第29話椎名胡桃と水族館デート

 

 椎名胡桃からメールが届いてきた。


 センパイさっきはあんな事をして反省してます、でも私がセンパイの事が好きであんな強行手段に出た事を後悔はしてません、今週末のデート楽しみにしてます。


 こんなメールが椎名胡桃から届いたのだ、そして今俺は机に突っ伏し、メールの内容を心の中で読み上げていた。


「……はぁ」


 帰ってきてから何度目のため息だろうか、あいつの事だメールに嘘偽りはないだろう、だが俺は考える。


「俺の事が好きな物好きがこんなに沢山いてくれるとはな」


 御嬢瑞希、愛刀天花、椎名胡桃の三人から告白された。


 だが愛刀天花の告白は断り、御嬢瑞希の告白も断るつもりだった俺は椎名胡桃について考える。


「あいつは俺に纒わり付くただの後輩だと思っていたのにな」


 俺と会えば絡んでくるあいつはただの先輩と後輩に過ぎなかったのに、あいつから告白されるとは思っていなかった。


「俺はあいつの事が好きなのか?」


 自分の心に問いかける。


「冬華姉さん」


 机に立てかけてあった、写真立てを寄せて写っている姉さんの名前を呼ぶ。


「うっあああ!!」


 頭の中がぐちゃぐちゃになり、吐き気が襲いかかってきた椅子から立ち上がり、下のトイレに駆け入る。


 姉さんと呼ぶのは平気だが姉さんの名前を考えたり呼んだりすると起こる現象だった、医者からも姉を失ったショックなどから起こるだろうと注意されていた。


 ここ最近は姉さんの名前を考えたり呼んだりした事なんてなかったのに。


「にいに大丈夫?」


「久遠か……俺は平気だよ」


 さっきの声を聞いて心配したのか、久遠が部屋から出てきて、心配そうな顔になっていた。


「もしかしてお姉ちゃんの事考えちゃったの…?」


「ああ、少しだけな」


「……いつまでもにいにに付き纏って、本当迷惑」


「久遠……?」


 いつもの久遠からは考えられない言葉が聞こえてきた。


「何にいに」


「いや、なんでもないおやすみ久遠」


「うん、おやすみにいに」


 久遠はいつもみたいに笑顔で答えた、さっきのは一体なんだったんだろうか。


「あの写真の事もある。今度久遠と一度話をしよう」


 あの時見つけた姉さんの顔だけ鉛筆で黒く塗りつぶされていた写真。


 そして今の迷惑という言葉、最近久遠の様子が明らかにおかしい気がするのを考えて、部屋へと戻る。


「センパーイ」


「よう、まさかお前が先に来てるとは思ってなかった」


 椎名胡桃とのデート当日、待ち合わせ場所には既に椎名胡桃が待ち合わせ場所に着いていた。


 こいつの性格上遅れてくると思っていたが、まさか待ち合わせ時間の三十分前よりも早く着いているとは。


「お前、何時からここにいたんだ?」


「一時間位前ですかね」


「だったら待ち合わせ時間の意味がねぇだろうが」


「いた、ちょっと女子の頭をチョップするとかセンパイ酷いです」


 頭を強く押さえ涙ぐむ椎名胡桃。


「それよりこれから行く所って決めてるのか?」


「はい、水族館に行こっかなって考えてます」


 デートの定番の場所を指定してきた椎名胡桃、今日のデートする場所を考えていなかった訳ではないが、別に俺が行きたい場所もないので。


 全て椎名胡桃が行きたい場所を指定してくればそれに行こうという考えだった。


「水族館か」


 ここから水族館までは近くなら電車で二駅程である、もしかしたらそれも考えて椎名胡桃は駅前を待ち合わせ場所にしていたのかもしれない。


「センパイ行きましょ」


 椎名胡桃に腕を引っ張られ、駅前の券売機まで連れていかれる。


「センパイってIKOKKAって持ってます?」


「無論持ってるぞ」


 ジーンズのポケットに入れていたパスケースの中身はチャージ済みのIKOKKAカード。


「チャージも済んでるが、その様子じゃチャージしてないようだな」


