第11話

5人目の恋人 11



「兄ちゃん!!」


ショッピングモールの一角に響く子供の声。

家族連れが多い休日なら、誰かを呼ぶ声なんて騒音の一つになる。

特に気にしてない俺はスマホを触りながら、この階の奥にあるアパレルショップを目指していた。


「frere!!Je peux l'entendre!?」


タイ語が飛び交う場所で、流暢なフランス語が異様に耳に残った。

俺はスマホから視線をあげて、何気なく声の主を探す。

そして進行方向にあった雑貨店の店内に、どこか見覚えのある少年の姿を見つけた。

確かあそこは子供から大人まで幅広い年齢層がターゲットの、文具や玩具、本、お菓子の輸入雑貨店だ。

そんな所で1人で居る事を不思議に思ったが、関わる気がない俺は前を通り過ぎようとした。

しかしそう甘くはなかった・・・・

子供は俺を見つけると、あろうことか俺に向かって手を挙げた。


「あっ病院で会った兄ちゃんの友達!!」


正直、子供は苦手だ。

情緒不安定で笑ってたと思えば急に泣き出し、空気を読まず我儘を突き通そうとする。

意思の疎通が難しい生き物。

無視しようか悩む中「ねぇそこに座ってる兄ちゃん呼んで!!」と子供が指差した方へ顔を向けた。

ベンチに座っている男の姿を目にして、思わず足を止める。

フードを被り俯いているが、間違いない。

あの病院の日以来も、ずっと俺を避け続けたあいつだ。


こっちは・・・・お前の事ばかり考えてるのに・・・・


以前と変わらず俺の姿を見ると逃げ出す相手に、俺ばかりが気にしているようで腹が立っていた。

子供の呼ぶ声と、正面に立った俺に気付いているはずなのに・・・・無視かよ。


「はぁ・・・」


相手に腹が立つのと一緒に自分にも腹が立つ。

こんな態度をされても、顔が見たいと思ってる自分に・・・

俺は男のフードに手をかけ、そして剥ぎ取ってやった。


「それで隠れてるつもりなんだな」


「う・・・・・」


彼は言葉を詰まらせながら、恨めしそうな目を向けてくる。

その表情は何処か拗ねた子供のようで、セットされてない下ろした前髪と相まって何時もより幼く見えた。

ここにオタが居たら、間違いなく「可愛い!!」と叫んでるだろう。

ちょっとだけ・・・その気持ちが・・・・

いやいやいや、そんな事はありえない。

こいつは男だ。

そう自分に言い聞かせながら心の乱れを誤魔化すように、誂うような言葉を口にする。


「・・・・・何。情けない顔して」


前まではこれで相手は言い返してくる・・・・今回もそうだろうと予想はしたが、何故か目の前の男は困った様な表情で黙りこくる。

何なんだ・・・調子狂う・・・


「弟、無視していいのか?つ~か何で、自分で呼びに来ね~んだ」


「店から一歩も出るなって、言ってたから」


平常心を装い話す俺をその場に置いて、男はさっさと弟の方へと行ってしまった。

兄弟に見えない2人を暫くその場で眺め、それからその場を離れた。

もうあいつは俺に関心がないんだと思うと・・・・・どこか物足りなく感じる。

いやいやいや、寂しいとか思わねぇ〜から!


「なぁなぁ兄ちゃんの友達、待って!!」


アパレルショップに向かっていた最中、また弟に同じ様に呼び止められた。

今度はなんだ?と足を止めて振り返れば、訳がわからないといった表情の男と目が会う。

あいつは微かに顎先をくいくいと動かし、あっち行けと俺をあしらう素振りをして見せた。


「これとこれどっちが良い!?」


兄の気持ちなど知らずに、弟は俺に見せつけるかの様に両手に持っている物を掲げる。

そんな子供の問いかけに、焦っている様子の男を見ると笑いが込み上げる。

それを必死に我慢しながら、俺は2人の方へと引き返した。

今まで避けてきた分の仕返しをしてやるつもりで、男と真隣で足を止めた。

俺が弟と会話をする度、ソワソワしているのが目の端に映り面白い。

弟はどうやら、クラスメイトにあげるプレゼントを探しているらしい。

好きな女にプレゼントをあげるとか、小学3年生にしてはませてないか?


