6-7
「だって、デブ猫を探してあちこち歩いて回るなんて非効率的じゃない?
こっちが動いて探したところで、ターゲットも動き回っているわけだからさぁ、デブ猫が生きている限りは。
そんなことしてたら上手い具合にすれ違いまくって、デブ猫が餓死するまで出会えないかもよ。
だから、腹を空かせているであろうデブ猫が自分から姿を現すように罠をしかけるわけさ、すなわち腐った肉をデブ猫がいそうな範囲内に設置する」
「何故キャットフードなどではなく、腐った肉なのですか?」
ぺらぺらとステファニーちゃん発見のための攻略法を語る仁見先生へ、それまで黙っていた赤間さんが質問をする。
さっきまでの一方的な謎のピリピリはあっさりと消えて、赤間さんへと向き直った仁見先生は、すらすらと解説を始める。
「キャットフードなんかはさ、なんでも猫によって味に好き嫌いがでるんだろう? 私は猫を飼ったことがないから話でしか知らないけど。
それに、キャットフードを設置してデブ猫をおびき寄せようとする作戦は、とっくに飼い主の田中さんが試みてんじゃないの? 普通はだいたいそういう考えのもとに捕まえようとするんじゃないかな。
しかし今でもデブ猫が姿を現していないところを見ると、ヤツはおざなりのキャットフードの味よりも自由という甘美を選んだってところなんだろう。
それじゃあ一般的なキャットフードよりもっと猫にとって魅力的なエサで釣るしかない、それこそが腐った肉ってことだよ。
もともと猫は、腐肉食動物だからね」
「腐肉食動物?」
聞き慣れない言葉を前に、今度は私がぽかんとなりながら質問とも取れる呟きを口にする。
仁見先生の視線は、またしても私へと移り、患者さんたちへ症状を説明するときと同じ丁寧な言葉で解説をしてくれる。
「そうだよ、もともと猫の祖先は生き物の死体を好んで食べる腐肉食動物だった。
猫の舌って、ザラザラしているだろう? あれは、死体の骨に残った腐肉をこそぎとって食べるために進化したものさ、だから現代のお猫様たちは人間によって清潔なキャットフードを献上されてそれを日々食ってるわけだけど、腐肉の臭いをかいだら大昔の血がたぎるわけだよ、ああ…なんと芳しい香り…その腐肉臭がまるで、大輪の薔薇に引き寄せられる蝶々のように、空腹のデブ猫をおびき寄せる…ってわけだ」
腐った肉の臭いが、猫をおびき寄せる…それって、
ハッと大事なことに気が付いた私はそっと、となりに立つ赤間さんの方を見た。
赤間さんはポーカーフェイスのまま、仁見先生のことを見ている。
仁見先生のこと見つめたまま、赤間さんは淡々と涼しげな声でこう言った。
「迷子の猫を見つけるための重要な手立てを伝授してくださって、ありがとうございます、仁見先生。
マナさんは、お知り合いの猫が失踪してしまったことで非常に心配されているようですから、力不足ではありますが私もマナさんの猫探しにお力添えをしたいと思います。
仁見先生のご助言通り、腐った肉をこの周囲に配置することで…ターゲットの姿をおびき出してみましょう」
私といっしょに迷子のステファニーちゃん探しを開始する、そう宣言した赤間さんのことを仁見先生は妙に冷ややかな目で見る。
「ふーん…ま、好きにしたらいいんじゃないの?」
つまらなそうにそれだけ言うと、仁見先生はこの夜あっさりと帰っていった。
まったく何なの? 仁見先生は猫ちゃんばりの気まぐれさなんだから、もう。
もしかして…今夜はさほど赤間さんへウザ絡みせずに帰っていってくれたのは、あれのおかげかな?
仁見先生がむやみやたらと赤間さんが来てくれそうな夜に外出しないよう、最近はうちから持ってきたお手製のお弁当を晩ごはん用にあげてるんだよね、おなかいっぱい食べれるようにお重にいろんなおかずを詰めた、おいしーいお弁当をさ。
かわいいお弁当包みに入ったそれを渡すたびに仁見先生ってば、「手作りのお弁当食べるのなんて、何年ぶりだろう~うれしいなー」なーんて言って、こちらの狙い通り、うちでゲームをしながら晩ごはんとしてむしゃむしゃ食べているらしい。
まさかそのお弁当が、赤間さんとの幽霊退治のための作戦タイムを仁見先生に邪魔されないよう用意されたスーパー引きこもりアイテムだとも知らずに…クックック!