「はい、だからちょっと待っててください。すぐにチャージしてきます」


 椎名胡桃は言い残し、きっぷ売り場の列に並ぶ、椎名が戻って来るまで、スマミフォンを弄っていた。


「センパイお待たせしました」


「おう、じゃあ行くか」


 IKOKKAカードのチャージを終えた椎名胡桃が戻ってきた、二人で駅の改札機にIKOKKAをタッチして通る。


「センパイ急いで!!」


 まさか階段を上っている最中に電車が来るとは予想外だった、椎名は駆け上って、先に電車へと乗り込んでいた、ギリギリの所で乗車に成功。


「ふぅー、危なかったですねセンパイ」


「駅の階段なんであんなに段数あんだよ!?」


 普通なら階段を上っている最中に電車が来ても焦らずゆっくり上って乗車できる。


 だがあの駅の階段は上っている最中に電車が来たら駆け上らないと、乗車できないぐらいだ。


「まぁまぁ、乗れたんだからよしとしましょう」


 まさかこいつに落ち着かされるとは、椎名胡桃と電車に揺られ、目的の駅の手前、水族館が見えてきた。


「センパイ見てください、水族館ですよ水族館」


「分かったから。そんなぴょんぴょん跳ねるな」


 電車内は比較的空いていたので、椎名胡桃が跳ねても迷惑だと思う奴はいないだろう、だが椎名胡桃が跳ねると履いていたミニスカの中の下着が見えそうなので、注意する。


 すると電車内が大きく揺れて跳ねていた椎名胡桃が倒れそうになるのを手を掴んで止める。


「あはは、センパイの言う通りですね。ちょっとはしゃぎ過ぎました」


「次からは気をつけろよ」


 手を離して、目的の駅に椎名胡桃と共に降りる。

 駅から水族館までは歩いて数分の距離だった為、すぐに着いた。


「大人一人と子供一人で」


「センパイ私も出しますよ」


 水族館の受付で入館チケットを購入している途中椎名胡桃がピンクの可愛らしい財布を肩にかけていた小さめのショルダーバッグから取り出す。


「ここは俺が出すよ、父さんにデートだって伝えたら三万も貰ったからな」


「三万って……!! センパイのお義父さんどれだけ懐が大きいんですか」


「さぁな最近昇進もあったし、それももしかしたら関係あるのかもな」


 受付で二枚のチケットを受け取り椎名胡桃に子供用の入館チケットを手渡す。


「それとこちらカップルのお客様には本日限定のペンギンストラップをお渡ししていますのでどうぞ」


 受付のお姉さんは二個のペンギンストラップを手渡してくる。


「あの、俺達カップルじゃなくて」


「えっ!? でも……デートじゃないんですか?」


 受付のお姉さんは困惑気味だった、さっきの発言から俺と椎名胡桃がカップルだと勘違いしたんだろう。


「センパイ……センパイ……」


 椎名胡桃が服の裾を引っ張ってくる。


「何だよ」


「私達の事カップルだって勘違いしてるなら。そのペンギンストラップ貰っちゃいましょうよ」


「いや、だけど」


 それは嘘を吐くのと一緒なので、俺は気が引ける。


「わぁありがとうございます、これ宝物にしますね」


 椎名胡桃は笑顔を向けて受付のお姉さんからペンギンストラップを二個受け取った。


「どうぞお楽しみくださいませ」


「はい、センパイの分」


「お前な、ああいう嘘は良くないぞ」


「いいじゃないですか、それに今日告白の返事聞かせてくれるんでしょ。だったら貰ってて損はないですよセンパイ」


 椎名胡桃からペンギンストラップを受け取る、たしかに今日俺はあいつに告白の返事をする、だがそれはあいつが思っている答えとは逆かもしれない。


 「セーンパーイ早く入りましょう」


 椎名胡桃は既に水族館の入口付近まで近づいていた、気付いてすぐに追いかけ、椎名胡桃と水族館の中へと入る。

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