第10話
5人目の恋人 10
休日
オレの家では家族オンリーで一日を過ごす。
と言っても、家族全員が一緒に居るのは家の中だけ。
外出となると・・・色々問題が生じて、ちょっとの買い物でも全員で出掛けるなんて出来ない。
食材や日用品はいつもミタさんが買いに行ってくれるが・・・衣類や趣味、弟達が欲しがっている小物は流石に外出して買う。
今日は次男のハリーが友人の誕生日プレゼントを買いたいと言うので、目当ての雑貨店が入っているショッピングモールに2人で来ていた。
と言っても、大学からもっとも遠いモールだ。
出来るだけ知り合いに出くわす率を減らすため、これが外出でもっとも注意すべき事だ。
「車買ったらいいじゃん?そしたら皆で来れるのに」
オレの隣を歩くハリーはいとも簡単にそう言う。
車じゃないだよ・・・必要なのは・・・
「そういう問題じゃないの。目を離したらすぐに居なくなるポーとお前が居るから、オレがおちおち買い物出来ないんだよ!」
9歳になるハリーは家で2番目に落ち着きがない。
6歳のエリックの方がまだ聞き分けがよく、ポーとハリーのセットで外出すると時間も掛かるし、疲労のたまり具合がぜんぜん違う。
車を買おうとは何度か思ったがそれは品妤がもう少し成長して、ポーのイヤイヤ期が収まり、安心して5人で外出出来るまでは役に立たない。
車を駐車場に置いておくだけでも、維持費が掛かるのにそんな勿体ないこと出来ない。
「ほら、ここで買うんだろ?」
「うん」
「見てこい~~~と、ちょっと待て」
目当てのお店に到着したが、入ろうとするハリーの襟首を掴んで一度引き止める。
「いいか?絶対勝手に店の外に出るなよ?」
「うん」
「絶対だぞ」
「うんって」
「約束破ったら・・・・」
「解ったよ!」
「あそこのベンチに居るから、欲しいの見つけたら呼びに来い」
「呼びに行ってる時点で、店から出てんじゃん」
「じゃ~~大きな声で呼べ。お兄様、来て下さいと呼べ」
「わかったよ~~~」
不満げな表情で返事を返したハリーは、そのまま勢いよく店の中へと入っていった。
幾つになったら落ち着いてくれるんだ・・・・
けどエリックを見ていると、年齢は関係なく性格の問題なんだろうと実感する。
オレは店から少し離れた場所にあったベンチへ移動し、腰を下ろした。
店の中をチョコチョコと歩き回ってるハリーを遠目にみつつ、留守番組のお土産は何がいいかなと考える。
何せ優柔不断なハリーの買い物は女子並みに長い。
待っている間にこの後何処へ行くのか考えておいたほうが、効率がいい。
「ねぇ。今の人、めっちゃかっこ良くなかった?」
前を横切った二人組の女性。
花柄ワンピースの女性が後方を仕切りに気にしながら、そんな事を話しているのが耳に入った。
「え?どれどれ?」
「ほらっ、あの背の高い」
楽しそうだな~~~。
日々悩みなんてなく生きてんだろうさぁ~、何処の誰だか解らない男にそれだけ夢中になれるって幸せなこった。
と心中で嫌味を言いながら、彼女達が気にしていた方へと視線を向けた。
うん・・・知ってた男だった。
見知った相手はこの世で2番目に会いたくない男、バンク。
私服姿でキャップを被り、ゆったりとした足取りでこちらに向かって歩いてくる。
オレは咄嗟に俯いた。
何で・・・こんな所に居るんだよ!わざわざ遠いモールを選んだのに~~~!!
あの病院の件以降も、オレは相変わらずバンクを避け続けていた。
それはSNSの騒動を収めようと避けていた時とは違う理由でだ。
本当ならあの日の事で、お礼を言うべきだろう。
普段のオレならそうする。
だけど、あんな後じゃ・・・どう考えても無理。
色々と嫌な態度をとり続けていた相手の前で、大泣きしたなんて・・・しかもあいつの服をぐしゃぐしゃにしてさ。
背中を擦るあいつの手が優しくて、涙がなかなか止まらなかった。
同じ状況だったメイトに「涎まみれ」っておちょくったけど、同じ状況になってみて解った。
物凄く恥ずかしい・・・・
そんな相手に今更どんな顔をして会えばいいのか・・・・
せめてあいつがオレの家の事を言い触らしてたら、今まで通りの態度でよかっただろう・・・だけど翌々日学校に言っても、そういう気配は一切なかった。
だからオレは会いたくないあいつがこの場を通り過ぎるのを、息を潜めて待つことにする。
オレは念の為と、襟についているフードを深々と被った。
大丈夫・・・絶対バレない・・・・
「兄ちゃん!!」
その場に響くハリーの声に、肩がビクッとなる。
なんて間の悪い・・・
「兄ちゃん聞こえてんだろう!?frere!!Je peux l'entendre!?」
五月蝿い。
フランス語で言っても聞こえてないんだよ!
いつもならもっと時間掛かるのに、何で今日に限って早いんだよ!
