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 どんなことがあってもいつだって動じない、へらへらしてばかりの仁見先生であっても、さすがにこの状況…夜中の自分の医院に知らない人が、しかも頭から血ぃ流しているブラックメンがいるっていうのに、サクサクと行動しすぎでしょうと思っていたら、どうやら仁見先生は、この幽霊男性と前から知り合いらしいということに私も気づいた。


 ハッ…! まさか、地元の人じゃない身元不明の男性がこの付近で事故に遭ったのは、前からの知り合いである仁見先生に会いにきていたから…とか!?



 「マナちゃん、きみには彼が幽霊に見える?」



 「えっ」



 幽霊男性と仁見先生を交互に見比べて、あれこれ考えていたら、ニヤニヤとむかつく笑顔を浮かべながらこっちを見てくる仁見先生からそう尋ねられた。

 むむっと私が仁見先生を見返し、そうして何か言う前に、はあ…というため息が聞こえてきたので、反射的にそちらの方へと視線を向ける。

 ため息をついたのは、それまで静かに黙り続けていた幽霊男性だった。



 「仁見先生、やめてください。

 彼女を驚かせるような真似をした俺にすべて責任があります」



 おお…っ! 幽霊男性がしゃべった!

 丁寧な言葉を使って淡々と穏やかにしゃべる幽霊男性に対して私は、イケメンは声もイケメンだ…と思った。

 へらへらしたしゃべり方がデフォの仁見先生とはちがう、いや、別に仁見先生はブスってわけじゃないけどさ、ちゃんとしてなくてだらしないだけで。



 「だよねー、そんな真っ黒なロングコート着てるさぁ陰気な知らん男が勝手に入ってきてたら、幽霊だとか思われちゃっても仕方ないよねー、いつも言ってるでしょ、犬くんもっと愛想よくして生きていかないとってさぁ」



 「犬くん?」



 いや、私そこまでこの人のこと悪く感じてないわ、勝手に私の意見みたいにしてディスんなし…と思っていたところで、いきなり仁見先生が呼んだ「犬くん」という言葉に反応してしまう。

 この幽霊さんの名前は「犬くん」さん、なんだろうか? なんか可愛いな…ていうかやっぱ知り合いなんじゃん。


 って、思っていたら速攻で幽霊男性が「その呼び方止めてください」と本気で嫌そうに仁見先生へクレームを入れた。

 それでなんか、この人も仁見先生から被害を受けてる側なんだなぁと一気に悟って親近感がわく。

 私も普段から仁見先生に、「ちょっとそこの乙女ー」とか「お菓子大好きレディ」とか訳わかんないあだ名で気まぐれに呼ばれているから、いま仁見先生にムカついたらしい彼の気持ちはよく分かる、いっしょに被害者団体でも結成したいくらいの好感度が生まれる。


 ギロッと幽霊男性から睨まれた仁見先生は、さすがに空気を読んだのか、それ以上は「犬くん」呼びをせず、たはは…と気の抜けるような笑顔を浮かべながら私へとあらためて彼の紹介をしてくれる。



 「こんなんだけど、彼は生きてる人間だよー、幽霊じゃないよ残念ながら。

 赤間くんっていって、私が昔から抱えてる患者さんだよん」


 

 「赤間さん…仁見先生の患者さんですか」



 名前を呼びながらチラッと彼の方を見ると、彼…赤間さんは、年下の小娘の私に…しかも初対面で伯方の塩を一袋ぶっかけた私に対して、ぺこりと軽く頭を下げてくれた。

 今ではすっかり顔の血も拭きとられ、黒髪は白い包帯で一部隠れるようになり、最初のぼんやりとした覇気のない印象はぬぐい去られて、とても幽霊なんかには見えない、ちゃんと生きてる人間だとはっきり分かる。


 だけど…。


 常連さんたちの中に、こんな患者さんいたかな?

 あきらかに近所に住んでいる人じゃないし、こんな整った顔しているイケメンが患者さんでやってきたら、受付やってる私の記憶に絶対残りそうなものだけど。


 そんなことを考えていたら、まるでエスパーみたいに仁見先生は私の疑問を勝手に汲み取って答えてくれる。



 「赤間くんはちょっと特別な患者さんでね、私の診察を受けにくるのはだいたい夜なんだよ、彼ってば夜行性でねぇ困ったもんさ」



 「診察を夜に?」



 「そうなんだよ、いつも今夜みたいにいきなりやってきて診ろ診ろって言うからさ、もう赤間くんには医院の鍵を渡してあるんだよ、勝手に中に入って待っててってさ。

 ゲームの最中にセーブも出来ないタイミングで、玄関のドア開けろって騒がれるのもメンドイでしょー?」



 「ここの鍵を渡してあるんですか!? じゃあ医院の玄関扉を開けられる鍵を持っている人物は三人いて、つまり鍵は、おばあちゃんから預かっている私の鍵と、赤間さんが持っている鍵と、仁見先生の鍵、三つあるってことですか?」



 初めて聞く事実にびっくりして私がそう言うと、なんでもないことみたいにサラリと仁見先生はこう言った。



 「んーん、ここの鍵は2つしかないよ、マナちゃんが持ってるやつと赤間くんが持ってるやつの2つ。

 私が持ってたやつを赤間くんに預けてるから」



 「ええっ!? そしたら仁見先生は医院に入りたいときどうするんですか?

自分の医院なのに入れないじゃないですか!」



 「えー? だって私が一番乗りでここに入ることってないじゃん、いつもマナちゃんが朝早く来て玄関開けてくれて、私が上に戻ったらマナちゃんが帰りに鍵閉めてくれるでしょー、マナちゃんが来ない休みの日には私、ぜったい下には下りないから。

 仕事の無い日に、ここに来る必要ないし。

 あるとしたら、こうして時間外に乗り込んでくる赤間くんを診るときだけだしね」



 ああ…なんかハチャメチャな情報が一気にどんどん増えていく…。


 だけどとりあえず分かったことは、バカにするような言い方ばかりしているけれど、仁見先生は、鍵を預けてもいいくらいに赤間さんのことを信頼している、信頼できるくらい長い付き合いが二人の間にあるらしいということだ。

 

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