「うん。兄ちゃんが好きな女は特別に優しくしろって。女は特別に弱いから、向こうも好きになってくれるって」


「ふ~~~ん・・・・」


へぇ~~~~こいつの受け売りなのか・・・子供に何教えてんだよ。

隣に立つ男を見下ろすと、俺の視線から逃れるように顔を背けた。

その動作が可笑しく、更に10歳に満たない子供に恋愛のイロハを教えてる相手に、笑いが込み上がってくる。

それを何とか抑え込み、弟に助言しつつプレゼントを選んでやった。

すると素直に従う弟が気に入らなかったのか、途端に男は苛立ちを見せた。


「だって、兄ちゃんいつも適当じゃん。兄ちゃんの友達の方が説得力あるし、センスよさそうだもん」


「な!?」


「プッククク」


だめだ・・・もう我慢できねぇ~。

二人のやり取りと、弟の言葉に本気でショックを受けている男に、とうとう俺は吹き出してしまった。

今回ばかりは笑いが止まらず肩を震わせて笑う俺に、相手は悔しそうな表情で睨んでくる。

その顔がまた笑いを誘い、中々に収まらない。

その間にお金を貰った弟は店の中へと入って行き、この場に2人だけになった。


「今のフランス語だろ?」


弟の口から流暢なフランス語が出たのは2回目。

見た目からして不思議じゃないが、タイに来る前にフランスに住んでたんだろうか・・・とただの興味本位で聞いた。


「・・・・うん」


「お前も話せるのか?」


「・・・お前じゃない」


やっぱりそこは気にするんだな・・・・

今までも散々お前呼ばわりし、その度に相手は「お前じゃねぇ~」とキレ気味で返してきた。

そんな相手に俺も無視し続けて、意地でも先輩なんて口にしなかった。

今ここで、ちゃんと呼んだらこいつはどんな顔するんだ・・・


「・・・・アキ先輩」


ちゃんと呼んだのはこれが初めてだ。

くそ・・・はじぃ・・・

自分で口にしたものの、思った以上に羞恥心が湧き上がる。

だがそれよりも相手の反応が気になり、隣に立っている男を見下ろした。

すると彼は、ゆっくりとした動作でこちらに顔を向けてきた。

呆然としている表情の彼と目が合ったかと思えば、ぷいっとすぐに顔を背けてしまう。

折角呼んでやったのに何だよその態度。

ここは文句でも言ってやろうと口を開いたが、気付いてしまった。

少し俯いた男の耳が真っ赤になっているのを・・・・・。

それを目にした瞬間、胸がキュンと疼いた。


え・・・何だ・・・今の・・・


理解できない体の変化に、俺は戸惑い言葉を無くした。

だがこの間にも無言が続くこの時間が、何とも気まずく感じる。

俯いたまま何も言わない相手に、俺はこの空気を何とかしようと口を開いた。

だがそれが良かったのか悪かったのか・・・・気がつけば、ちょっと前の俺達みたいに言い合いに発展。

変な空気は既になくなったが、俺達は互いに引くに引けない状況になった。

なのに何でだ・・・・前ほど腹が立たない・・・・。

前のように顔を突き合わせて声を荒げても、何故か苛立つ気持ちは沸かず、それどころかどこか楽しんでる自分がいる・・・

けど店先で、やることじゃない。

いつの間にか戻ってきた弟に「2人とも、公共の前で大人げないなぁ」と注意され、正にその通りだとぐうの音も出なくなった。


「兄ちゃんの友達は、名前なんていうの?」


いつまでも【兄ちゃんの友達】呼びは確かに不便だ・・・そもそも友達でもない。

聞かれた事に正直に答え、そこから男の弟も自ら名乗った。

子供は苦手だと避けていたところはあったが、ハリーはまだ話しやすい。

受け答えもハッキリし、会話をしてても苦ではない。

それより兄であるアキに、少し反抗的な態度をとるのも見ててスカッとする。


『陸上部の野郎がウザ過ぎる、蹴り飛ばしてやりてえぇ~~~』


そしてハリーは、流れるような英語でアキが言ったであろうセリフを真似た。

フランス語だけじゃなく英語も話せるのかと関心しながらも、小学生が言うべきではない単語まで飛び出しそうになり、慌てて口を塞ぐアキに笑いが漏れる。

fuck you・・・ってそこまで、陸上部に迷惑被ってるのか・・・・・。

オタも陸上部のキャプテンに直談判したが、コーチ直々のお達しで止めるのは難しいって漏らしてた。

あの時は俺には関係ない話だと聞き流していたけど・・・・・けど、今は・・・。


「ウーシェ先生、課題出し過ぎじゃない?」


ふと耳に入ってきた誰かの会話。

何処か聞いた名前が含まれていたのが余計に耳についた。

そっと声をした方を盗み見ると、工学部3年の女子生徒が3人で歩いていた。

俺は咄嗟に、アキの襟首に付いているフードを掴み頭に被せた。

そして彼の肩を掴み、俺の方に引き寄せる。

出来るだけ女子生徒から見えないように・・・