「お兄様、来て下さい!!」
いやいや言い直してOKって話じゃないんだよ・・・頼むから、空気を読んでくれ。
「あっ病院で会った兄ちゃんの友達!!ねぇそこに座ってる兄ちゃん呼んで!!」
~~~~~~~~!!??
とんでもないハリーの言葉に、心中で絶叫する。
明らかに近くを通り過ぎようとしたバンクに声を掛けたハリー。
どうぞどうぞ、そんな子供の言うことなんて無視して通り過ぎてくれ・・・・
とオレの願いも虚しく、誰かがこちらに近づいてくる気配がした。
そして足元を見ているオレの視界に男物の靴が入る。
「・・・・・・」
それでも無視を決め込むオレ、相手がどうでるか解らない中オレの心臓はバクバクだ。
そんな身構えているオレの頭上から「はぁ」とため息が降り注いだと思ったら、被っていたフードを剥ぎ取られた。
「それで隠れてるつもりなんだな」
「う・・・・・」
流石にもう無視は出来ず、精一杯の力を込めた視線を相手に向けた。
「・・・・・何。情けない顔して」
情けないだと!?
そんな顔したつもりはないのに。
それがいつもならここで言い合いに発展するのに・・・・バンクの表情がどこか柔らかく見えるせいか、腹が立つどころか妙に気持ちがソワソワし居心地が悪くなった。
「弟、無視していいのか?つ~か何で、自分で呼びに来ね~んだ」
ごく自然に話しかけてくるバンク。
何だか・・・調子が狂う・・
「店から一歩も出るなって、言ってたから」
こんな状態で自分だけ変に意識してるのが馬鹿らしく感じ、オレはベンチから立ち上がると激しく手招きしている弟に向かって歩き出した。
「何だよ!!呼べって言ったから、呼んだのに~~~!」
「はいはい。ごめんなさい」
仰るとおりです。
無視したオレが悪かった。
ハリーは左手に熊のぬいぐるみ、右手にはファンシーな筆記用具セットを持ち「どっちが良い?」と聞いてきた。
「どっちでも」
素っ気ないが、オレがこう答えるのは仕方ない。
いつも二択で迫るハリーは、オレが何方を選んでも結局悩みに悩み、その結果次に目についた物を買う。
それが毎度のパターンで、真面目に選んでやるなんて無駄な事。
なのに・・・今日はちょっと違っていた。
「なぁなぁ兄ちゃんの友達、待って!!」
「!?」
何故か第三者を呼びつけるハリー。
弟の視線の先を見れば、その場から立ち去ろうとしていたのか足を止めて振り返ったバンクと目が合った。
いい、いいからそのまま立ち去ってくれ。
「これとこれどっちが良い!?」
両手に持っている物を掲げてバンクに二択を迫るハリーに、小声で「おいっ止めろ」と言ったところで既に遅く、男の足音がこちらに向かって来る。
そして俺の隣まで来るとその場で足を止めた。
「誰にやるんだ?」
「クラスメイトの、ムスカちゃん」
誰だそれ?
聞いたことのない名前に、オレは首を傾げる。
「お前、何年なんだ?」
「小学生3年」
「それで彼女がいるのか」
「彼女じゃないよ~・・・。まだ」
何、人の弟と恋バナしてんだよ・・・・
「狙ってんのか?」
「うん。兄ちゃんが好きな女は特別に優しくしろって。女は特別に弱いから、向こうも好きになってくれるって」
「ふ~~~ん・・・・」
痛い・・・・隣からの視線が痛い・・・
容赦なく降り注ぐバンクの視線から逃れるように、しら~~と顔を逸らす。
「そうだなぁ~~人形も良いけど、いつも使う物の方が喜ぶんじゃないか?それに、使ってる時にプレゼントした相手の事思い出すだろ?」
「こっちか~~、解った。兄ちゃん、お金頂戴」
「おいハリー・・・何で素直に言うこと聞くんだよ。オレの時は、結局違う物買うだろうが」
「だって、兄ちゃんいつも適当じゃん。兄ちゃんの友達の方が説得力あるし、センスよさそうだもん」
「な!?」
「プッククク」
兄を蔑ろにするハリーに、思わず言葉が出なくなる。
隣で肩を震わせて笑う男に、こっちも怒りで肩が震えそうだ。
「お金頂戴って。Prendre l'argent!」
「あぁもう解った」
わざわざフランス語で言い直すハリーに、財布を取り出してそこからお札を手渡した。
さっそくお金を手に入れたハリーは、小走りで店の中へ入って行く。
「店の中走るなよ!」
注意してみるものの、多分もう耳に入ってないだろう。
「今のフランス語だろ?」
「・・・・うん」
「お前も話せるのか?」
「・・・お前じゃない」
普通に話しかけてくる相手に対して、呼称の注意は正直子供っぽいとも思った。
だけど、変なプライドが邪魔して言わずにいられない。
「・・・・アキ先輩」
少しの間の後、低く通る声で求めていた呼称で呼ばれた。
トクン・・・
たったそれだけで、心臓が大きく弾んだ。
ちょっとした体の変化に戸惑いつつ何気なく隣にいる男へと向けると、オレを見下ろしていバンクと目が合った。
途端に胸の鼓動が加速を始め、驚いたオレは慌てて視線を外す。
だけど、一度乱れた鼓動は元に戻らない。
「オレの質問に答えてねぇ~んだけど?」
「話せる」
精一杯平常を装うけど、内心はどうしていいか解らない。
さっきの視線を外したのは、わざとらしかったかも・・・と既に反省中。
いつもは周りを気にせず睨み合うのに、今日は相手の顔も直視出来ない。
大丈夫?
