7-3

 ぼんやりと私は立ち尽くしてしまう。

 不安な気持ちのまま、赤と…そして紫が混じり始めた夕暮れの空を、ぽつんとひとりで見ている。


 だけど…そんな私の孤独な不安感は、長く続くものではなかった。

 どこまでも赤く染まる道路の先、夕暮れの空の下をこちらに向かって歩いてくる黒くて背の高いシルエットを見た瞬間、それまでの不安な気持ちなんて瞬く間に消えていったから。


 すべてが茜色に照らされている世界で、そのひとの姿だけが夜の訪れを知らせる使者のように、くっきりと周囲から浮き上がるみたいに全身が暗い色をしている、ただ黒髪からのぞく顔だけが白くなめらかで、涼し気な目元のその瞳もまた、月だけが浮かぶ闇夜のような色で静かに輝いている。


 いつもの黒いロングコートを着た赤間さんだ。

 赤間さんがこちらへと、歩いてくる。


 まだ私のいる場所からでは遠く距離が離れているけれど、彼のその黒曜石みたいにきらりと鋭く光る瞳は、ここにいる私という存在をすでにとらえてくれているようだった。

 私がここにいること、仁見先生の医院の前に立って赤間さんがやってきてくれるのを待っていることに気が付いていて、その証拠にサッとクールに手を上げてくれた。



 「…赤間さんっ!」



 ああ…手を上げるだけのしぐささえカッコイイ…!

 ぶんぶんと返事をするように私も大きく手を振り返しながら、こちらへとどんどん近づいてきてくれている赤間さんの歩いているそのシルエットを上から下まで、うっとりと見つめた。


 夕暮れの空の下を歩く黒づくめのイケメンという赤間さんの姿をじっくり鑑賞しているうちに、さっきまで私の中にあった恐怖感はきっぱりと消え去っていた。

 当時のね私というか、年上のカッコイイ男性に憧れる乙女心なんて、まあ、世の中そんなもんですよ。


 とにかくこうしてカッコイイ赤間さんと念願の再会を果たした私は、内心ではドキドキの胸アツ乙女心は隠したまま、ここまでのステファニーちゃん探しの結果報告を赤間さんへとしたのだった。


 あんまり説明がうまくないはずの私の話を最後までしっかり聞いてくれたあと赤間さんは、ステファニーちゃんの飼い主である田中さんと同じくらいに、今日の午前中から猫探しをしていた私に深く感謝をしてくれた。(別にそんな、いいんですのに~、えへへ)

 それから赤間さんは丁寧に、ここまでの私の話を聞いた感想と意見を、あの涼し気なカッコイイ声で話してくれる。



 「マナさんが頑張ってくださったおかげで、探し物を見つけ出すための範囲をかなり絞ることができます。

 私も早い段階で猫探しに参加して、マナさんのお手伝いができたら良かったのですが、事前の重要な用事があったため駆けつけるのが今の時間まで遅れてしまい本当に申し訳ありませんでした。


 これから夜がやってくる…闇が訪れる前に、速やかに目的を達成しましょう。

 きっと今夜のうちには、事件は解決するはずです」


 

 「今夜のうちに?」



 おお…事件の解決を予告するイケメン…かっこいいっ!

 少し目を細めるようにして段々と暗く黄昏ていく空の最後の輝きの一瞬を眺める赤間さんの横顔を、ジッと眺めながら私はキュンキュンする…じゃなくて! あれだけ私と田中さん一家が一日かけて探しても見つけられなかったステファニーちゃんを、マジで赤間さんは今夜中に見つけることができる自信があるの?



 「以前、マナさんが調べてくださっていた例の情報、仁見医院周辺に近づいた飼い犬たちの見せる奇妙な反応の数々、そして迷い猫の飼い主とマナさんが昼間のあいだに捜索していたときの様子、それらを合わせて考えていくと、迷子の猫が…そして『幽霊の右手』が存在していると思しき場所の範囲をかなり絞ることができます。

 これから私たちは、その場所を確認していくだけでいいのです」



 「そ…その、ステファニーちゃんと『幽霊の右手』がいる場所というのは、どこなんでしょうか?」



 あれだけ私と田中さん一家で手分けして探しても見つからなかったステファニーちゃんの居場所が、私のつたない話を聞いただけでなんとなく分かっちゃうなんて、やっぱり赤間さんはすごい、そしてカッコイイ…と思いつつ私は、ごくりと息を飲み、考え込むようにして目を伏せている赤間さんのまつげが目元に落とす影のきれいな形をみつめている。



 「前に仁見先生はおっしゃっていましたね、猫は暗くて狭い隙間にいることを好むと。

 あれから私も少し調べてみたのですが、猫という生き物は夜行性で、それぞれが縄張りというものを持つそうですね。

 そして好奇心は旺盛であるものの、同時に見知らぬものに対しては臆病…警戒心が強いとも聞きました。


 それらの情報が真実であるのならば目的の猫がこの仁見医院の近くにいると仮定した場合、自宅からここまで、暗く、人目につきにくい隙間のような獣道を沿うようにして夜間などに進んできたとします。

 そのように考えた場合…」



 スラスラと穏やかな口調でここまで話してから赤間さんは、自身のスマホをコートのポケットから取り出してスイスイと操作すると、光る液晶画面を私へ見せてくれた。

 そこには仁見医院を中心をした地図が表示されている。



 「このようなルートで猫は進み…この大通りを避けて…密集した建物の隙間を縫うようにして、ここへ…」



 「あっ」



 ほっそりとした長い指で、赤間さんは私に分かりやすいように液晶画面上の地図の上の一定の道を、先導していくみたいにしてなぞっていく。

 とても人間には通ることのできない建物と建物の隙間、道路沿いにある…猫からしたらちょうどいいトンネルとしか思えない水捌けのための窪み、小さな児童公園の隅にある草むら、石塀が並んでいる住宅街の真中…。


 そして赤間さんの指先はやがて、仁見先生の医院のすぐ近くのある位置で止まった。



 「この場所…先ほどマナさんが昼間のあいだに捜索してくださったエリアのお話からは抜けていた気がしたのですが、ここに猫が隠れている可能性は考えられますか?」


 

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