第5話
5人目の恋人 5
薄暗い寝室。
部屋の中を照らすのはベッドサイドのスタンドの淡い灯りと、手元のスマホ画面からの光だけ。
辛うじて物形は解っても、色まではハッキリと見えない空間。
そろそろ寝ようかと思った瞬間、高校時代の友人から久々にメッセージが届き、とりあえず寝るのは保留にした。
なのにメッセージに目を通せば、無視して寝ればよかったと後悔する内容だった。
[面白い事になってるじゃん。女が途切れなかった2人が、男を好きになるとか。しかもマジで取り合ってんの?]
違う大学に通ってる相手が、何故その事を知っているのかは深く考えなくても解る。
何処の誰かが撮った一枚の写真に添えられた不快な妄想の投稿と、その同日に上がったオタとの一騒動の動画。
それから数日経てば馬鹿な奴が増産され、当人達が何も言わなくても勝手に物語が作られていく。
色んな投稿と繋がってくタグは数を増やし、大学外の人間の目にも付きやすくなる。
俺やオタから言わなくても、高校時代の友人が気付くのは時間の問題だった。
[相手はそんなにいい男なのか?]
続いて届いたメッセージに、思わず舌打ち。
卒業以来会ってないのに、他に言うことがないのか?とイラッとする。
[ 知らねぇー奴が勝手に言ってるだけだ。男なんか好きになる訳ないだろうが、馬鹿か]
とメッセージを返しても、相手はオレのイラつきなんて気づきもしないのか、完全に面白がって相手の事をしつこく聞いてきた。
これ以上やり取りしても、イライラが募るだけだ。
オレは盛大にため息をつき、スマホをポンと適当に放り投げた。
それが隣で寝ていた女の何処かに当たったようで、モゾモゾとシーツ越しの体が動いた。
「ん~~~?どうしたの?まだ寝ないの?」
クルリとコチラに顔を向ける女は、化粧したままの顔を眩しそうに歪ませた。
「別に・・・」
黙って寝とけと気持ちを込めて、ぶっきらぼうに答える。
元々寝付きが悪い俺は、誰かが隣に居るとちょっとした振動でも何度も目が覚める。
それを事前に言っているが、彼女は帰る足が無いからと半ば無理やり泊まり込んだ。
違う学部だが相手は4年生だ。
帰った後に連絡先を削除するつもりで、今日だけは我慢してやろうと決めていた。
「これってオタ君が刺した跡でしょ?まだ治ってなかったんだね」
右腕に残った傷跡を目ざとく見つけた女は、その跡を確かめるように指を這わせる。
「遠慮なしに刺しやがったからな」
騒動の切っ掛けになった投稿を見たオタは、フォークを手に俺を襲ってきた。
その場に居た人間はふざけあったノリだと笑っていたが、俺は本気で逃げた。
昔からあいつを知っていれば、フリじゃなく本気で突き刺すと解っていたからだ。
愛想もよくノリもいいオタは、クラスメイトや先輩達からも人気がある。
持ち前のルックスや家柄も追加されれば、何もしてなくても女は寄ってくる。
だけど長く付き合っていれば、あいつの壊れた部分に気付く。
何せ友人を本気でフォークで突き刺す、一切の躊躇もせずにだ。
何とか一度腕を突き刺されただけで終わったが、俺が逃げなかったらもっと体に穴が開いてたかもしれない。
あの日以降SNSでは俺達の事で盛り上がっていたが、オタがまた暴走する事はなかった。
あいつがSNSの煽りなんて気にする余裕がなくなったからだ。
あの男があからさまに俺達を避け始めた。
お陰で俺は充実した毎日を過ごしているが、オタはショックを受け嘗てないほど悄気げている。
「結構深く刺されたんだね。それだけオタ君、アキ君に夢中だって事よね」
「何処が良いのか、さっぱり解かんねぇ・・・」
嫉妬で友人を突き刺すほど、そんな良い男に思えない。
確かに見た目は悪くない、だが俺と同じものが付いてると思っただけで論外だ。
「ん~~。うちの学部でも人気よ~~、彼が入学してきた時からね」
俺の呟きを拾った女は、尚も続ける。
流石女と言うのは、おしゃべり好きで噂好きだ。
「彼、工学部のムーン候補に上がる程、注目浴びてたのよ」
「ふん。結局、学部の代表にもならなかったんだろ?」
