第6話

4人の弟達と共にタイで暮らす、大学3年の生粋の日本人アキ。

そんな彼は学校でも常に笑顔で人当たりも良く、誰からも好意を寄せられる人気者。

だが新入生であるバンクに出会い、顔を合わせれば啀み合う犬猿の仲になる。

そんな2人をSNSの中で恋人ではと勝手な妄想の投稿がされ、アキは極端にバンクを避け始めた。

そして今度はバンクの友人オタを巻き込み、アキを取り合う関係が作られ更にSNSは盛り上がっていた。



5人目の恋人 6



工学部校舎から少し離れた場所にある、東門。

疎らに人が行き来する門を潜ると、すぐさまバイクを停止させてサイドスタンドを立てた。


「本当にいいんですか?家まで送りますよ?」


そう後ろに乗ってる先輩に声を掛ける。

これは親切心というより、彼の家の場所が知りたいからという下心。

だけど既にバイクから降りる体制になっている彼は、その気はさらさら無いんだろう。

残念な気持ちになりつつ、キーを捻りエンジンを切った。


「ここまでで充分だよ」


とヘルメットを脱ぎながら、俺の隣に立つ彼は「助かったよ、本当にありがとう」と眩しい笑顔を向けてくれた。


あぁ~~今日はなんていい日なんだ~~。

それもこれも、バンクが寝たいからって講義をサボってくれたお陰。

相方も居ないしさっさと帰ろうと、駐車場へ向かっている最中草むらでかくれんぼしていたアキ先輩を見つけた。

そこからアキ先輩と急接近の急展開で俺の心拍も急上昇し、顔を赤くして戸惑ってる先輩からいい匂いがするやらで股間の膨らみが急膨張し始めて・・・・うん、何とかバレずに済んで良かった。

