5-6
えっ、その話って、伯方の塩の話!?
あの塩の肌触りやしょっぱさは素晴らしかった、どこの塩を使われたのですか? みたいなこと!?
ずっとドキドキと心臓に負荷をあたえているせいで、思考がおかしくなっている私が伯方の塩のことを考えていたら、赤間さんはジッと私を見つめながら塩とは関係のないことを言った。
「幽霊の話です」
「えっ(塩じゃなくて)幽霊ですか?」
「ええ」
赤間さんはどこまでも紳士だった。
私みたいな小娘に対して、ずっと丁寧な言葉と対応を崩さない。
そんな彼の雰囲気が私をずっとドキドキさせるのかもしれなかった、自分より大人の男性から、こんなに丁寧に接せられることなんて滅多にないから。
「あのあと仁見先生から、君は幽霊に間違えられたんだよって散々笑われましたが、あの人のデリカシーのなさは置いておいて、気になったことがありました。
それはすなわち、何故あなたは私のことを幽霊と間違えたのかということです」
話が、捉えどころのない方向に流れていっているように感じられて、私がぽかんとしているうちに赤間さんの真面目な話は続いていく。
「知らない人間が勝手に室内に入ってきたとき、まず多くの人が瞬時に考えるのは強盗であったり不審者の侵入であると思います。
しかしマナさん、あなたは第一に私のことを幽霊だと推測して、除霊しようとされたんでしたね、そのための道具まで準備して。
それは…あなたにそう思わせるだけの土台が以前からあったせいではないでしょうか?」
なめらかに続いていく赤間さんの言葉は、なんかエライ先生の授業を受けているときのように、うまく私の頭に入ってこなかった、すみません私ばかなんです。
あいかわらず私はぽかんとしている。
でも赤間さんは、仁見先生みたいに私をからかったりすることなく、根気よく説明を続けてくれる。
「つまり…以前からマナさんは、自分の周囲に幽霊がいるのかもしれないと感じるような…怖い思いをしていたのではありませんか?
ひょっとしたら、自分のまわりに悪い幽霊がいるのかもしれない、その考えがはじめにあったから、夜に姿を現した見知らぬ私のことを該当の幽霊だと判断した」
「ああ…ええと、そのー…」
真剣に、そして親身になって話してくれているのが分かる赤間さんの声を聴きながら私は、とりあえず赤間さんも仁見先生と同じくらい洞察力が高い人なんだなぁ…ということを理解した。
そして理解すると同時に、なんて返事をすればいいのかを迷う。
赤間さんの推理通り、私はここのところ幽霊騒動の解決策に頭を痛めていた。
だけど、仁見先生と同じくらい頭がよさそうなこの人に対して、「ご近所の平和を守るために、ひとりゴーストバスターズしてたんです!」なんて言っても、よりバカに思われるだけなんじゃないだろうか?
できることなら私だって、イケメンで礼儀正しくて優しい赤間さんに、バカな子だなんて思われたくない、赤間さんからの印象は良くしたい。
そんなことを思って、うーん、どう返事をしようかと悩んでいたら、突然つかつかと赤間さんは私のすぐそばまで近づいてきた。
うわ、イケメンが近い! と思って私が反射的にビビると、赤間さんは至近距離からめちゃくちゃ優しい、とろけちゃいそうなくらいに超一級の優しい微笑みを浮かべ、こう言ってくれたのだった。
「どうか、気兼ねせずにマナさんの感じていることを私に話してください。
ご迷惑をかけたお詫びを兼ねて、今マナさんが不安に思っていること、怖いと思っていることがあるのならば、私がマナさんのために解決しましょう」
ぎゃああぁ!? なんですかこのシチュエーションは!?
平凡であるはずの私の人生で、イケメン年上男性からこんな優しくて素敵な言葉をかけられることなんてあります!? こういうセリフをすらっとクールにささやいてくれる男性って、ディズニー映画くらいにしか出てこないでしょう! あれなの? 赤間さんはいわゆる白馬の王子様的な存在なの? いや、赤間さんだったらイメージ的に黒い馬に乗ってきそう…じゃなくて! なにこれ夢なの? それとも赤間さんを見ながら私が勝手に妄想映像を脳内に流しているとか? やばくない? だとしたら我ながらかなりイッちゃってるというか…。
「マナさん?」
私の脳内では思考(というか妄想)が怒涛の嵐となってビュービュー暴れていたんだけれども、赤間さんにむけている顔の方はただぽかんとし続けていただけだったので、少し首をかしげながら赤間さんは心配そうに私の顔をのぞきこんだ。
それで私も一気に現実へと意識が戻っていく。
そうだそうだ、今は王子様が乗っている馬の色じゃなくて幽霊のことを考えなくちゃいけなかったんだ。
どちらにせよ非現実的だけども。
「で、でも…なんというか幽霊とかそういう話、ばかげてて赤間さんに話しても信じてもらえないかも…」
もじもじと口ごもりながら私は答えた。
しかし赤間さんの決意は固く、ジッと夜の湖みたいに静かに澄んだ瞳で私を見ている。
「いいえ」
赤間さんは私の目を見つめながら、はっきりと宣言した。
「どんな内容の話であっても、あなたが信じるなら、私もまた信じます。
それがあると信じるところから始めて、ふたりで一緒に真実をこの目で視てみましょう」
…ねえ、真摯な声ではっきりとこんなセリフを目の前で言われて、NOだなんて断れる女子がいますか?
こうして私は赤間さんとコンビを組んで、ご近所と仁見先生の医院の平和を守るため、ふたりゴーストバスターズを結成することになったのだった。
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