため息をつきながら私は、上の方ばかりを照らしていた懐中電灯の明かりを、出口の方へとかざしてみた。

 あとどれくらいでこの暗い小道を抜けることになるのかな、って確認するために。


 暗い小道のなかに立っている状態からだと出口の方は、ほんのり明るく見える。

 この小道は、佐藤さんちの石塀とお隣のアパートのステンレス製の塀と高い壁に挟まれ、なおかつ上は、佐藤さんちの例の木の枝によって屋根のように覆われている、そのせいでここはガチの真っ暗だから、実際のところは向こうの通りだって昼間と比べれば夜だし暗いわけなんだけど、それでも小道内とは違って街灯もあるし、立ち並ぶ民家からの明かりもあるわけだから、闇の中から眺めるとそういった微かな明かりの集合体がとても輝いて見えるのだ。


 なんていうか、暗い小道のなかにいる私からしたら、まるで出口のまわりだけが、ほわっと明るく浮き上がって見えるように感じる。

 例えるなら、まさにトンネルの出口が見えてくる感じというか、そう、遊園地のお化け屋敷に入ったときの、もうすぐゴールだよっていうときの気持ち的にもふわっとした感じというか。


 とにかく私は、ステファニーちゃんの痕跡を見つけられなくてガッカリしつつも、その出口のほんのりとした明かりを見て、どこかホッとしていた…そんなとき。


 一瞬、その出口のそばを、何か黒い影が横切ったのを見た気がした。

 

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