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 またしても唐突に、本日の診療は終了している仁見医院の古い玄関扉が前触れもなく開いて、そこからひょこっと引きこもりなはずの仁見先生が顔をのぞかせるのだった、もーーー!!


 性懲りもなく仁見先生は、謎にニヤニヤとした笑顔を浮かべながら赤間さんを見つつ、のっしのっしと図々しく院内へと入ってきた。

 いやまぁ、ここは仁見先生の医院なわけで仁見先生がどう入ってこようが勝手なんですけども、このときの私の気持ちからしたら、赤間さんとの二人っきりの時間を邪魔しに来たおじゃま虫以外の何者でもないのだった。



 「おっやぁ~、赤間くんじゃないのー。

 今夜もいきなり現れてご苦労なこったね、なーに? うちのマナちゃんと何話してるわけ?」



 ほらほら、また赤間さんへ感じ悪く絡んできましたよ! もう!


 仁見先生の無礼っぷりに赤間さんがイヤな思いをしないかとドキドキしながら私は、私のとなりに立っている赤間さんの方を見た。


 赤間さんは…さっきまであんなにニコニコと優しい笑顔をしていたのに、今、仁見先生を見ている赤間さんの表情はすっかり真顔になっていた。

 真顔っていうか…ポーカーフェイス?

 いま赤間さんが何を感じ、どう思っているのか、さっぱり外からでは読み取れないニュートラルな表情をしたまま、赤間さんは自分の正面に立っている仁見先生を見ている。



 「今晩も失礼をしております、仁見先生。

 こちらの近くを通りかかったら、まだ医院の明かりがついていたもので、不躾ながら立ち寄らせていただきました。

 せっかくなのでマナさんにご挨拶をさせていただいているのですよ」



 淡々と大人な会話の返事をする赤間さん。

 しかし仁見先生の方は、じっとりとしたイヤな目つきで赤間さんを観察するように見続けている。

 まるで、見知らぬ恐竜の骨を凝視する考古学者みたいな目で。



 「ふぅん? わざわざ菓子折りまで持参してマナちゃんにご挨拶ねえ?」



 ちらっと仁見先生は、私が持っている赤間さんから貰った高級お菓子の紙袋へと視線を向ける、むむ…っ、なんなのもう! 嫌味な姑みたいに赤間さんへ文句ばっかり言って!



 「ご挨拶は結構だけど、いったいどんな話をしていたのさ?

 うちのマナちゃんをナンパしてたんじゃないよねぇ?」



 ぎゃーーー!! なにを言い出すんですか仁見先生!

 んなわけないでしょう恥ずかしいっ! 赤間さんに変なこと言わないでくださいっ!!


 とんでもなく失礼なことを言い出した仁見先生の態度にテンパった私は、今のところ蚊帳の外状態だったにも関わらず、あわてて険悪なムードの二人の間に割り込んでいく。



 「猫のはなしをしていたんです、先生っ!

 迷子になっている猫のステファニーをどこかで見ませんでしたかって、そう赤間さんと話していたんですっ!」


 

 「猫?」



 突然二人の間に割り込んできた私へと、仁見先生は視線を変えた。

 ポーカーフェイスな赤間さんから、私の方へと仁見先生の注意が移動したことで、とりあえずこれ以上はバチバチな空気にはならないだろうと思った私はホッとしながら、言い訳の続きを話す。

 (だけどなんで私は、仁見先生へ言い訳なんかしなくちゃいけないんだろう?)



 「ほら、いつも緑内障の目薬をもらいに来る田中さんちの、猫のステファニーちゃん、いま迷子になっているらしいんです。

 それで私にも探して欲しいって声かけられてて、そういう猫を、この近くで赤間さんも見ませんでしたかって、そういう話をしていたんです!」



 「ステファニーって…あー、あの猫?

 田中さんがたまに抱っこして外に連れ出してた、白くてデカい太った猫のこと? あいつ逃げちゃったんだ? ふーん」



 ステファニーちゃんは長毛種でシルエットがふんわりしているうえに、大型猫だからけっこうデカい、飼い主の田中さんもステファニーちゃんの体重は8キロもあるんだって自慢してたし。(?)

 だけど、それを太った猫って言い切っちゃうのはデリカシーないと思うんですが仁見先生…。



 「あんなちょっとした小型犬並みにデカくて、動きもトロそうな猫、すぐに見つかりそうだけどねぇ、どこ行ったんだろうなぁ。

 鼻ぺちゃで目つきも悪くてブスだから、あの猫をさらって飼おうなんて奇特なヤツも近所にはいないだろうしなぁ」



 仁見先生によるステファニーちゃんへのディスは続く…。

 ブスって…ステファニーちゃんは愛嬌のあるユニークなお顔してるだけじゃないですか、確かにちょっと変わった顔立ちの部類には入るかもだけど…でも、飼い主の田中さんはステファニーちゃんのこと、世界でいちばん可愛い猫だって言ってて、その世界一かわいいステファニーちゃんと離れ離れになってしまったせいで今では気の毒になるほど憔悴しきっているというのに。



 「あいつ足も短そうだったし、いなくなったとは言ってもこの近くのどこかにはいるんだろうな、猫の好きそうな暗くて狭いどっかの隙間にでもいるんじゃないの?


 あのデブ猫の捜索をしてるってんならマナちゃん、あいつをおびき出すために、腐った肉でも置いて罠を仕掛けたらいいんじゃないの?」



 「腐った肉…ですか?」



 ステファニーちゃんのおかげで、仁見先生の意識は、赤間さんへの謎のピリピリからステファニーちゃん失踪に関わる猫ディスへと移ってくれた。


 だけど突然、仁見先生の口から『腐った肉』なんてワードが出てきて、私は思わずギョッとする。

 

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