3-2

 幽霊話その①

 ある日の午前中、私が医院の玄関前をホウキで掃いていると、たまたま医院の前を通りかかった近所のおばさんが私の方に近寄ってきて、挨拶してくれたの。

 で、ちょっとかるくおしゃべりしていたら、おばさんは、そういえば…って感じの口調でこう話してくれた。


 「ねえマナちゃん、最近この辺りでヘンなこととか起きてないわよね?」


 「変なことですか? そうですねぇ最近、仁見先生の寝坊がますますヒドくなって、朝はTシャツを裏返しに着たまま患者さんたちの前に出てきたりするから、ホント変な人だなぁって思いますけど」


 「やーねぇ、そういうんじゃないのよぉ、先生は学生の頃からそんな感じでだらしなかったわよぉ、そうじゃなくってね、この辺りでヘンなものとか見たりしたことない? そのーお化けみたいなもの」


 「えーっ、おばけですかぁ? そんなの一回も見たことありませんよ、この辺りでって…何かあったんですか?」


 「いやーなんかねぇ、そういうのを見たって人が何人かいるのよ。

 知ってるマナちゃん? 先月だったかしらね、向こうの大通りの交差点で男の人がトラックにはねられたの。

 その人の幽霊がね、この辺りを彷徨ってるんじゃないかってウワサになってんのよぉー、今」


 「ええっ!? 前に事故があったらしいっていうのはお母さんから聞いてるんですけど、その人死んじゃったんですか!? うわー…お気の毒に。

 お母さんの話だと確か、事故に遭った人は地元の人じゃなかったんでしたよね、その人が幽霊に?」


 「らしいのよぉ、田中さんちの奥さんが言ってたんだけどね、その男の人、なんか身元不明らしくって、どこの誰だか分からないらしいのよ」


  

 「へえー(田中さん、そういう情報どっから仕入れてくるんだろ)」


 「この辺りは住宅地ばっかりなのに、その男の人、何の用でこの土地に来て、そしてトラックにはねられちゃったのかねぇ。

 しかもねマナちゃん、不思議なことにその男の人、噂だと、自分から車道に飛び込んでいってトラックにはねられたらしいのよ、横断歩道は赤信号だったってのに…その男の人が飛び出していくとこ見てた人がいてね、自殺だったのかしらねぇ」


 「へえぇ(主婦の情報網マジあなどれないわ)」


 「自殺だとしたら、わざわざこっちの方まで来てすることないのに迷惑よねぇ、それでねマナちゃん、その男の人がトラックにはねられて死んでから、この辺りに変な人影が出るようになったっていう噂があるのよぉ」


 「その男の人の幽霊がこの辺りに出るんですか?」


 「そうそう、失くしてしまった右手を探して彷徨ってるって噂よ」


 「失くしてしまった右手?」


 「その男の人、トラックにはねられたときに右手が手首からもげてしまって、どっか飛んでっちゃったらしいのよ、それがまだ見つかってないらしくってね、自分の右手を探してこの辺りを彷徨ってるんじゃないかって話」


 「えーっ!? じゃあこの辺りの家の屋根とか庭の隅っことかに、その男の人の右手が転がってる可能性があるんですか? やだーー!!

 しかも先月の出来事だから、ぜったい腐ってますよね! 私がそれ見つけちゃったらトラウマになりますよー!」


 「どうかしらねぇ、最近寒くなってきたし、意外と腐ってないかもよマナちゃん。

 うちもダンナが釣ってきた魚をひらいて網かごに入れて庭先で干してるけど、腐ってないもの。

 その男の人の失くした右手も、どこかの家の軒先で、いい感じの干物になっているかもしれないわよ」


 …っていう、まずこれが幽霊話①の内容。


 このときはそこまで私も本気では信じてなかったんだよね。

 他所からきた男の人が交通事故に遭ったっていうのは事実として知っているけど、そのあとの右手を探して町内を彷徨う幽霊話とかは、おばさんがウケ狙いでちょっと盛ってんだと思ってたの、だからこの話はすぐに忘れちゃってたんだよね、この時点では。


 次、幽霊話その②


 幽霊話その①を聞いてからしばらく経ったあと、私が医院のお昼休み、近くのパン屋さんへ行こうと思って医院を出て、すこし歩いたところで井戸端会議中の三人のおばあちゃんたちに出会ったのよ。


 その三人のおばあちゃんたちも近所の人たちで顔見知りだったから、挨拶したのね、そしたらそのとき「ねえマナちゃんはどう思う?」って話振られて、おばあちゃんたちの噂話に混ざることになったのね。


 「なんかねえ、この辺りで最近、妙な人影が出るらしいんだよ。

 マナちゃんはそういうの見たことあるかい?

 なんでも幽霊なんじゃないかって話なんだけど」


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