5 あなたが信じるなら、
「ちょっと話をおさらいしたいんだけど、結局その血まみれの顔したイケメンって、生きてる人間なの? それとも例の幽霊だったの?」
いつも冷静なマキも、ここまで話したらついにノリノリになってきた。
空になったグラスに赤ワインのおかわりをドブドブ注ぎ足しながら、ぐいぐいとお腹がすいた猫ちゃんのように私の幽霊話に食いついてくる。
「そいつが生きてるのか死んでるのかで、ここまでにあった出来事の捉え方が変わってくるから」
「ちょっとー、彼のこと、そいつ呼ばわりするのやめてくんない? あのひとにはぁー、ちゃーんと名前があるんだからぁー」
マキに負けじと私も缶チューハイを飲みながら、ちょっと呂律の回らなくなった口で、そう文句を言うと、マキは眉間にシワを寄せ、真剣な声でこう言った。
「…マジでその人イケメンなのね?」
「そうです、マジでイケメンです」
私も真剣な声で返事をする。
マキは腕を組みながら、ウンウンとうなずいた。
「まあねー、そうねー、そりゃ血まみれの顔しててもブサイクよりはイケメンの方がいいに決まってるか、古今東西幽霊ってのは」
ではマキ様もご所望であらせられることなので、ソファーで佇む幽霊男性と、突然飛び込み参加してきただらしない格好の仁見先生、そして受付のカウンターの中で傍観モードになっていた私、この三人で、このあとどうなったのかを話していこう。
夜中の医院で、仁見先生による幽霊男性の診療が始まる。
診察モードの仁見先生はそれまでのサボリ魔っぷりが消えて、テキパキと動き出す、私は先生からの指示に従って助手を務める。
助手っていっても、あれ取ってきて、とか、ここ押さえてて、とか、すごく簡単なお手伝いをするだけなんだけどね。
仁見先生がペンライトを使って幽霊男性の目のあたりをサッサと照らすと、さっきまで私へと微笑むようにしていた彼の表情が、眩しげにしかめっ面になった、しかしそれでも無言のままでやはり静かにジッとしている。
次に仁見先生は、アルコール綿で幽霊男性の顔に付いている血を拭きとりながら、丹念に傷のチェックをし、次には髪の毛の方をかきかけるようにして頭部の診察をし始めたところで、「んんっ?」と変な声を出した。
「これ、この髪の毛にかかってる白いやつ、これ塩じゃない? なんで?
けっこう量多いじゃん、なにこれ、君は…神の怒りを買って塩の柱にされた人間とでも戦ってきたのかい?」
あっ…まずい、めちゃくちゃ怪訝そうな顔をした仁見先生が、ファーストコンタクトで私が幽霊男性にぶちまけた伯方の塩に気づいてしまった、実は幽霊男性だけではなく、ソファーや床にも塩はこぼれおちまくっている。
こっそりと片付けるつもりだったのにバレてしまっては仕方がない、私はおそるおそる自白することにした。
「すみません先生、私がぶっかけちゃったんです、その…除霊しなくちゃと思って」
「じょれい?」
それまで幽霊男性の診察のみに集中していた仁見先生が、しゃがんだまま後ろを振り返るような格好になり、次の指示待ちで少し離れたところに立っている私を見た。
そしてしばらくジッと私のことを見てから、次にケラケラと笑い出す。
「あーあーなるほどね、除霊か、塩を使って悪霊退散させようと思ったのかマナちゃん、塩かー古典的だねー」
なんかバカにされてるような言い方をされたもんで、ムッとなったけれど仁見先生っていう人はいつもこんなカンジなので私はがまんする。
私はただ、幽霊男性の裂傷位置を探してなめらかに手を動かしている仁見先生の作業の様子を見ている。
「怪我人の傷口に塩ぬり込むとか中世の拷問じゃないんだからさ、マナちゃんも残酷な真似するねぇー、ま、でもマナちゃんからしたら不審者が無断で入ってきたようにしか見えなかっただろうからそれも正当防衛になるか。
いや、そもそもマナちゃんは幽霊を倒すために塩まで事前に準備してここに張り込んでたんだね、びっくりしたよ、とっくの昔におうちに帰っているはずのマナちゃんの悲鳴が下から聞こえてきたんだもん、ボス戦中だったのにポーズして急いでこっち来たんだよ、まったく何事かと思ってさぁ」
あ、いろいろバレてる…。
仁見先生はサボリ魔でだらしない人だけど、頭はむちゃくちゃいい、ちょっとのヒントですぐにいろんなことを察してしまう、だてにお医者さんやっているわけじゃないのだ。
「すみません…すぐ帰るつもりだったんですけど、つい眠っちゃってて、それで目が覚めたら待合室に知らない人がいたもので、ついに幽霊がやってきたもんだと思って、それで…」
「それで塩をお見舞いしてやったってことか、やるじゃん、かっこいいねーマナちゃん、おっ、…あれだ、マナちゃーん滅菌済みの大判ガーゼ持ってきて」
「はいっ」
ここから仁見先生は診療モードに突入したので、しばらく黙っていた。
だから私も待機したまま黙っている。
仁見先生にされるがままになっている幽霊男性も、黙り込んでいる。
どうやら幽霊男性の頭部、そこにやはり裂傷…切れている傷があるらしくて、彼の黒髪をかきわけながら仁見先生はごそごそと皮膚のあたりをいじっている。
アルコールで消毒されるたびにそれがしみるらしくて、幽霊男性は眉間にシワを寄せる、さっき私と二人でいたときはどこかぼんやりしている雰囲気だったのに、今でははっきりと感情のこもった表情を浮かべている。
すなわち…痛いなーっていう顔をしている、口は閉じたままだけど。
「ここ、わかりやすいタンコブになってるねー、顔に付いてる血はその近くの裂傷からのものだけど、傷は浅いから今回は縫うまではしなくてよさそうだねー、キミもともとタフだし様子見で大丈夫でしょう、だけど念のために炎症止めと抗菌剤のお薬の処方箋を書いとこうね、やれやれ」
「えーーと、仁見先生、こちらの幽霊の方と…お知り合いなんですか?」
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