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 「カラスから『幽霊の右手』を盗んだあと、ステファニーちゃんはどこへ行ったんでしょう?」



 「そうですね…この家の庭にいては落ち着いて『幽霊の右手』を味わうことはできないでしょう、猫は、狭い暗がりでゆっくりと時間をかけて珍味である食事を楽しみたいはずです。

 成人男性の右手一個分サイズの腐肉であれば、たとえカラスの食べかけであったとしても数日くらいでは食べきれないほど多い量でしょうし、猫は『幽霊の右手』を咥えたまま、人間にも邪魔されず他の動物にも奪い取られない場所へあらたに移動する必要がある…」



 うーん、つまり…ここまでのステファニーちゃんの状況をまとめると…。


 ①自宅から飛び出したステファニーちゃんは、佐藤さんちのお庭にたどり着く。

 ②お稲荷さんの祠でバカンスを楽しんでいたステファニーちゃんは、祠の横に立っている木の上から美味しそうなにおいがすることに気づく。

 ③なんとそこにはカラスが隠していた『幽霊の右手』が!

 ④美味しそうな『幽霊の右手』を盗んじゃうステファニーちゃん。

 ⑤現在はだれにも邪魔されない場所で、『幽霊の右手』をはむはむしている。


 って、わけですね赤間さんっ!



 「いま猫が、安心して食事ができる場所に落ち着けているのであれば、我々にとってチャンスと言えるでしょう。

 『幽霊の右手』に集中している状況であれば、猫は一か所に留まったままおとなしくしていると想定できるからです。

 その場所さえ特定することができれば、あとは猫を捕まえ、『幽霊の右手』を確保するのみ。

 獣を捕まえるのは得意ですから、発見後の流れについてはご安心くださいマナさん」



 はわ~、安心できてなおかつ頼りがいのあるその微笑み…赤間さんカッコイイー…それにしても赤間さんなんで獣を捕まえるのが得意なの? 特技にしてはレアなアビリティ…って一瞬疑問に思ったけれどどうでもいいや。


 辺りはすっかり暗くなって、赤間さんが手にしている懐中電灯以外は、電信柱にぽつぽつとくっついている街灯の明かり以外なにも光源はない、そんな暗がりのなかでもカッコイイ赤間さんの顔を見て私がうっとりしていると、赤間さんの視線は、祠のそばにある例の木の方へと移動していった。



 「そして迷子の猫は、あの木を中心としたこの近くのどこかにいるはずです。

 成人男性の右手を口で咥えて移動するならば、その荷物は猫にとって重く感じるものでしょう、遠くまでは移動できない、木の上にカラスが隠していた『幽霊の右手』を見つけた猫はそれを咥え、そのままあの木の枝をつたって安心して食事ができる近い場所へ移動し、身を潜めた。

 つまり、あの木の枝が橋渡しとして届く範囲内のどこかに猫はいる…」


 

 「あの木の枝が届く範囲内の別の場所へ、ステファニーちゃんは移動して…今そこにいる…」



 赤間さんといっしょになって私も、暗い夜空を覆うくらいの勢いで気持ちよく枝を伸ばしまくっている、例の木を見上げた。

 『幽霊の右手』をくわえたステファニーちゃんは、枝を橋にするようにしてトコトコと佐藤さんちの敷地から、別の場所へ…。


 でもそこって、どこなんだろう?


 はじめに話した通り、おばあちゃんが一人で暮らしている佐藤さんちのお庭は手入れをされておらず、半ジャングル状態であり、木々にとっては自由の楽園、のびのびと枝伸ばし放題になっている。

 そして、樹齢百年とかいってそうなくらいに幹の太いその木の枝は、佐藤さんちの敷地を越えて、四方八方に伸びているわけで、つまり…えーと。


 ステファニーちゃんの捜索エリア、狭まっているように思えて…狭まってなくね!?


 木を見上げながらそんな感想を胸に持った私はボーゼンと、ぬりつぶされた絵みたいに暗い枝の輪郭を目で追っている。



 「長々と分かったように話してしまって申し訳ありませんが、私に考え付けるアイデアはここまでです、あとは足と目を使って実際に、いま述べた仮定の内容について精査しなければなりませんね」



 少しやわらかさを含ませた声で赤間さんはそう言うと(ぬぁ~声がカッコイイ)佐藤さんちのお庭の木を照らしていた懐中電灯の光を一度消し、今度は私たちが立っている道路の先へと光で指し示す位置を変えた。

 まさに、次に私たちが行くべき道はこちらなのだと先導するかのようにして。



 「こちらのお宅を…つまりこの木の枝が伸びている範囲をぐるりと巡るようにして、猫が潜むのに快適な隠れ場所を確認していこうと考えています。

 ここからの仕事は、私一人でも事足りるでしょう。

 暗くなってきましたし、ここまで疲れたでしょう、マナさんはご自宅に帰られますか?」



 遠慮しなくていいんですよ…と言うように優しく目を細めながら赤間さんはそう声をかけてくれたけど、私は即座にブンブンと首を振った。



 「いいえ! 私もお手伝いしますっ、ステファニーちゃんのこと心配だし、それに…私にも赤間さんの役に立てることがあると思うのでっ」



 それにそれにっ、もっと赤間さんといっしょにいたいのでっ!


 …なんていう超重要な私の本音を言えるわけはないけれど、ついていきます! という私のガツガツした熱意を受け入れてくれた赤間さんは、「疲れたときは無理をせずにおっしゃってください、では行きましょう」とクールに応えて、そして夜の住宅街を歩き出した。


 私もその、すらりとした黒いロングコートの後ろ姿のあとを追う。

 

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