4 そして衝撃的な運命の出会い

 

 「だからあんたそれ、極端すぎじゃない?」



 グラスの中の赤ワインをぐいっと飲み干してから、マキはあきれたような声でそう感想を述べた。

 私は、これからお説教をされるのを理解しているワンちゃんみたいに、しおらしくマキ様のお言葉の続きを待った。



 「だからって無人のはずの夜の病院に入り込んでいるのが幽霊で確定ってのは無いでしょう、せめてその先生にはちゃんと話すべきだったんじゃないの?

 夜の病院に不審者が入り込んでいるかもしれないってこと、近所でこういう幽霊の噂が流れていますって話、そのうえで気のせいだとかガチで幽霊だったとかならいいけど、その場合は実害がないからさ。

 だけどその段階じゃ、まだ生きてる不審者侵入している説は否定されたわけじゃないからね」



 普段からリアリストなマキの言うことはもっともだった。

 だけど、この幽霊話はもう何年も前のできごとなんだから、そんな真剣にお説教してくれなくてもいいのに。

 ぶーっと心の中でむくれながら私は言い訳をする。



 「もーいいでしょお、許してくださいよぉ、今だったらもうそんな猪突猛進なことしないからさー。

 昔の話ですよ、昔の話、しかも解決済みの」



 缶チューハイを飲みながらもへこへこと私が頭を下げると、とりあえずマキは口を閉じてくれた、ちょっと納得してない顔をしてるけど。

 マキはむすっとした顔をしつつも、はよ続き話せ的なオーラを出していたので、これ以上マキ様を不機嫌にさせないためにも私は急いで、張り込みをした夜の話の続きをすることにする。


 では幽霊話の続きね。


 あの夜、私はひとりで、誰もいない真っ暗な医院のなか、今か今かと心霊的異変が起きるのを待っていた。

 電気はもちろんだけど空調も切ってしまっていたので、肌寒い夜に体が冷えてしまわないように家から持って来ていたブランケットに包まりながら、ペットボトルのあったかいミルクティーを飲みつつ、スマホをいじりまったりして着々と。


 この日の張り込みのため、私は朝からしっかりといろんな準備をちゃんとしてたんだ。

 おなかがすかないようにサンドイッチやパン、お菓子なんかをどっさりと買いこみ、快適に過ごすためのブランケットやクッションを用意し、除霊のためのアイテムたち…伯方の塩、ファブリーズ、近所の神社で売ってたそれっぽいお札…などを自分のロッカーの中へ押し込んで、その日の診療が終わり患者さんがいなくなるのを待つ。


 家族には、仕事が終わったら友だちと飲みに出かけるって言っておいたので、アリバイもおっけー。

 仁見先生はなにも知らない。

 午後の最後の患者さんが帰っていったのを合図に、さっさと仁見先生はいつものように自分の部屋へ帰っていってしまった。


 こうして私は夜の医院の中でひとりぼっちとなる。

 幽霊捕獲のためのフィールドは完璧に整ったというわけだ。

 

 仁見先生や患者さんたちが帰っていったあと、いつものように院内の掃除や後片付けを済ませた私は、外へつながるすべての窓や扉に施錠をした。

 そうして、いま院内には私しかおらず、完全な密室状態であることを確認してから電気などもすべて消して、張り込みグッズたちを抱えながら私は暗室へと移動する。


 ちなみに暗室というのは、その名の通り、外から入ってくる光を遮断して真っ暗にすることができる部屋のこと。

 診察の一環で、患者さんの眼の写真をとらなくちゃいけないときなんかは、その真っ暗な部屋の中にある特別な機械を使ってやるのね。

 で、外からの光を遮断するってことは、逆に暗室の中の光も外には出ないってこと、だから、私が暗室の中で明かりをつけてまったりと過ごしていても、音さえ立てなければ私がひそんでいるってことが全然バレないってわけなのよ。


 私は医院の玄関扉のカギを預かっている。

 とりあえずは今夜、気が済むまで張り込みをして、もし何も起きなくて退屈してきたら家に帰ろーっと、そう思いながら私は用意していたサンドイッチをむしゃむしゃ食べつつスマホでマンガを読んでいた。


 この日は金曜日。

 私がこの金曜日の夜に張り込みをすることに決めたのは、私のスーパー分析力が導きだしたデータの結果である。

 朝、私が一番乗りで医院に出勤してきたとき、院内で異変が起きているのを発見することが多かったのが、月曜の朝だったからだ。


 土日は医院が休みなので、ポルターガイスト的異変が起きるのは、金曜の夜から日曜の夜の間…ってことになる。

 金曜の夜だったら仕事終わりにそのまま院内で張り込みをすることができる、それでも幽霊がやってくるのが土日だったら肩すかしになっちゃうけど、まずは金曜の夜から攻めていってみようっていう考えだったわけよ、とりあえずはレッツトライということで。


 みんなを守るんだという使命感はもちろん持っているけど、非日常なわくわく感でノリノリだった私は、楽しく暗室でまったりしている間になんだか眠くなってきちゃって、そのうち寝ちゃってたんだよね。

 で、ハッて目が覚めてスマホで時間を確認したら、もう23時くらいになってたの、明るく光るスマホの画面を見て超青ざめる私。


 やっば、もうこんな時間!? 20時過ぎくらいになったところでボチボチ家に帰ろうと思ってたのに、こんなに遅くなってたなんて!


 とりあえず家に連絡しないと、これから帰るからって言っとかないと家族を心配させちゃうかも…なんてオロオロ考えてたら、暗室の中にひとりぼっちでいる私はさらに重要なことに気がついた。


 誰かがいる…。


 しっかり施錠をして密室状態にしたはずの院内に…人の気配がする…。


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