7-5
まあとにかくそんなわけで、佐藤さんちのお稲荷さんの祠の中が、どういう構造になっているか、至近距離からきちんと目で見て確認したことのない私には分からない。
だけど、これまでに何度か(今も含めて)遠くからそこに佇む鳥居の先を眺めたとき、いつだってお稲荷さんの祠は、一番外側にある木製の観音扉が、すこぉ~しだけ開いているのだ。
それがもう絶妙の角度っていうか…。
ちょっとだけ開いているものの、じゃあ祠の中がどうなっているのかとか覗いて確認できるほどには開いてなくて、逆にほんのり観音扉が開いているせいで少しだけ見えているはずの内側に影ができ、遠くから見ている分にはなんというか…少しだけ開く祠の奥には闇の世界が広がっているように感じられる…というか、…わかる?
それでもって、その闇の世界が感覚としておそろしいっていうかさ、奥行きが知れない闇の中にこそ神様がいて、そういう場所を下手に覗いたりしたら失礼なんじゃないかって子供心にも直で思わせるみたいな…なんというか絶対的な不可侵感があるんだ。
そのさ、祠の内側でどこまでも広がる闇の中から、神様はちゃんとこちらを見ている…外に立って祠を眺めている私のことを厳しい目で視ているんじゃないかって、そう感じちゃうんだよね。
こういう感覚ってヘンなのかなぁ?
まあつまり私は、いろんな意味でそのお稲荷さんの祠をこわいなって子供の頃から思っていて、近づくのも悪いことのように感じちゃうくらいなんだけどカッコイイ大人で合理的に物を考えるクールな赤間さんの方は、私がいま考えているような子供っぽい妄想じみた畏敬感なんて微塵も持っていないだろうから、このあとどうするつもりかなぁってドキドキしていた。
祠をいじることで神様から「無礼者!」なんて怒られちゃったりするのも嫌だけど、朱色の古い祠の観音扉を赤間さんがパカッと開いたら、ばあっと白くて大きなデブ猫が『幽霊の右手』をくわえて登場したりなんかするのもシュールすぎるし…とかいろんなことを考えつつ、赤間さんの横顔を眺め、私は赤間さんがなにか話し出してくれるのを待った。
「しかし目的の猫は今、あの建物の内部にはいないでしょう」
それまでジッとお稲荷さんの祠を注視していた赤間さんの視線は、そのきっぱりと宣言された言葉とともに、サッと別の場所へと移動していく。
どうやら赤間さんの関心はもはやお稲荷さんの祠から外れていたらしい…つまり、これから佐藤さんちのお庭にトツゲキして、がっつり祠の扉を開けて中を確認する…なんてシチュにはならないみたいだ、ということを彼の言葉から悟り、私はひとりホッとした。
ホッとしながら、赤間さんが次に指し示す場所へと私は視線を向ける。
だいぶ周囲が暗くなってきたので、親切にも赤間さんは、コートのポケットから取り出したペンライトに似た形の懐中電灯の明かりをつけ、その細く絞った強い光の明かりで、私にも分かりやすいように見るべき場所を示してくれる。
「あの木です」
赤間さんが指し示す光は、まるで薄暗い劇場内の舞台上にある一点を観客に注目させるためのスポットライトのように、朱色の祠から少し離れた位置にある木の幹を照らす。
空はまだ茜色の明るさを少し残しているものの、地上はすでに夜になっていた。
草木が生い茂る佐藤さんちのお庭は奥に目線をやるほど、のっぺりと暗く見えて、いくら子供の頃から知っている地元の場所であっても、祠の周辺はもはや心霊的に怖すぎるムードが満載でヤバい感じになっている。
祠の背後の闇から、ヌッと『幽霊男性』が今にも現れそうな雰囲気へと変貌していた、怖すぎる。
こわいなーこわいなー…と思いながらも、変わらずに淡々と説明をしてくれる赤間さんの冷静さとカッコよさに励まされ、自分一人だったら絶対目ぇ逸らしちゃうくらいに怖いムードへと変貌した佐藤さんちのお庭の、光に照らされた一本の木の幹をぎゅっと見つめる。
(勝手に人んちの庭をのぞいて、勝手に不気味がって怖がるっていうのも、今になって考えてみれば、失礼な話だよね。佐藤さんちのおばあちゃんは普通に毎日ここで暮らしてるっていうのにさ。ちなみにおばあちゃんは私と赤間さんがこうしている間、おうちの中にいるっぽかった)
赤間さんが指し示す光は、まるで猫が実際に木をのぼっていくルートを再生しているかのように、ゆっくりと、幹の根元の方から上へ、そして枝の方へと移動していく。
「あの木の、ほら、あの部分の枝が折れているのが分かりますか。
あの枝の折れ方は、例えば…猫が、朱色の小屋の屋根にあがってから、ちょうどいい太さの枝に飛び移ろうとして体重をかけたときに、先端に近いあの位置の細い枝を足で折ってしまったと考えられないでしょうか。
そして今度は、もう少し上にあるあの枝に手をかけて…この位置、猫が引っ搔いたように見える爪の跡らしき傷が、枝に残っていますね」
「本当だ…! 確かにそうですね、すごい…」
口頭で詳しく説明をしてくれながら、赤間さんが懐中電灯の光でステファニーちゃんがのぼっていったと思われるルートを指し示してくれることで、私の脳内には自然と、本当に自分の目で見ていたかのようにステファニーちゃんが重たい体で一生懸命に木をのぼっていく光景が脳内に浮かんでくる。
「ということは、ステファニーちゃんは今、この木の上にいる…?」
それまで私の視線を誘導してくれていた赤間さんの光を追い抜かすようにして、顔を上げた私は、ステファニーちゃんがのぼっていったと思しき木のてっぺんまで見上げてみる。
しかし、ざわざわと葉が生い茂るそこは、もう真っ暗な闇のかたまりと化していて、どこかの枝の上に白い猫が身を潜めているのかどうかも見分けることができない。
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