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 のこのことやってきた小娘の私に対して赤間さんは、あの夜と同じように丁寧に頭を下げてくれた。

 その物腰の良さに私はヒャッと無駄におどろき、ドキドキしながら彼の前に立った。



 「こんばんは」



 もう18時を過ぎていたので、彼は穏やかな声でそう挨拶をしてくれた。

 なのに私のほうは妙にテンパって「おっお疲れ様ですっ」とズレた返事をしてしまう、それでも彼はにっこり微笑んでくれた。

 仁見先生とはまったくちがう、上品で親密的な笑顔だった。


 当然ながら今の赤間さんの顔には血の汚れなどなく、どこまでもが白い肌であり、頭にはあのときのような包帯やガーゼもないし、たださらさらとした黒髪だけが見える。

 あれから3日しか経っていないわけだけど、赤間さんはすっかり回復したように感じられた。


 今日の赤間さんは、黒のロングコートを着ておらず黒い革手袋もしていなかった。

 ごく普通のスーツ姿をしており、服装だけで言えばただのサラリーマンみたいに見えなくもなかった。

 本当のところはどうなのか保険証を見ていないから分からないけど。

 (保険証を見れば、何の職業の人なのかだいたい分かる、そこに書いてあるから)


 はわ~あらためて見るとやっぱりイケメンだわ~、とか思いながらも私は、閉院後に現れた赤間さんを受付担当としてご案内しなければと、動揺が態度に出ないように気をつけながら声をかける。



 「あっ、仁見先生に御用でしょうか、仁見先生はいま自宅に戻られているんですが、すぐに内線で呼びますので、ここへ下りてくるかと…」



 医院に赤間さんが再度やってきたのなら、それは仁見先生に用事があるからだと即座に私は判断したのだけれど、私が内線電話を取ろうとしたところで赤間さんは、「いいえ、仁見先生に会いに来たわけではないのです」と言って、仁見先生はここに呼ぶ必要はないのだというリアクションをした。


 そして次に、赤間さんは微笑みながら私にこう言うのだ。



 「仁見先生ではなく、あなたに会いに来たのですよ」と。



 「えっ、私にですか!?」



 仁見先生ではなく私に用があって来るなんて…まさか、初対面で伯方の塩を一袋ぶっかけたことに対しての報復が目的でいらっしゃったのだろうか?

 あのときの無礼が頭の中で瞬時によみがえってきた私は、超ビビったのだけど、赤間さんはやさしい微笑みをたやすことなく、さらにこう言った。



 「あの夜、あなたにご迷惑をおかけしてしまったので、ひと言お詫びが言いたくて。

 驚かせてしまって申し訳ありませんでした」



 「ええー! そんな、別にだいじょうですよ、むしろこちらこそ申し訳なかったというか…!」



 ぺこりと頭を下げてくれたあとに赤間さんは高級そうなお菓子が入っていると思しき紙袋を、そっと私へ差し出してくれたので、あわてて私はぶんぶんと手を振りながら謝った。

 このお菓子をもらっていいのか私には分からない、治療をしたのは仁見先生で、私はただいつものように仁見先生の指示で手伝いをしただけ、しかも私には伯方の塩攻撃の後ろ暗さがある。

 

 

 「大したものではありませんから、おひとりで召し上がってください」



 安いプロペラ機のようにあいかわらず手をぶんぶん振りまくっている私へ一度笑顔で視線をむけてから、赤間さんはお菓子の紙袋を受付のカウンターの上に置いた。

 そして変に緊張している私があうあうしながら「ああありがとうございます…」となんとか返事をしたところで、さらにニコッと優しく微笑み穏やかな声で話し始める。



 「あらためて自己紹介させてください。

 私は…赤間犬彦といいます、先日は怖い思いをさせてしまって申し訳ありませんでした」



 おお…赤間犬彦さんっていうのか、変わった名前だな…。

 そっか、下の名前が犬彦っていうから、仁見先生は赤間さんのことを「犬くん」って雑に呼んで怒らせてたんだ。



 「あっ、私は大里愛実っていいます、ここで受付のバイトをしていて…元は私のおばあちゃんが受付の仕事をしてるんですが、今ピンチヒッターとして私が代わりをやっているんです。

 おばあちゃんと私、名字が一緒だから、仁見先生も患者さんたちも私のこと「マナちゃん」って呼ぶので、赤間さんも気軽に名前で呼んでくださいっ」



 なんだか謎の緊張でドキドキしながら私がそう話すと、赤間さんは一度目を細めてから「そうですか、ではマナさんとお呼びします」と答えた。

 赤間さんが、あの穏やかでクールな声色で「マナさん」と発音した瞬間、私のドキドキはさらにエグイことになって死ぬかと思うくらいだった、体の具合が悪いのは私の方かもしれない。



 「あのときは実に無作法な真似をしてマナさんを驚かせてしまい、本当に申し訳ありませんでした。

 仁見先生とは長くお付き合いさせていただいているもので、ついついそれに甘えてしまい、咄嗟に余裕のない行動をとることになってしまいました。

 仁見先生だけに迷惑がかかれば、私も別に気にはしないのですが、マナさんまで巻き込むことになってしまって…」



 んっ、赤間さん今、かるく毒吐かなかった?

 なんとなく今、赤間さんも仁見先生にうんざりしているような片鱗が感じられたような…。



 「いえっ、ほんとそんな謝らないでください、私も悪かったんです、てっきり赤間さんのこと幽霊だと勘違いして、その…塩までかけちゃって申し訳なく思って、その…」



 あのときのことを思い出したら、さらに恥ずかしさでドキドキしてきて、もじもじしながら私が謝っていると赤間さんは、それまでの穏やかだった口調から少し真面目なものへと声色を変化させ、不思議なことを話し始める。



 「マナさん、私は今回、あなたへのお詫びも兼ねて、その話をしに来たのです」


 

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