第3話


 長い付き合いの仕立屋にドレスを用意させ、エリスの髪を梳かし、薄い化粧を施していく。時間と共に磨かれていく彼女の美貌は、丁度、一時間が経過した頃、部屋に戻って来たクラウスを驚愕させた。


「おかえりなさいませ、クラウス様」

「――――ッ」


 ニコリと笑うエリスに、クラウスは見惚れてしまう。地味な印象の彼女はもういない。瀟洒な黒のレースドレスが、白磁の肌によく映えていた。


 色素の薄い唇は吸い込まれそうなほど魅力的で、ゴクリと息を飲んでしまう。


「どうかされましたか?」

「い、いえ、あまりの変わりように驚いていただけです」

「ふふふ、眼鏡を外しましたからね。ちょっぴりお洒落になれました」

「ちょっぴりどころか……いや、それよりも眼鏡がなくても平気なのですか?」

「ロゼ様の回復魔法で視力を治していただきました」


 そういう使い方もできるのかと、クラウスは感心させられる。厚底眼鏡が地味さの大きな原因になっていたので、裸眼による印象の変化は大きい。


「私の偉大さに驚いたかい?」

「まさかエリスさんがここまで美人になるとは思いませんでした」

「これで外見の不利はなくせた。次に必要なのは実力だね」

「専属魔術師になるためには、魔法の腕前は必須ですからね」


 ノエルに外見で勝っていても、魔術師としての実力に大きな差があれば、専属魔術師として不適格の烙印を押されるのがオチだ。そうならないためにもエリスは強くなる必要がある。


「新しい魔法を習得するべきでしょうか?」

「十日で会得した付け焼刃の魔法が通じるわけがないだろ」

「ならどうすれば……」

「あんたは新しい魔法なんて習得しなくても十分に強い。なにせ基礎魔法をすべて習得しているそうじゃないか」

「ですが、私は基礎しか使えませんよ」

「基礎でも、すべてを扱える者は少ない。あんたは誇っていい。努力は決して無駄じゃなかったのさ」


 才能がなくても血の滲むような努力をしてきたからこそ、宮廷魔術師として採用されたのだ。彼女の頑張りに報いるために、ロゼは両手の人差し指をそれぞれピンと立てる。


「基礎魔法の初歩の初歩、炎の魔法さ。けどね、炎の大きさが違うだろ。なぜだか分かるかい?」

「魔力量が違うからですか?」

「その通りさ。そして魔力量はそのまま魔法の威力に繋がる。あんたの欠点である魔力不足を克服できれば、ノエルに勝つことも不可能じゃない」


 便利な道具を複数所持していても、動力がなければ宝の持ち腐れで終わる。魔法の種類だけなら右に出る者のいないエリスだからこそ、魔力を増やすことで威力を増すことがそのまま戦力アップに繋がるのだ。


「ですが魔力量を増やすにしてもどうすれば……」

「筋力や肺活量と同じさ。魔力は限界まで使い切れば、回復時に最大値が増加する」

「それでも、たった十日しかないのですよ。使い切ってから回復するのを待っていては、日が暮れてしまいます」

「あんた、私が誰か忘れたのかい? 大聖女のロゼ様だよ」


 魔力を限界まで使い切り、その後、回復魔法で体力を元通りにする。これを繰り返すことで魔力量は短い期間でも増やすことができる。


「私は嘘を吐かない。弟子にしたからには、あんたを勝たせてやるよ」

「はい、お願いします!」


 ロゼの修行にエリスは身を任せる。十日の修行は彼女を急速に強くするのだった。

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