オレ変だと思われてない?
「そう言えば。オタがお礼を貰えないって落ち込んで、うぜ~んだけど」
「!?忘れてた!!!」
バンクの言葉に、ハッとしたオレは思わず男を見上げた。
あ・・・今は普通に見れた。
「何でもいいから、やってくれよ」
「何でもって・・・・」
「しかも、あいつの連絡先書いた紙見てないのか?」
「連絡先?そんなの知らないけど」
「はぁ~~・・・俺が踏んだクッキーの袋にあいつが入れてたんだ。あの時も連絡無いってずっとボヤいてたんだぞ」
「そうだな・・・・お前が踏んだクッキーな・・・・。踏んでボロボロになった可愛そうなクッキーな」
「気にするところ、そこじゃねぇ~だろうが」
「つ~か何でお前が謝ってこねぇ~んだよ!オタがカップケーキ用意するとかお門違いだろうが!!」
「俺が謝りに言っても、絶対受け入れねぇ~だろうが!!」
あれ・・・これって、以前に戻ってる?
出会って一ヶ月大人の余裕は消え失せて、同じ偏差値で言い合いしていた時のような錯覚に陥る。
「あぁ~受け入れねぇ~よ。ぜ~~たい受け入れねぇ~よ」
「チッ・・・・・お前なぁ・・・・」
「お前じゃねぇ~って言ってんだよ!」
「お前にはお前で充分だ」
「あぁ~~?やんのかぁ~~?」
「兄ちゃん・・・僕が居ない間何があったの・・・」
購入したプレゼントが入った袋を手にしたハリーは、店の前で睨み合いながら言い合うオレ達を目を丸くして見上げている。
「2人とも、公共の前で大人げないなぁ」
「「・・・・・・・」」
小学生3年生の言葉に、お互い何も言えなくなる。
ハリー・・・・こういう時だけ、まともな事を言わないで欲しい。
「兄ちゃんの友達は、名前なんていうの?」
「ない」
「あるわっ。バンクだ」
「お金好きなんだって」
「お前なぁ~~~」
「僕はハリーって言うんだ」
「名乗らなくていい!」
「ハリー、お前の兄貴どうにかしろ。やたら俺に絡んでウザい」
「家でもそうだよ。宿題しろ、早く風呂入れ、早く寝ろっていつもいつもウザイの」
「バンク!悪い言葉教えんな!!ハリー、ウザいって言うな!!」
「兄ちゃんも使ってるじゃん」
「そんな事ない」
何にでも影響を受けやすい弟達の前では、言葉使いは乱暴な時はあるが、汚い単語は使わないように気をつけてる。
『陸上部の野郎がウザ過ぎる、蹴り飛ばしてやりてえぇ~~~』
あれ・・・これ覚えがあるな・・・。
ハリーが英語で言った言葉は、つい最近口にした覚えはある・・・。
そしてこの後・・・確か・・
「fuck y「言うな!!!」」
慌ててハリーの口を抑えるオレに、男はハッと鼻で笑い飛ばした。
「お前が一番教育に悪い言葉使ってんじゃねぇ~か」
「うるさい・・・。ハリーお前、オレの部屋覗いたな」
「違うよ。用があっていったら、誰かと話してたから・・・」
英語を使う時は、NYの友人とビデオチャットで話す時ぐらいだ。
今の会話の相手は、たしかエディだった。
だから言葉も荒く、テレビでは放送できない単語も飛び出した。
鍵を掛けなかったオレも悪いけど、以後気をつけとかないとな・・・・と自室での行いを反省していた最中、オレの頭にバサッと何かが被さった。
「?」
一瞬何なのか理解できなかったが、すぐにフードを被せられたのだと気付いた。
そして次の瞬間バンクに肩を掴まれ引き寄せられた。
え・・・・何が起きてるの?
そう思ってるのはオレだけじゃなく、目の前のハリーも不思議そうな顔で目をパチクリしている。
「何す「シッ。黙って、動くなよ」・・・」
何するんだと言い終える前に、バンクから止められた。
フードが邪魔してバンクの表情は解らないが、男の唇がこめかみ辺りにあるのが解り、あまりの距離の近さに体が硬直する。
そしてさっきのやり取りで忘れていたのに、またオレの心臓がおかしな鼓動を刻み始めた。
続く
この2人ちゃんと付き合えるのかな・・・ケンカップルみたいになる予感。
ケンカップルってHの最中はどんな感じなんだろう。
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