7-4

 

 「ええと…、それは、」



 あらためて指摘されたならば、それは意外とは言い切れない場所だった。

 ただ私はその場所を、無意識のうちに捜索の範囲から外していたのだ。

 他人の私なんかがジロジロと調べるような目で見たりしたら罰当たりな気がして。



 「ちょうどいい大きさだと思いませんか?

 屋根があり雨風や寒さも凌げ、他の動物や人間もおいそれと近づいてこない場所、暗く、ほどよく狭く、飲み水もあり、出入りも自由。

 迷子の猫の仮住まいとして、実に相応しい物件です」



 赤間さんの視線はスマホの液晶画面から離れると、そのままスッと顔を上げ、私と並ぶようにして仁見先生の医院側に立っていたその体の位置を変え、実際のその場所へとまっすぐに注目を向ける。


 そう、道路を挟んで仁見先生の医院のお向かいにある一軒家の方へと。

 それは…昼間に怪しい白い影を見ることがあると話してくれていた、おばあちゃんのおうちだ。


 私も、赤間さんにつられるようにして、あらためて見慣れたおばあちゃんのおうちを…もう消えかかる寸前になっている夕陽の暗い茜色の光に染め上げられている、古くて大きなその一軒家を眺めた。


 この佐藤さんのおうちの敷地はけっこう広い。

 仁見先生の一族と同じくらいに、佐藤さん一族も先祖代々この土地で暮らしているらしく、それを見た目からも感じさせる古い日本家屋、そして半ジャングルと化した大きなお庭がある。

 (とは言うものの、佐藤さんのおうちはぐるりと、私の背と同じくらいの高さの立派な石塀で囲われているので、お庭の細かい全体像までは外から見るだけじゃ詳しく確認できないけれど)


 半ジャングルなお庭というのはつまり…けっこう背の高い雑草がフリーダムに生え散らかしてたり、幹の太い立派な木も何本か立ってて、佐藤さんちの敷地を越え、車道側にまで枝葉をのばしまくっているとか…そのー、あんまり手入れのされていない状態になっている…という意味だ。


 だけど、それも仕方のないことだと思う。

 詳しいことは知らないけれど、佐藤さん一家は現在バラバラに暮らしているらしく、今は佐藤さんのおばあちゃんが一人でこのおうちに住んでいるみたいだから。


 おばあちゃんは確か…80代だったと思う。

 その年齢で一人暮らしをキープするのも大変なのに(近所の人たちの手助けがあったり、たまの休日に家族の人たちが様子を見に来てくれるとしても)こんな広いお庭の手入れなんて、隅々までやってられないのが普通だと思うから。


 私よりもうんと背の高い赤間さんは今、佐藤さんのおうちをぐるりと囲む石塀の高さなどものともせず(背の高い赤間さんからしたら、プラットホームに立ってホームドア越しに線路を眺めるのと同じくらいに楽勝なノリで、向こう側をのぞくことができる)悠々と石塀の先にある半ジャングルのお庭…その中にある、例のものを見ている。


 赤間さんいわく、迷子の猫ちゃんの仮住まいにはふさわしい建物を。


 私も子供の頃から、佐藤さんちのお庭にそれがあることを知ってはいた、…だけど、なんていうか…そこを開けて確認しようなんてことはチラリとも頭の中に思いつかなかったのだ。

 

 佐藤さんのおうちの庭には、昔から小さな祠がある。


 半ジャングルと化した緑の木々や雑草に隠れるようになってしまってはいるけれど、そこには朱色の小さな鳥居があり、そしてその先にやはり朱色に塗られた古い木製の祠が静かに佇んでいる。


 うんと昔に何かのきっかけで聞いたとき、それはお稲荷さんなんだって、そうおばあちゃんは言っていた気がする。


 おばあちゃんのお祖父さんとか…つまり先祖の人がどこからかお稲荷さんを分けてもらってきて、ありがたいものだから自分のお庭でもお祀りするようになったとか…そういう話だったと思う。

 (へえー、神様って分けてもらえるものなんだ?? って私はそのとき不思議に思って、それで今でも記憶に残ってたんだよね)


 この佐藤さんのおうちだけじゃなくて、古くから同じ土地に住んでいる由緒正しい家の人の敷地内に、祠があることってまあまああるよね。


 つまり私が何を言いたいかっていうと、その佐藤さんのお庭の片隅に祠があることは、さほど特別なものだという認識もなかったから、昼間にひとりでステファニーちゃんを探していたときも当然この佐藤さんのおうちの周辺も見て回ったけれど、赤間さんほどお稲荷さんの祠を注視して調べはしなかった…ということです。(これってただの言い訳?)


 だけど赤間さんは今、じいっと鋭い目つきで朱色の祠を見つめている。

 (その鋭い視線がカッコイイ!)

 その場所にこそ、ステファニーちゃんと『幽霊の右手』が潜んでいるのではないかと、赤間さんは超疑っているのだ。


 うーん…たしかにお稲荷さんの祠は、デブ猫ステファニーちゃんが隠れるのに最適な大きさをしていると言えるかもしれない。


 これまでに私も、佐藤さんちのお庭に入れてもらってまでして近づいて、至近距離からマジマジとその祠を観察した…なんてことがないわけだから(だってなんか…こわい感じがするんだもん!)あくまで遠くから眺めた状態での印象だけど、いわゆる犬小屋と呼ばれるものよりは…ひとまわりくらい大きい、かな?

 (神様の祠を、犬小屋とくらべてごめんなさい…)


 でもさ、外から見る分には巨猫のステファニーちゃんを収納できるくらいの大きさがあるように見えても、中には神様がいるんでしょう? 祠の中はまったくの空洞ってわけじゃないだろうから(よく分かんないけど、仕切りがあったり、いろんな神様的アイテムとかが置かれているのでは?)パッと見いい感じの建物に思えても、イコールそこにステファニーちゃんがいると考えるのは、いかがなものでしょう…。


 つま先立ちになりながら赤間さんと並んで、佐藤さんのお庭の奥の方で草木に隠れるようにしてチラリと祠の一部をのぞかせている朱色のそれから、私は視線を、赤間さんの方へと変えた。


 赤間さん…まさか、このまま佐藤さんのお庭に入っていって、お稲荷さんの祠を開けて中を確認するつもりなのかな。

 それって…神様のバチとか当たっちゃったりしない? だいじょうぶ?

 

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