第2話

 大聖堂からエリスの私室へと移る。宮廷魔術師とはいえ、まだ専属でもなかったため、部屋そのものは手狭だ。ベッドと机、それと人が座れるスペースくらいしかない。


「ロゼ様、それで私は何をすれば……」

「まずはその地味な格好をどうにかしないとね」

「ですが人は内面こそが大切で……」

「正論だねぇ。だけどね、外見も大切だよ。仮に能力で勝っても、容姿を理由に言い訳されるのも面倒だからね」

「ですが、私がノエル様に容姿で勝るなんて……」

「そのための秘策として、この優男を連れてきたのさ」

「どうも、優男のクラウスです」


 正座させられている金髪青目の少年は、真っ先にエリスを庇ってくれたクラウスだった。彼はどこか申し訳なさそうな表情を浮かべて、頭を下げた。


「この度は僕の妹が迷惑をおかけしました」

「い、いえ、クラウス様は悪くありません」

「エリスさんにそう言ってもらえるなら、心が救われた気がします」


 クラウスの浮かべる笑みには、心根の優しさが滲み出ていた。エリスの胸中に渦巻いていた悲しみが和らいだ気がした。


「さて、本題に入るとしようかね。クラウスは妹こそ最低だが、本人は悪い奴じゃない。どうして妹がこいつに似なかったのかと、不幸を嘆くばかりだよ」

「妹……ではありますが、血の繋がりはありませんからね」

「そうなのかい?」

「王宮で一緒に育ったのです。我儘に付き合わされたものです」

「その温和な性格は昔からってことかい」

「温和ですか……物は言いようですね。僕はただ勇気がない意気地なしでしかありませんよ」


 長所と短所は受け取り方次第で解釈が変わる。粗暴な性格も長所として受け取れば勇敢だと尊敬されるように、クラウスの性格も人によっては欠点として映るだろう。


「さて本題に入るとしようかね。クラウスは王子とも古い付き合いだそうじゃないか」

「古いと言えば、まぁ……」

「そこでだ。王子の女の趣味を教えな」

「さすがにそれは、プライバシーの問題ですし……」

「なら王子を殴って吐かせるかね」

「い、言いますから! だから拳を握るのを止めてください!」


 大聖女を止められる者はいない。自分のせいで王子に青痣が増えるのは勘弁だと、諦めたように口を開く。


「王子は性格が穏やかで、外見が華やかな女性が好みです」

「つまりは私のような女が好みと」

「藪蛇になるので何も言いませんから」

「大人だねぇ。ただまぁ、大きなヒントは得られた。やはりエリスの外見を磨けば、十分に勝機はあるね」


 内面を磨くのは一朝一夕では難しい。だが外見は化粧など即効性のある改善ができる。特にエリスは元々の素材が良いため、少しの工夫で大きな変化が望めるはずだ。


「まずはボサボサの髪を綺麗にして、眼鏡も外そうかね。それと服もきちんとしたドレスを用意させないとねぇ」

「あ、あの、それで私は変われるのでしょうか?」

「任せておきな。伊達に長くは生きてない。王子が手放したことを悔しがるほどの美女に変身させてあげるよ」


 ロゼは自信に満ちた笑みを浮かべる。その表情を信じてみようと、エリスは彼女に身を委ねるのだった。

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