「自分から断ったのよ、忙しくて大学の行事に参加するのは難しいって。レクレーションも全部参加してないと思うわよ。夜にある歓迎会や集まりも全部不参加だから、近づきたい子はチャンスがないって嘆いてたし。噂では17時にはもう大学内から姿を消してるって、それは本当か解らないけどね」
「ははっ。20も過ぎて、家の門限が厳しいのかよ」
「どうなんだろうね、謎が多すぎるからさ~~~。だって今どきSNSもしてないのよ?」
それはオタも言ってた・・・・だからあの男の私生活が見えないと。
この俺でもSNSのアカウントはもってる。
けど発信頻度は少ない、一週間に1回あるかないか程度だ。
「何をSNSに投稿するかって人それぞれだけど、大体は共感してほしくて発信するじゃない?悲しい時、嬉しい時、楽しい時とかその時の感情を共有したり、好きな人や友人、家族を自慢したい時とかさ。友達だけじゃなくて誰とも繋がれて、見知らぬ人と好きな話題で盛り上がったり、今や皆が使ってるツールなのに・・・何で使ってないのかな~。彼って友達多いのに・・・・」
「さぁ~な。面倒臭いんじゃねぇ~の?」
「それか、私生活を秘密にしたいから?」
秘密にしたい・・・・。
意味深にニヤリと笑いながら口にする彼女の言葉が、妙に引っかかった。
「ふふふ。実はさ1年前かな、友達が言ってたの今思い出したんだけど」
そう言うと彼女は体をお越し、俺の膝の上に上半身を乗せてきた。
これから興味深い話をするような、前置きだ。
「駅前の市場で、アキ君に似た人を見かけたって」
「あ?それが何?」
「そのアキ君らしい人はね、小学生ぐらいの小さな男の子2人と、手を繋いで歩いてたんだって」
それだけ聞くと、別に何の面白みもない話だ。
弟が2人居るだけなのか、他人の子供なのか・・・・聞いただけでは、ふ~~んで終わりそうな記憶にも残らない。
「で、面白いのはその2人の男の子の容姿よ。1人は遠目からでも解る白人系の白い肌にブロンドの髪色で、もう1人は金髪の黒人だって。この話聞いた時は見間違いだって思ったけど、SNSの事話してたら・・・・強ち、見間違いじゃないかもって思っちゃった。夜の集会に絶対参加しないのって、関係あったりしたりして?」
可笑しそうに話す彼女に、どこがそんなに可笑しいのか理解できない俺がいた。
それが見間違いだろうが、なかろうが・・・・彼女には何の関係もない話だ。
まるで難問でも解けた様に自慢げに話す彼女が、急に腹立たしくなった。
「明日にでも、友達に詳しく聞いてみようかな~~~」
「止めろっ。そんな下らねぇ事」
「もう何よ・・・言っとくけど、私は先輩なんだからね」
「後輩のチンコで喘ぎまくっといて、今更先輩ズラすんな」
「あったまきた!!何よ!」
あ~~またきた、このパターン。
声を張り上げて上半身を起こした彼女は、枕を手にすると俺の体に投げつけた。
「そっちからの連絡だけで、私からの連絡は無視するし!もうちょっとは、優しくしてくれてもいいんじゃないの!?」
「あぁぁ~~もう、やるコトやっただろうが。ウザいから帰れ」
シッシッと犬を追い払うような仕草をする俺に、彼女は悔しそうに奇声を発する。
そして落ちていた自分の衣類を拾うと、「最低!!もう連絡してこないで!!」と叫びながら寝室から出ていった。
「言われなくても、連絡しねぇ~し」
1人になった部屋で、誰になく吐き捨てる。
これでやっと静かになったし、朝まで快適に眠れる・・・・・
スタンドに手を伸ばし唯一の灯りを消すと、ベッドに体を沈めて目を閉じた。
やがてカチカチと規則正しい、秒針の音が耳に入る。
それを聞きながら、寝ることに集中したいのに・・・・あの女が言った話が、頭の中に居座り続けている。
明らかに血が違う2人の少年を連れた、男の話・・・・
それがあの男本人だったのかなんてどうでもいい話で、気になってるのはそこじゃないと自分でも解っている。
弟の顔がさっきから脳裏にチラつくのだ・・・・・それも寂しそうな顔で・・・・。
血の繋がっていない、継母の連れ子。
