6-5
「こんばんは、マナさん」
患者さんたちも帰って私ひとりになった仁見先生の医院、金曜日の夜の18時過ぎ、あの黒のロングコートを着た赤間さんが、夜の闇の化身のように優雅にすらりと玄関扉を開けてご来院されたのだ。
「あっ、赤間さんっ、こんばんは!」
まだ赤間さんと出会う心の準備がぜんぜん出来ていなかった私は、ドキーーッとしながら、前回と同じように紳士な微笑みで私へ挨拶をしてくれる赤間さんへ、うわずった声のまま返事をした。
それでも前のときよりは、まともな挨拶を返すことができたと思う。
にっこり微笑む赤間さんは、この夜も私へと差し入れのお菓子を持ってきてくれた。
前回、赤間さんが私にくれたのは、高級フィナンシェの詰合せ(プレーン、チョコ、チーズ、ストロベリー)で、今夜くれたものも紙袋から察するに、高級洋菓子店のマカロンが入っているみたいだと即で気がつき、冷静をよそおいつつ「ありがとうございます」とお礼を言いながらも、私のテンションは爆上がりする。
ああ…イケメンというものは気がきくし、なによりお菓子のセンスがいい…。
仁見先生みたいに白衣のポケットから取り出した、包装紙がくしゃくしゃになったハッピーターンの枝豆味を一個くれるのとは訳がちがう、風情がちがう。
ハッピーターンは大好きだよ、死ぬほどおいしいよ、だけど仁見先生のポケットから出てきたやつはバキバキに割れてるんだもん、やんなっちゃう、もちろん食べるけども。
「いかがでしょうマナさん、幽霊に関する情報について進展はありましたか?」
目の前にある高級お菓子とイケメン赤間さんにうっとりしていたら、当然の質問を赤間さんからされて、私は一気に現実に戻る。
うう、そうだ…もっとちゃんとした『幽霊の右手』発見につながる情報を用意しておきたかったけど、もうタイムリミットだ、微笑みながら私を見ている赤間さんがここにいる以上、もう、あの微妙なご近所お困り情報を赤間さんへ伝えなければならない。
「はい、ええと…いくつか情報が集まりました…よ?」
観念した私は、あいまいな苦笑いを浮かべつつも、例の情報をメモった紙を赤間さんへお渡しする。
私からそれを受け取った赤間さんは、真剣な表情でメモへと視線を落とす。
そんな普通なしぐさもサイコーにカッコイイ。
「なるほど…」
いろんな意味でドキドキしながら赤間さんの様子を見守っていると、ぽつりと赤間さんは何かに納得したようにそう呟いた。
やっぱり赤間さんは、私が集めたほぼわんわんパラダイスな情報を見ても、がっかりしたりしない、私はその様子を確認してホッとする。
ていうか、むしろ赤間さんはメモを見て何かに関心してくれている。
あの、わんパラ情報満載メモの何が赤間さんを関心させているのかはぜんぜんわからないけれども。
「やはり、仁見医院の周辺に何かがいるのは間違いなさそうですね」
ふむ、と最後に一瞥してから、赤間さんは読み終わったメモを私へと返してくれた。
返してもらったメモを、そのまま私も読み直してみる。
…うーん、仁見先生の医院の近くに何かがいる…それは間違いないと赤間さんが言うのなら、やっぱりそうなんだろう。(赤間さんへの圧倒的信頼感)
だけど、その何かっていうのは、『幽霊の右手』のこと?
それとも、失くした右手の持ち主である『幽霊男性』本体?
そんな疑問で頭が悶々としている私の空気を察したのか、赤間さんはニコッと私へ微笑むと、メモを読んで赤間さんが感じたことを丁寧に説明してくれる。
「数名の方々が目撃している謎の人影、これこそが例の幽霊なのでしょう、奴はやはり今現在もこの医院の周辺を徘徊している。
仁見医院の近くを散歩コースにしている犬たちが何かに反応しているのも、その幽霊の存在の痕跡に対してだと仮定すれば納得できる部分があります。
マナさんが詳しくメモに記載してくださった、この犬種…柴犬であったりシェパードという犬は獲物を追う能力に優れていますから、個々であっても例の幽霊…不審な者の存在に警戒しているのかもしれませんね」
「そうですね…! それぞれのワンちゃんたちが仁見先生の医院の近くで変な反応をしたり、遠吠えしたりするようになったのは、ご近所の平和をおびやかす怪しい幽霊の存在に気づいて警戒してくれているから…ということですね!」
「ええ、可能性としては高いかと。
これでまた、『幽霊の右手』が落ちているかもしれないエリアの範囲を狭めることが出来ましたね。
それぞれの犬たちが反応している個所をピックアップして考えれば、『幽霊の右手』を見つけ出すこともこれから先容易となるでしょう。
『幽霊の右手』を見つけ出せば、それに釣られておのずと『幽霊男性』本体も姿を現すはず。
ここまでターゲットを絞ることができたのも、マナさんが丁寧に情報収集をしてくださったおかげです」
ああっ、この赤間さんの美しい微笑みよ…!
赤間さんの役に立ててよかった、ほめてもらえて嬉しい、赤間さんカッコイイ、これで『幽霊の右手』を見つけることができるかもしれない、仁見先生の医院も救われる、よかった、赤間さんカッコイイ…とか、いろんな気持ちや思考(雑念)とともに胸のなかが幸せでいっぱいになりながら私は、私たち二人だけしかいない夜の医院の待合室で、笑顔のまま見つめあっていた。
すべての問題解決はもう目の前、万事天下泰平、世界は輝きで満ちている、本当にこのときの私は幸せな気持ちでいっぱいだったのである。
だけど…いいムードのなかイケメンとみつめあうという、このステキな時間が永遠に続けばいいのに…という幸せな雰囲気のときにこそ、やはり邪魔者は突然やってくるものなのだった。
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