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「いえ、残念ながら猫は、この木の上にもいないでしょう。
もっと猫にとって良い場所へ移動し、その安全地帯で休んでいると思われます」
「もっとステファニーちゃんにとって良いところ?」
「ええ、ここからは私の憶測が大半を占めることになるのですが、おそらく例の猫は、自宅を抜け出したあと、猫にとって移動しやすい黄金ルートを経て、この家の庭にまずはたどり着いたのだと思います。
身を隠すのに最適な草木の生い茂る広い場所、それでいて公園とは異なり個人の敷地内ですから人間の出入りは極端に少なく静かで、自分より体の大きい動物…飼い犬などもやっては来ない、安心のできるエリアです。
おまけに身を隠すのに最適な小部屋まで庭の隅には用意されている。
小部屋の前には小皿が置かれ、飲み水まであるわけですから、猫にとっては素敵なコテージのようなものです」
「神様のためのお供え用のお水を、ステファニーちゃんはいただいていたということですね。
ひょっとしたら、おばあちゃんは…お稲荷さんのためにお揚げとか、何か食べものもお供えしていたのかも。
それもごちそうになっていたのだとしたらステファニーちゃんにとって神様の祠は、食事つきの別荘みたいに思えるかもしれませんね、ホントに」
「マナさんのおっしゃる通り、そうやって迷子の猫はそれなりに快適に自由な外の世界を過ごしていたのでしょう。
しかし、このお宅は無人というわけではない、大型の猫がなすがままに庭を闊歩し供えてあるものを食い散らかしたり、小屋の中でふてぶてしく眠っていたりすれば、もっと早い段階で居住者に目撃されその存在を認識されていたはずです。
それがなかったということは初期の段階で、以前に仁見先生が話していたように、飼い猫にとって魅力的なもの…腐った肉、つまり『幽霊の右手』を偶然にも発見し、それを持ってもっと落ち着ける場所へ移動したと考えられます」
「じゃあ、あっちの大通りで交通事故に遭った身元不明の男性の右手は、このおばあちゃんちの庭まで吹っ飛ばされてたってことなんでしょうか?」
「物理的な距離を考えると、その事故現場からこの場所は離れすぎています。
やはり、実際のところはもっと事故現場の近くに『幽霊の右手』は落ちていたものの、カラスなどの腐ったエサを好む肉食の鳥類に拾われて、空を飛び、ここまで運ばれた…と想定するのが現実的かと」
「たしかに、ここのお庭の一番大きな木の上にカラスが止まっているところは何度か見たことがあります、ということは…事故現場の近くで『幽霊の右手』を見つけたカラスがごちそうだと思って、ゆっくりお食事できる場所…この佐藤さんちのお庭の木までそれを持ってきて、もぐもぐしていたら、突如乱入してきた迷子のステファニーちゃんが、その巨体を使って圧をかけ美味しそうな『幽霊の右手』を、カラスから横取りしちゃったという…」
腐肉を奪い合う、カラスVSステファニーちゃんの戦い…。
便利な現代社会に馴染んで暮らしちゃってると忘れがちだけど、この世界は弱肉強食の戦いに満ちていたんだった。
なんとなくテンションが上がった私がはすはすと興奮ぎみに、となりにいる赤間さんの顔を同意を求めながら見つめると、なんだか赤間さんはちょっと困ったような微笑みを浮かべながら(なんかその顔、かわいいカッコイイ!)返事をしてくれる。
「カラスは頭のいい生き物です、いくら迷子の猫が仁見先生の言うようなデブ猫であったとしても、飼い猫が野生のカラスと戦って食べ物を取り上げるというのは、無傷で成し遂げるには難しい行為でしょう。
おそらく猫は、戦いの末に奪い取ったというよりもカラスから『幽霊の右手』を盗んだのでしょうね」
「カラスから『幽霊の右手』を盗む…」
「知性の高い動物は余ったエサを数ヶ所に隠し持つことがあります。
そもそも例の交通事故と、迷子の猫が自宅から出ていったのには、時系列的に見て大きなタイムラグがありますから、事故直後に『幽霊の右手』を手に入れたカラスが少し味見をしたところで食べきれない分を、自分の縄張り内にあるこの木のどこか上部に貯食していた、それを、たまたまその木の根元にいた猫が腐肉のにおいに釣られて惹きつけられ、カラスが不在の隙に木にのぼり盗み取った…という流れが自然かと。
これもよくある話ですが、貯食の習性がある動物は、自分が隠しておいたエサの存在を忘れることも多いのです」
すごいっ赤間さんの博識&推理力! かっこいい〜! なんかもうそれしか真実は考えられないってカンジ! かっこよくて頭もいいってヤバくない?
んーしかしそれにしても、なんか身につまされる話だなー。
カラスったらけっこうドジっ子なのね、大事にとっておいた美味しい食べ物を、たまたま通りかかったステファニーちゃんに盗まれるなんて。
私もね、こないだ医院での受付の仕事のとき、レジで使っているレシートのロールペーパーがもうないなーと思って、じゃあ新しいの頼まなくちゃって一箱注文したら、届いたあとにストック用のロールペーパーが大量にレジの棚の下の隅にあるの見つけちゃってさ、あーあー…ってなんかガッカリしてたら、そういうバッドタイミングで暇してた仁見先生が診察室から出てきて、「もーマナちゃんってば、そんなリスみたいなことしないでよー、あとで食べようと思ってせっせと拾ってきた木の実を土に埋めて隠しておくのに、けっきょく自分がどこに隠したのか忘れちゃって食べられなくなるんだよねーリスって、それとやってること同じじゃん。でもそんなおバカなリスのおかげで埋められた木の実は冬を越えて春には芽を出して、やがて森になるんだよね。きっとマナちゃんのおかげで地球温暖化はそのうち解決するねぇ、よかったねぇ」ってバカにしてきて…。
そんな仁見先生にバカにされた日常のどうでもいいひとコマを思い出して、私は思わずカラスに同情してしまう。
かわいそうなカラス、そのくやしい気持ちはよくわかる。
それにしてもやっぱ仁見先生っていちいちデリカシーないよねー…、はい、話の流れに意味なく仁見先生のグチ言ってごめんなさい。
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