「お前のクラスの奴が後ろにいる」


そう注意を促すと、途端に彼の肩に力がこもるのが掴んでる手に伝わってきた。

身を強張らせ息を潜む彼に、同じく弟もアキの体に寄り添うように身を隠す。

さっきまで兄に反抗的な態度を取っていたハリーも、アキが何を恐れているかを理解しているみたいだ。

その上で空気を読んで兄の影に隠れる弟の姿に、遣る瀬ない気持ちになった。



******



お昼休み

午前中の講義が終わり、一斉に人が集まりだした食堂。

吹き抜けのこの場所には、テラステーブルが綺麗に並んで置かれ、昼食を取るだけじゃなく夫々の目的で生徒達は使用している。

オレもこれから昼食を取ろうと、友人が売店にいる間にテーブルを確保。

その間、周りを仕切りに見回してしまうのは・・・・・別にあいつの姿を探してるからじゃない。

例え顔を合わせても以前みたいに啀み合う必要はないし、それにSNS騒動も収まりつつある中もうコソコソしなくてもいいと思ってる。


「何よキョロキョロして。そんなんで落ち着いてご飯食べれるの?」


トレイを手に戻って来たメイトは、一緒に戻ってきたノックと並んで席に着いた。

2人仲良く同じメニュー、あまりレパートリーがない食堂でよく飽きないなーと呆れる。

無駄な出費を抑えたいのと、香辛料の多い食事を取りたくないオレは、弟達の分も兼ねてお弁当持参。

今日は卵と鶏肉のソボロ丼に、自家製ちくわの磯辺揚げとハムサラダの日本風のお弁当だ。

それをテーブルに広げると2人の視線がお弁当に釘付けになり、思わず笑ってしまった。

もう2年一緒に居るのに、2人は未だにオレのお弁当を物珍しく覗き込んでくる。

日本食のレストランが多くなってきても、日本のマイナーな家庭料理はそう簡単に口には出来ない。

オレとしても色んな国で育ったものの、日本が10年と一番長く暮らしているせいか、どうも日本の物が恋しく感じる。

だから家で作る食事はめっきり日本食が多い。

そんなオレに料理を教えた人は、顔の知らない人達。

所謂クックパットやクッキング動画になる。


「にしても平和になったね。陸上部の人が漸く諦めてくれて、本当に良かった」


お弁当を広げ終え日本の頂きますを済ませたオレに、ノックが満面の笑みを向けてきた。

オレは本当にその通りだと、笑顔で頷いてみせた。


「ん?アキかノックが動いたんじゃないの?」


「僕は何も・・・」


「オレもただ只管逃げてただけだよ?」


「そうなんだ。何か陸上部のOBからコーチに抗議の電話があったって聞いたよ。だからそのOBに掛合ったのかなって思ったんだけど、2人じゃないのね・・・」


「僕にそんなツテないし・・・」


メイトの話を聞きながら食事を取るも、話の内容が妙に引っかかった。

既に大学の部外者であるOBがわざわざ注意するには、誰かが告げ口しない事には起こらない。

裏で糸を引いていたのがコーチなのだから、この学校では止める人が1人もいないのだ。

それなら態々部外者に連絡を取る人は、オレと無関係な人だとは考えにくい。


「ねぇアキ、それは何?」


「お弁当だけど」


オレが広げたお弁当の横に、茶色の包み紙で包まれているお弁当をノックが目ざとく見つけた。


「何で2つあるの?」


「ちょっと・・・人に渡す用で」


「ありがとう〜〜〜」


両手を伸ばし未開封のお弁当を取ろうとするメイトに「君のじゃないよ」とひょいっとお弁当を取り上げた。


「ちぇ〜・・・たまには私にも作ってよ〜〜」


「お弁当作るのもタダじゃないの。まぁ誕生日とかイベントでなら、作ってあげてもいいよ」


「やった〜〜!!来月の4日よ!覚えといて!」


「それじゃ、リクエスト考えといてね」


「OK!!リスト化して渡すから!」


レポートの時もそれぐらり張り切ってやってほしいよ・・・。

たかがお弁当で気分が上昇するメイトに呆れつつ、黙ったままじっと見てくるノックが気になった。

そのお弁当誰に渡すの?とノックの視線がそう言っているようで、オレはそれに気づかないふりをした。


「あっ、アキ。バンク君よ」


「今日も、ゆっくり食事も出来ないね」


そう・・・前まではね・・・。

オレはメイトがバンクを見つけた方向へ顔を向けた。

売店に並んでいる列の中に、頭がひょっこり飛び出している男二人の姿を確認。

そして椅子から立ち上がるオレに、2人は哀れみを含んだ目で見る。

そんな目で見ても、今日は逃げるわけじゃないからね・・・・。


「ちょっとだけ席離れるね」


そう2人に伝え、オレは未開封のお弁当を手にテーブルから離れた。



続く

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