暫く家に帰らず忘れかけていた存在が、今になって思い出したのは・・・・あの女の話を聞いたせいだ。
「はぁ・・まじうぜぇ・・・」
あの女が居なくなってやっと静かになったのに・・・結局、今日は眠れそうにない・・・・・
******
世界とネットが繋がっているのは、本当に素晴らしい。
お陰で何処に居ても、色んな国のテレビ番組がみれる時代。
そして今オレが置かれている状況が、ある日本のバラエティ番組を思い起こす。
相手はグラサンで黒スーツじゃなく、上下ジャージ姿だが・・・・工学部周辺をキョロキョロとしながら徘徊している姿なんてそっくりだ。
だけど逃亡の成功者に金品等は一切発生しないし、難問なミッションなども用意されていない。
ただ逃亡者は、無事に大学の外へ出て家に帰るだけの簡単なミッション。
だけど日に日に増員される追跡者にミッションが難航になり、おそらく今日は・・・陸上部全員が参加している程の多さだ。
お陰で・・・オレは草木が生い茂る場所で身を隠して、様子を伺いながらコソコソと移動するしかない。
「何で、オレがこんな目に・・・」
目立たずに大学生活を心がけていたが、むしゃくしゃしてムエタイ部や陸上部に強引参加してしまった結果、彼等から部への勧誘が始まった。
ムエタイ部はまだ聞き分けが良く断ればあっさり諦めてくれ、尚もストレス発散したければいつでも殴りにおいでと、気持ちのいい対応をしてくれた。
だが問題は、陸上部だ。
最初は部長だけやって来て、次には副部長と共に・・・・断っても断っても人を増やしてやってくる。
粘り強さは褒めてやりたいが、使い所が間違いだと指摘してやりたい。
おし、あいつがここから居なくなったら移動しよう。
目の前を通り過ぎるジャージの男を、警戒しながら隠れていたオレはその時を今か今かと待つ。
気持ちは、世界の小島監督の名作メタルギアの主人公だ。
任務は誰も傷つけずに、敵が徘徊するこの拠点を脱出する事・・・・
「大丈夫だ。オレはスネークに「アキ先輩、かくれんぼ中?」キャウ!?」
突然の背後からの呼び掛けに、思わず得体の知れない動物の様な鳴き声を発してしまった。
もう既に遅いと思ったが自分の口を抑え、首を捻って後ろを確認すると・・・・満面な笑みを浮かべたオタがいた。
茂みの中でしゃがみ込んでいるオレにピッタリ身体を寄せている彼は、思った以上に顔の距離が近くて反射的に避けた。
だが避けた先は茂みでそれは叶わずバランスを崩して横に倒れそうになり、そんなオレの身体をオタの手が支えてくれた。
倒れるのは免れたが、彼の胸に身体を預けた状態。
背中を抱き込まれた体制で、慌てて逃げようと身をよじった。
だけど彼の手がそれを制するように、オレの体は抱き込まれた。
「じっとして。さっきの先輩の声で、あの人が探してる」
耳元で囁く、オタの低い声。
状況はわかった・・・解ったが、息が耳に掛かったのが擽ったくて、反射的に肩を窄めてしまった。
それが相手にも伝わり「くすり」と笑うオタの気配を感じて、顔から火が出るほどに恥ずかしくなる。
こんなに人と密着したのはいつぶりか・・・
血の繋がっている弟達と毎日の様に抱きしめ、抱きしめられたりの愛情表現とは全く違う。
太く固い腕に束縛され背中越しに伝わる体温と鼓動、他人の香りに全身が包み込まれた感覚になり、耳元で生生しく聞こえる吐息が心臓に過剰に負担を掛ける。
こんな状態で、何故かオレは4年前の出来事を思い出した。
それは当時付き合っていたエディとの一夜。
きっと、長い禁欲生活のせいだ
そう言い聞かせてオレは、煩いほどに脈打つ心臓に必死に耐えていた。
続く
オタ君=ゲーム・アニメ『オタク』と捻りのない名前。
オタ君は最初バンクの背中を押すような存在で想像してましたが、書いていくと2人の間にめっちゃ食い込んでいく立ち位置になってしまった。
アキに戯れる大型犬だったのに、若干サイコ臭くもなってきてる。
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