第10話椎名胡桃の叫び
俺の両手に花、そんな言葉がでてきそうだ、左の腕には椎名胡桃、右の腕には御嬢瑞希が二人とも睨み合って腕を離そうともしなかった。
遡ること二時間ほど前……椎名胡桃が部屋の片付けを手伝ってくれた翌日だ。
こいつは連絡先を交換したのになんの連絡もなく家に乗り込んできた。
「おはようございますお母さん、私椎名胡桃と申します。センパイには色々とお世話してもらっていて。挨拶に伺わせてもらいました」
これは母さんから聞いた話だが、本当にあいつが言ったのか怪しい、俺はその時寝ていたが起きてリビングに行くと、椎名胡桃はニコニコと笑っていたが久遠が不機嫌そうに向かい側に座り、朝食を食べていたのだ。
「ごめんくださーい」
「あっ……!! 瑞希ちゃんだ、お母さん行ってきます、それとにいに帰ってきたら話があるから」
久遠は出ていく前に俺に一言だけ言い残し、この前御嬢瑞希と約束していた遊園地に遊びに行ってしまった。
「センパイ暇です!!」
「俺は暇じゃないんだ、今日は久遠がいないから部屋を移動させないといけないんだから」
「そんなの別の日にやればいいじゃないですか、私はセンパイと遊びに行きたーいでーす」
「行ってあげなさいよ彰人。こんな可愛い子を放っておいたら可哀想でしょう」
「いやでも母さん」
「おーい、朝から何を騒いでるんだ?」
父さんが騒ぎを聞きつけ、リビングに入ってきた。
「初めまして私椎名胡桃って言います」
「おっ!? なんだ彰人のこれか」
父さんそれ今の子にやっても伝わらないと思う。
「えー!! まだそんな関係じゃないですよ。お義父さん」
どうやら伝わらないと思っていたのは嘘のようだ、椎名胡桃は理解して、まだと別の意味と思われるお義父さん呼びをした。
「ははは、彰人にも遂に春が来そうだな、それでなんで騒いでいたんだ」
「聞いてください、センパイ、私が暇で遊びたいって言っても、部屋の移動があるとかで拒否してるんです」
「うん、彰人遊びに行きなさい」
父さんも味方ではないらしい、父さんは俺の傍まで近づいてきて、コソコソと内緒話を始めた。
「部屋の移動は父さんがしておく、お前があんな可愛い子を放ったらかしにしたら母さんがなんて言うか、だから遊びに行きなさい」
父さんはどこに隠していたのか、二万円を手渡してきた。
「残ってもお前の小遣いにしなさい」
これだけもらって無理だと言ったら取り上げられてしまうかもしれない、仕方ない、ここは父さんに従おう。
「んじゃあ出かけるか」
椎名胡桃に聞こえるように言うと、椎名胡桃は即俺の腕を掴んで、家から出て行こうとする。
すぐに止める、まだ着替えてもいない、このまま出て行くと恥ずかしいので着替えだけすませて椎名胡桃と共に出かける。
「それで遊びに行きたいって言ってたけど、具体的にはどこに行くんだ?」
「ここです……!!」
椎名胡桃が手渡してきたのは遊園地のパンフレットだ、たしか最近出来た新しい遊園地の筈だ、しかも今日は久遠と御嬢瑞希もこの遊園地に行く予定の筈だ。
「いや別に遊園地じゃなくても、他にカラオケとか映画とかあるだろ」
俺は何とかして遊園地だけは回避しようと試みた、先日久遠にも誘われたが、その日は用事があるっと言って断っているのだ。
もしその遊園地で久遠と御嬢瑞希に会ってしまえば、きった誤解されるに決まっている。
「んーでも……最近出来た遊園地なんで、行ってみたいんですよね。ほらカラオケとか映画って学校帰りとかで行けますけど……遊園地とかって休日とかじゃないと行けないじゃないですか。だから遊園地に行きましょセンパイ」
俺の言った事を少しは考えてくれたようだ、確かに休日じゃないと遊園地とかって一日遊べたりしないもんな、仕方ないまあバレないように歩けば問題ないだろ。
……そう思っていたのだが。
「へーにいにこの前遊園地は用事があって行けないって言ってたのに、この人と来る為だったんだ」
何故だ何故、遊園地に久遠と御嬢瑞希と黒服の大男達しかいないんだ。
遊園地の休日とかって普通家族連れとかカップルが多いのが特徴だろ。
「お嬢様、我々は失礼します」
「ご苦労様、今後はこんな事がないよう慎重に対処してね」
御嬢瑞希は俺と椎名胡桃を連れてきた黒服大男に言うと黒服大男は誰一人既にいなくなっていた、先程まで十人以上いたのに。
「いやまさか貸切にしたはずの遊園地に見ず知らずの男性と女性が遊園地の入口にいるって聞いたものですから、まさか彰人様とは思いもよりませんでした」
椎名胡桃は先程から黙りこくっていた。
「えっと悪いやっぱ、俺達は帰るよ」
椎名胡桃を連れて、遊園地の出口に向かおうとする。
「お待ち下さい!! 折角いらしたのですから、いいじゃないですか、今日は四人で楽しみましょう」
御嬢瑞希の提案は確かに嬉しいが、俺としては一刻も早くこの場から逃げ出したい気持ちだ。
「センパイ、行きましょ」
すると椎名胡桃は俺の腕を掴み遊園地の出口に向かいだしたが御嬢瑞希が反対の腕を掴み止めた、そして今の状況に至るという訳だ。
「一体誰だか知りませんが、あなたは帰りたかったら構いません、しかし彰人様は置いていってもらいます」
いや是非とも俺は椎名胡桃に付いて行きたい、今回だけは椎名胡桃の方を応援する。
「センパイは今日私と遊ぶって決めたんです、なのになんですかあなたは、センパイに用でもあるんですか!?」
「だから彰人様も一緒に遊園地で遊ぼうとおっしゃってるのです、私としてはあなたの方が何者なのか気になります」
「私はセンパイの彼女です」
椎名胡桃がそう叫んだ。
「彰人様の彼女……?」
「にいにの彼女……?」
御嬢瑞希が油断すると腕を離した、その隙に椎名胡桃が俺を連れて全力疾走で、遊園地の出口に向かった。
「はぁはぁはぁ……ここまで来れば追って来れないはず」
椎名胡桃と共に息が荒くなり、一旦落ち着かせる為、近くにあったベンチに座る。
「そこの自販機で何か買うけどいるか?」
「それじゃあお水で」
立ち上がり、目の前にあった自販機で水を二本買い、一本を椎名胡桃に向かって投げた。
「ナイスキャッチ」
俺はベンチに座り直して、先程の椎名胡桃の言葉を聞こうか迷っている所だった。
「センパイ、さっきの事ですけど」
「お前の事だ冗談で言ったんだろ、そうしたら油断して腕を離すって」
「そうでもないんですよね」
いつもの椎名胡桃のとは違い真剣な態度で俺の右手に椎名胡桃自身の手を重ねてくる。
「センパイは私と初めて会った時の事覚えてますか」
「そりゃあれは忘れもしねぇよ」
当然忘れる事もしないこいつとの出会い、それにあの頃は俺も姉さんが死んだ事もあり、こいつとの出会いがなければ今の俺は存在しなかったかもしれない。
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