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だけどなんかもう私の頭はこのとき、いろんな出来事と情報でアップアップだったんだと思う。
もっと赤間さんについて別に尋ねるべきことはあったはずなのに(どうして頭から血が出るような目に遭ったんですか、なんでいつも夜中に診察を受けにくるんですか、とか…)思わずこんなことを仁見先生へ言っていた。
「きょ、今日の診療費はどうするんですか、保険証のお預かりは…ていうか私、もう今日はレジも締めてお金も金庫にしまっちゃったあとなんですけど…」
おろおろと私がそう尋ねても、へらへらした様子をキープし続けている仁見先生の方は、あっけらかんと答える。
「いいよいいよ、彼の場合は毎回、自費診療でツケ払いにしてるから。
赤間くんに関する面倒なことは全部私がやっとくから気にしないで」
「えっ…」
今の仁見先生の、らしくない言葉に私は強い違和感を覚える。
しかし、その違和感の答えを知ることは、このときはまだできなかった。
「さてマナちゃん、もう時間が遅すぎるからきみは早く帰らないと。
車でおうちまで送るから、すぐに荷物まとめて。
赤間くんはさっき脳震盪起こしてたっぽいから、しばらくここで安静にさせて経過観察しないといけないし、いろいろ急がないとね」
「あ、はい…」
こうして私はあれよあれよという間に、仁見先生に連れだされるようにして夜の医院を出ることになった、ソファーに座ったままの赤間さんをひとり残して。
医院を出て行くとき玄関扉に手をあて、すこし後ろを振り返ってみたら赤間さんと目が合った、そのまま彼は私にむかって頭を下げてくれる。
あわてて私もペコッと頭を下げ、そのまま外に出た。
なんだか、このまま怪我をしている赤間さんをひとりにして帰るのは忍びない気がしたけれど、あとは仁見先生が診てくれるって言うし、私がいたって何にもならないのは分かっている。
医院の玄関扉を出ると、すぐそこに仁見先生の赤い車がエンジンをぶんぶん言わせながら私が来るのを待っていてくれているのが見えた。
ボディがぴかぴかに照り輝いていて、やけに前と後ろが長い、とってもお高そうな外車だ(私には詳しい車の種類はわからない)夜だっていうのに、この仁見先生の赤い車はとにかくエンジン音がうるさい、きっとエコじゃない車なんだろう、知らんけど。
以前にも何度か乗せてもらったことがあるので(今日みたいに帰りが遅くになっちゃったときとか、医院で必要なものを買い出しにいくときとか)特に緊張することもなく、ぴょいっと私は助手席に乗せてもらう。
ばたんと助手席のドアを閉めたら、ぶーんと仁見先生の運転する車は、私のうちを目指して走っていく。
うちまで送ってもらえるのはありがたいけれど、私のうちから医院まではそんなに離れていないので(なんせ徒歩で通っているんだから)すぐに仁見先生の車は私のうちに到着する。
その、ほんのちょっと車に乗っている間に、かろうじて私はこれだけ仁見先生へ質問することができた。
「赤間さん、どうして頭を怪我していたんでしょうか?
それにどうして、仁見先生のところ…眼科を選んで来院されたんでしょうね、頭部の怪我だったら別の病院でもよかったんじゃないかと思うんですけど…」
至極もっともだと思われる私の質問に対して、あいかわず仁見先生はさらさらと気の抜けたしゃべり方で答えてくれる。(さっきまでの赤間さんの丁寧な話し方とは本当に真逆だ)
「彼ってさぁー背が高いでしょ? それにああ見えてドジっ子だから、すーぐ頭をどっかにぶつけて切っちゃったりするのさ、そのへんの角が飛び出してる外壁とか看板とかにね、頭部の皮膚はちょっと切れただけでも大げさに血が出たりするからさー、彼は知り合いのとこの子なんだけどヤンチャボーイなもんで、こういうときいつも私が診てあげてんの。
あれしきの傷、どこの病院いってもササッと処置してくれるだろうけど、赤間くんは内弁慶のシャイボーイだから、昔からよく知ってるかかりつけ医の私に診てもらいたがるんだよねー。
マナちゃんはひょっとしたらまだ知らなかったかもしれないけど、私は『眼科』を標榜している医院を経営する眼科専門医なんだけどさ、かといって『眼科』以外の診療ができないわけでも、しちゃいけないわけでもないから、眼に関係ない部分の裂傷であっても余裕で診察できるんだよん。
だけどさ、『眼科』なのに眼に関係ない治療をして診療請求を保険組合にかけるとウルサイこと言われてめんどくさかったりするから、彼の場合は自費診療扱いにして後からまとめて払ってもらうことにしてるの。
だからマナちゃんは気にしないで大丈夫だよ、赤間くんのカルテは個人的に私が保管もしてるから」
という風にへらへらと語られた仁見先生の話を聞いて私は、なんとなく、仁見先生は赤間さんから、本当は診療費を毎回受け取ってはいない…タダで診てあげているんじゃないかと感じた。
いや、特に根拠のない、ただの直感なだけなんですが。
そんなことを考えていたら、あっという間に目の前には私のうちがあって、さくっと私をうちの前で降ろすと仁見先生の車は、サッサと医院へ戻っていってしまった。
ぴかぴかに輝く仁見先生の真っ赤な車は、すぐに夜の闇の中へ姿を消してしまうのだった。
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