野外じゃなかったら、確実に押し倒してた・・・・。


「はい、ヘルメット」


「先輩、明日から工学部の制服を着たほうがよくないですか?」


先輩からヘルメットを受け取りながら、注意に越したことはないと助言してみる事にした。

彼のトレードマークであるカーディガンが封印されるのは寂しいけど・・・・先輩の身の安全の為だ。


「え・・何で?」


だけど助言の意図が解っていないのか、首を傾げて聞き返してくるアキ先輩は・・・はぅ!べらぼうに可愛い。

普通に考えれば解るのに、数日間も陸上部から逃げていた人間とは思えない。


「そのカーディガンじゃ、遠目でも先輩だって気づきますよ」


「な!?」


初めて気づきました!とばかり、口を大きく掛けて驚愕する先輩。

そして「あぁ~だからそうだったのか、納得納得」と口には出さずに、ジェスチャーで表現する彼に俺は吹き出してしまった。

初めて見た先輩の天然な部分を愛らしく感じつつも、彼のリアクションがツボに入り引き攣るお腹に手を当てながら爆笑する。


「そんなに・・笑わなくても・・・」


「ははははっ。ごめんなさいっ・・・けど・・ぷははははは」


駄目だ笑いが止まらない。

未だ笑い続けている俺に、彼は拗ね顔でじどーと視線を向けてくるが、結局その表情で新たな笑いが生まれる。

既にかなりの腹筋運動をしたかのような負担を感じ、それにそろそろ止めないと先輩が臍を曲げて帰ってしまうかもしれない。

それだけは嫌だと、こみ上げてくる笑いを必死に抑え込む。

なんせ、久々にアキ先輩の近くに居られるのだ・・・だから、せめてもう少しだけ。


あの騒動以来、先輩は極端にバンクを避け始めた。

相方と先輩がいがみ合い中は空気状態な俺だけど、それでも同じ空間に居られるだけまだマシだった。

それすらも出来なかったこの数日間、毎日がつまらなくて何をしても身が入らなかった。

そんな状況からの、今日という神が与えてくれた素晴しい日。

もう明日死んでもいい!って、天に向かって叫びたいぐらいに感謝してる。


「オタ君ごめん。時間ないからもう行くけど、この御礼は必ずするから」


「え!?お礼!?」


もう時間がないのは残念だけど、まさかのチャンス到来。

普通ならここは一度は遠慮するものだろうけど、そんな心にもない事をして先輩が引き下がったら次はないかもしれない。

こんな機会逃してなるものかと気持ちが先走ってしまい、思わず彼の手を取り「本当ですか!?」と食い気味で声を張り上げた。

そんな俺の顔が必死過ぎたのか・・・・一瞬ビクッとなった彼は、次にはぷっと吹き出して笑い始めた。

話す時よりも少し高めの声でコロコロと笑う先輩は、いつもより子供っぽく見える。

普段友人達と一緒にいる時は控えめに笑っているのに、白い歯を覗かせて笑っているのは初めて目にした。

明日死んでもいいと思ったけど、彼の笑い顔に今でもキュン死しそうな程に胸がトキメイている。

あっ!けど今死んだら・・・・先輩からお礼が貰えない!何とか持ち堪えてくれ、俺の心臓。


「本当本当。約束は守るから」


そう言いながら彼の左手を握る俺の手の甲を、優しい手付きでポンポンと叩いた。

そして「本当にそろそろ行かないと」と時間を気にする先輩に、俺は名残惜しそうに手を放した。


「それじゃ〜ね、本当にありがとう」


そんなに時間がないなら家まで送り届けるのに・・・・だけど、それはして欲しくないんだと相手の様子を見れば解る。

最後にもう一度キュンとする笑顔を見せてくれた彼は、ひらりと背を向けると小走りで・・・・じゃなくて、超特急の走りで去って行った。

あれじゃ〜、陸上部の人も黙っていられないよなぁ〜〜〜。

あっと言う間に米粒ほどの大きさになった彼の姿を、頬がゆるゆる緩んだまま眺めている。


せめてもうちょっとだけ一緒に居たかったけど、それは贅沢すぎる。

今日一日で、沢山のアキ先輩を知れた。

意外に天然なところ・・・

ビックリし過ぎる時の、リアクションが面白いところ。

華奢だと思っていた身体が、予想外に鍛えたれていたところ。

恥ずかしくなると、耳まで赤くなるところ。

息を吹きかけた耳が、感じやすく弱いところ。

ううん、首だけじゃないかな。

抱き締めてた時にドサクサに紛れて脇腹や胸を指先でなぞり、首筋に唇を押し当てた。

丁度先輩を探す人間が近くに来た時で、彼の神経がその人に注がれている中での悪戯。

だけど身体は擽ったそうに身を捩り、反応していた。

きっと先輩は感じやすくて・・・そして・・・男に抱かれたことがある。

いつもは真っ白で清らかな雰囲気を纏っているけど、ふとした瞬間に漂う色気は男と経験があるからだと確信した。

なによりこれが、今日一番のスクープだ。

なんせ、自分にもチャンスはあるということ。


「ふふふ、この喜びを分かち合おうじゃないか・・・・」


ポケットからスマホを取り出し、メッセージを送るはこのチャンスを作ってくれたバンク。


[お前のお陰で胸キュンイベントが起きたんだ♡夕食買って押しかけるから聞いて〜〜〜!]


と打ち込んだ文字を送信し、バンクの返信を待たずバイクのエンジンを掛けた。



******



「一つだけにしろ」


ニマニマ顔のオタの鼻先に人差し指を突き立てた。


「え~~~~一つだけ?二つは?」


「一つだけだ」


「ん~~~~じゃ~・・・厳選するからちょっと待って」


永遠に待っててやるから、そのまま何も言わず帰ってくれ。

こいつが何を厳選するか・・・それは、こいつが言う胸キュンイベントの内容だ。

誰に対しての胸キュンイベントかは聞かなくても解る。

今日だけでも沢山見つけた新たなる発見を話したがるこいつに、一つだけなら聞いてやると制限した。

昨夜もあの男の話が発端で、眠れなかったんだ・・・・一つでも聞いてやるだけ俺の優しさに感謝して欲しい。


今日休んでくれたお陰だと、2人では食べ切れない量の晩飯を持っきたが・・・・休みたくて休んだわけじゃないし。

腹が減ってるから食うけどな・・・・


「あ~~ん~~~どれにしよ~~~」


「悩め悩め、そしてそのまま悩み続けたまま帰れ~」


テーブルの上に広げたテイクアウトの料理に手を伸ばしつつ、未だあ~~う~~と唸っているオタを見る。


「そんなに悩む事かよ・・・、とにかく先に食えよ。冷めちまうだろうが」


「ん~~~んじゃ決めた。今日一番の大スクープ!!!は除外して」


「は?何で除外すんだ?普通は一番に選ぶもんだろうが」


「えぇ~~だってこれ言っちゃうと、これをネタに先輩虐めそうだし」


「何だそれ」


「気になる?」


「全然、これっぽっちも気にならねぇ~」


嘘だ・・・・めっちゃ気になる。

あの男を虐められるネタって事だろ?って事は弱点でもあるじゃね~~か。

だからといって、あいつに興味がある素振りは見せたくない。


「じゃ、バンクよく聞けよ。今後先輩に生意気な口を利くときは、注意した方がいいよ?」


「は?んなもん今までだってそうだろうが」


「いや、まぁ最近は先輩が避けてたけどさ・・・・もし先輩と殴り合いでもしたらって話しで」


「はっ何だよ、あんなモヤシみたいな奴に何ができんだよ」


「そうでもないんだなぁ~~これが。抱きしめた時に解っちゃったんだな~~~。先輩結構鍛えてるよ。二の腕とか胸とか、細いけどちゃんと筋肉が乗ってたもん。噂で聞いたムエタイ部の勧誘は本当かもねぇ~」


抱きしめた?・・・・は?

サラリととんでもない事を言ったオタに、その後の言葉が頭に入ってこない。

とうとう欲求不満が爆発して、あいつに襲いかかったのか?

じゃなかったら、そんな状況まずありえないだろう。


「お前、飯食ったらクラブ行くぞ」


「え?何で?」


「女引っ掛けるに決まってんだろう」


「ん?何でそんな話になる?今、先輩の話してたんだけど」


「まずは、下半身をスッキリさせろ。話はそれからだ」


「あれ俺、先輩の匂い嗅ぎすぎて勃起したって言ったっけ?」


「おしっ、今から行くぞ」


これは重症だ。

飯なんて食ってる暇なんてない、こいつの為にも早く女とやらせたほうが良い。

そう思った俺はヤイヤイ言っているオタを無視して、ジャケットと車のキーを手にした。



続く

もうそろそろプロローグと話が繋がる、予定です。

書いていくと、三角関係で終わるのもありなのかと思ってしまってます。

そうなるとオタとバンクの間にも強い絆が必要になるかな。

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