ちなみに、仁見先生へあげてるお弁当を作っているのは、うちのお母さんとおばあちゃんです。
だけどとにかく助かった、飽きっぽい仁見先生が今夜はさっさと帰ってくれたおかげで、また赤間さんと二人だけでお話しできる、仁見先生には知られずに、こっそりと幽霊退治の相談を続けることができるんだから。
とっとと去っていった仁見先生の足音が外から聞こえなくなるまで耳をすませた後、シンと元通りに静かになった院内の待合室で、私と赤間さんは向かい合って目をあわせた。
「赤間さん! 今の仁見先生のはなし、腐った肉に猫ちゃんが惹きつけられるっていうのは…」
私が言いたいことを、赤間さんは瞬時に理解してくれて、こくりと頷くと相槌を打ってくれる。
「ええ、腐った肉…つまりは『幽霊の右手』のもとに迷子の猫はいるのかもしれない。
よくよく考えてみれば、動物は人間などとは比べものにならないほどに嗅覚が発達しているわけですから、既にカラスなどの鳥類によって思わぬ場所に『幽霊の右手』は運ばれているのかもしれませんね。
そして犬たちも…不審者というよりも、この近辺に鳥類によって隠されているかもしれない『幽霊の右手』の腐臭…ひょっとするともはやほぼ骨と化しているかもしれませんが、それに反応していた可能性もあります。
とにかく、『幽霊の右手』発見のための重要なキーは、迷子の猫…ですね」
「迷子のステファニーちゃんは今、腐臭にみちびかれて『幽霊の右手』の近くにいる可能性が高い、飼い主さんにリードでつながれているワンちゃんたちは『幽霊の右手』の在処に気が付いていたとしても、行動範囲が限られてしまっているから近づけないけれど、猫のステファニーちゃんなら(いくらデブ猫でも)隙間をくぐったり高い所もよじ登ったりして、『幽霊の右手』に接近することができる…!
つまり、猫のステファニーちゃんを見つけ出すことが、『幽霊の右手』を発見することにもつながるんですね!
そして『幽霊男性』本体も最終的におびき出すことができる!」
「おっしゃる通りです、マナさん」
素晴らしい…というようにニコッと優しい笑顔を浮かべると、赤間さんは私を褒めてくれた、仁見先生への塩な対応とは全然ちがう赤間さんの柔和な雰囲気に、それだけで私はがぜんハッピーになる。
カッコイイ赤間さんといっしょにいられて私はハッピー。
迷子のステファニーちゃんが見つかれば、飼い主の田中さんもハッピー。
ステファニーちゃんと共に『幽霊の右手』も見つかれば、事件も芋づる式に解決してハッピー。
マジでいいことしかなくない? これぞハッピーの法則。
このあと私と赤間さんは、ステファニーちゃん捜索のための話し合いをして、とりあえず明日から一緒にステファニーちゃんを探そうということになった。
明日の土曜日、赤間さんは用事があって、夕方くらいにならないと参加できないそうなので(申し訳ないと赤間さんは何度も謝ってくれた、ぜんぜんいいのに)とりあえず私が一人で午前中からステファニーちゃんを探すことにする、待っててよ~ステファニーちゃんっ!
明確な目標と、赤間さんとの新しい約束を手に入れて、この夜は最高にハッピーな気持ちで終わりを迎えたのだった。
(しかもこの夜は、赤間さんがうちの近くまでタクシーで送ってくれたんだもんねっ、一緒に後部座席に並んで座って、なんかドキドキしちゃったぁ)
そうして赤間さんと別れて、うちに帰った私は、いい気分で終わった一日を湯船の中で振り返り、赤間さんのカッコイイ顔をさんざん思い浮かべてから最後に、仁見先生のことを考えた。
赤間さんと二人で進めているゴーストバスターズ作戦について、仁見先生は何にも知らない。
知らないんだけど結局のところ、重要なさがしものを見つける方法を教えてくれたのは仁見先生だった。
ほんとは仁見先生だって、優しくて頼りになるってこと、わかってます。
だけど…仁見先生…すぐちょーしに乗ってばかにしてくるから…ウザイんだもん…。
あたたかいお湯の中に首までつかりながら私は、髪ぼさぼさでアニメのTシャツの上に白衣を羽織ったいつもの仁見先生の姿を思い浮かべる。
だいじょうぶ、医院の平和を私が取り戻して、これまで通り仁見先生が安心して引きこもりながらゲームができるようにしてあげます、ニートになんて私がさせませんからね!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます