第1話の3
「……とりあえず、ここならいいか」
少年の声に、私は息を切らせながら顔を上げた。
「はあ、はあ、は……ここは、えっと」
「落ち着け。とりあえず息を整えろ。ほら、吐いて、吸って、吐いて」
その声の言う通りに、深呼吸をする。少しして、落ち着いてきた。
「落ち着いたか?」
「うん、ありがと……え?あなたは……」
多少灯りのある場所に来たからか、少年をはっきりと見ることが出来た。
小柄な体格に、ボサボサの茶髪。教室の隅で本を読んでいた、今朝自転車置き場でぶつかった子。
「新月……さん?」
「あ?そうだけど……シュウでいい。名前長いし、呼ばれ慣れてるから。アンタは確か、文月サンだっけ」
新月秀星くん……シュウは、とても面倒くさそうに欠伸をした。
「えっとじゃあ、シュウくん。とりあえず、えっと……聞きたいことは多いけど、助けてくれてありがとう」
「仕事だから礼は要らねーんだけど……まあ、どーいたしまして。というか、何でここ……学校に居んだよ」
「私?私は、忘れ物を……英語のワークを取りに来たんだけど……そうだ、それで、鍵を返しに行ったら誰もいなくて、入口も開かなくて……」
「あーあー、分かったから落ち着け!」
シュウはため息をつくと、頭をかいた。
「とりあえず順番に答える。まずここはどこかって言ってたけど、ここは図書室のカウンター裏の個室だ。司書室っつーのか……」
ほら、と指さされて方には『持出禁止』のシールが貼られた、古い本が収められた棚がある。あれ確か、前に歴史で資料として使った気がする。
「んで、あー。聞きたいことあるか?」
「そりゃもう沢山!さっきの、さっきのあれは……おえっ」
さっきのソレが弾けるところを思い出して、吐き気が込み上げてきた。
水風船が割れるように、どろりとした黄ばんだようなものが飛び散った光景。膨れた膿を潰したような、気持ち悪い……
「落ち着け、考えるな。別のことを考えろ。ほら、今日の課題とか……ほら、あーもう!」
また言われる通りに呼吸すると、少しずつ楽になった。
「その、それで、さっきのは」
改めてきくと、シュウは割と淡々とした様子で答えてくれた。
「怪異。言うなりゃ七不思議。アンタら、今日七不思議の話してただろ。そん中に出てきた、『階段のそのこさん』って奴な」
『階段のそのこさん』
昔、水泳部に「そのこ」という読みの女子生徒がいた。
その生徒はとても部活に力を入れていて、なんと個人の部の全国大会の決勝まで進出したのだという。
しかし、全国大会の1週間前の夏、プール上がりに悪ふざけでぶつかられて階段から落ちて、そのこさんは死んでしまった。
学校はそのこさんの死を行方不明扱いにした。何故なら、校長の娘がぶつかったから。
そのこさんは今でも、自分にぶつかってきた娘を探してあの階段にいる。
「……ってやつだよね」
「そうだ」
「え?でも、そのこ……苑子先輩って生きてるよ?」
「そのこさん」の話の発端のきっかけとなった先輩苑子先輩は、生きている。
確かに水泳部で全国大会に出たし、当時の校長の娘さんがぶつかって階段から落ちたりはしたらしいし、怪我で全国大会を休んだらしいし。
けど、今もバッチリ生きている。なんなら苑子先輩は華乃の従姉妹さんで、先週会ったばかりだ。
怪我というのも階段は関係なく、自転車で帰る時に脚を折っちゃったというものだったそうだし。
シュウは頷いた。
「まあな。だけど、アレは確かにそのこさんそのものだ」
どういうこと?と混乱してきた。混乱しているのが顔に出ていたのか、シュウはまた溜め息をついてから話を続けた。
「言霊って概念は分かるか?」
「確か、言葉には力があるみたいなやつだよね?古文とかで出てきた……」
「ああ。皆が皆、『階段のそのこさん』の話をし続けた結果、歪に存在してしまってる。それがアレだ」
「は、はあ?」
「まあ、分からなくていい。……で、動けるか?」
そう言いながら、シュウは銃のようなものに弾をリロードした。
「動けるけど」
「ん。なら、出口まで送る。怖いかもしれねーけど、ついてこないと出られんぞ」
怖いと思っていたのを見抜かれていて、ギクッとなった。よく分からないけどアレを倒せるなら、解決してくれるのを待って出ようと思ってたんだけどな。
「……わかった。お願いするね」
「じゃ、行くぞ」
司書室を出て図書室から出て、特別棟の東階段の方を使って降りる。西階段の方が近いのに、どうして使わないのだろう?と思っていたけど、声を出すとアレが来そうで聞けなかった。
聞きたいことは他にも山ほどある。なんでこんな時間にここにいるのか、なんで銃みたいなのを持ってるのかetc.....。でも聞くには、勇気がない。
東階段側の渡り廊下から普通棟へ行くと、保健室へ入る。鍵はどうしてか、シュウが持っていた。
中に入って扉を閉めると、シュウは迷うことなく奥に行った。
「……あ、裏口」
「そーゆーこと。ほら、こっから出ろ。落し物はねーな?」
ずっとリュックを背負っていたのを忘れていた。中身はあんまり入っていないから軽いのもあるだろう。
「早く行け。仕事の邪魔だし」
邪魔だ、という言い草にムッとした。けど、こんなところで言い合いをしたらアレが来るかもしれない。
会釈だけ軽くして、私は足早に自転車置き場へ向かい、自転車でその日は無事に帰った。
ただ、頭の中にはあまりに多くの疑問が渦巻いていた。
妖士隊活動記 偽禍津 @NiseMagatu
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