第4話
5人目の恋人 4
はぁはぁはぁ・・・はぁはぁ・・・
家に帰宅した俺を一目見れば「どうしたの!?」と驚愕するミタさんの反応は正しい。
まるで殺人鬼に追われたように、死にそうな顔で全身汗だくの呼吸もままならない状態。
いつもセットしてる髪も、強風に立ち向かった様にあらぬ方向を向いている。
そうか殺人鬼から追われたんじゃなくて、もうオレが殺っちゃった側に見えるかもしれない・・・・
はぁ・・・正直自分でもどうかしてたと思う・・・・。
図書室に連行されレポートを手伝うも、頭の中はポンコツ並に機能せず早々に退場。
それでもノックの約束は守り顔を出したが、一切喋る気力はなく放心状態で終了。
こういう時は思いっきり運動すればスッキリすると・・・・ムエタイ部のサンドバックを横からかっさらいタコ殴り。
そしてそのまま陸上部に混じって、レーンを全力で5周しそのままの速度で家まで戻ってきた。
無心でサンドバックを殴り、死物狂いで走ったけど・・・胸の中のもやもやムカムカビリビリは一向に拭えなかった。
メイトから聞いた、俺に関する新たな恋人説。
忘れ去りたいのにどんなに気を紛らそうとしても、一秒たりとも忘れることが出来なかった・・・
こんな時は、オレの天使達に慰めてもらうに限る。
「うぅぅ~~~~。ポー慰めて~~~」
積み木で遊んでいたポーを抱き込み、ズリズリと頬ずりする俺に、彼は容赦なく積み木で「嫌~~~」と頭を叩いてくる。
「知ってる、嫌って言うのが愛情表現なんだよね。知ってるよ~~~~ポー~~~もっと嫌って言ってごらん?」
「や~~なのは嫌~~」
「うんうん・・・解ってるよ。嫌だねぇ~~。だけどねぇ積み木の角で叩くのは止めようか~~~血でるからねぇ~~」
イヤイヤ期突入の2歳児は、何を言っても嫌だと拒否する。
だけど品妤の時から何度も経験しているオレとしては、慣れたもの。
ぷくぷくのホッペを膨らませて、全身でオレの抱擁を拒否する姿は・・・・
「可愛いねぇ~~~ポー~。そんなににぃにぃが好きか~~」
「兄ちゃん、ポー本気で嫌がってるから」
ポーにメロメロになっているオレに、呆れた顔を向けているのは6歳のエリック。
アフリカ系アメリカ人の血を引く彼は、兄弟の中で一番目立つ肌をもっている。
来年には小学生にあがるのに、既に身長は9歳の次男と同じぐらいで成長が早い。
将来はきっと、マイケル・ジョーダンの様なバスケット選手になると、オレは勝手に妄想している。
「エリックもおいで。兄ちゃんにハグ、慰めのハグして」
「嫌だよ、せめて汗流してきて」
あれ・・・・・エリックもイヤイヤをぶり返した?
オレの腕の中でイヤイヤと繰り返してるポーはこの際おいといて、ムスッとした顔のエリックはなにか言いたげな表情だ。
何だろう・・・反抗期としても、まだ早すぎると思うんだけどな・・・
「アキが、行ってきまスしてなかっタカラ。寂しかったデショ」
帰り支度しながらオレ達を見ていたホボンは、可笑しそうに笑いながらそう教えてくれた。
そこで今朝は2人に行ってきますのキスをせずに、家を飛び出したのを思い出した。
「あぁ~そうか。ごめんごめん、エリック。オレが悪かった」
「遅れそうだったんだろ・・・別に拗ねてないし」
「次からは気をつけるから。ほらっ兄ちゃんのココ空いてますよ」
片手でポーを抱き直し、エリックに空いた手を広げて見せる。
するとエリックは渋々といった表情で近づき、おずおずとオレの腕の中に収まった。
「汗臭いしホコリ臭い・・・」
「ん~~ごめ~~ん」
「アキ、シャワー行くデショ?見てヨウカ?」
「ううん、もう3人でお風呂入っちゃうからいいよ。時間だから、ミタさんと一緒に上がって」
ホボンの優しさにゆるゆると首を振って遠慮する。
彼女にも家庭があるし、これ以上は甘えてられない。
「それじゃ。買い出しの分の領収書は、いつもの引き出しに仕舞ってるからね」
既に帰り支度を済ませたミタさんは、リビングの出入り口で待機中。
「今日もありがとう2人とも。また明日、お願いします」
17時を知らせる壁掛け時計のメロディと共に、リビングから出ていく2人に手を振り見送った。
それから両腕に抱いた2人の髪に唇を寄せて、チュッとキスをすると「ちょっと早いけど、お風呂入ろうか」とそのまま抱き上げる。
途端にポーが「や~~~~!!」と盛大に嫌がるのは予想済み。
本格的に泣き出すポーを左手に、両耳を抑えているエリックを右手に抱えてリビングを出ると、これから開催される選手権会場となる風呂場へとオレは足早に向かった。
やがて風呂場で開催された【第32回いやYOいやYO選手権】の盛り上がりに釣られ、自室で宿題をしていた上2人が観戦に訪れたのは、それから数十分後の事だった。
今日も優勝者はポー・・・流石現役チャンピオン。
******
21時。
下の2人は既にご就寝。
上の2人は22時まで自由に過ごす。
何せ彼らは友達付き合いがある、次男は自室で友達とネットゲーム中。
長女の品妤はリビングにて、勉強しているオレの隣でスマホを触っていた。
「ねぇ~お兄ちゃん・・・聞いていい?」
「ん~~~~?」
今まで黙っていた品妤のお願いに、オレはノートから顔をあげてる。
「これ、何してんの?」
そう言って、俺の鼻先に持ってくるスマホ画面。
そこには大画面で映し出された、ある動画が流れていた。
見覚えのある場所・・・見覚えのある・・・・
「・・・・・・・・」
「陸上部でもないのに、何でレーン走ってるの?。しかも制服のままで、鞄も肩に掛けたままだし・・・・」
観客席から撮ったであろう録画。
精一杯のズームと多少の手ブレで、顔までクッキリと写ってないが・・・・確かにオレが陸上部に紛れて走ってる。
それはもうフォームも完璧で、次々と人を追い抜いているけど・・・・周りに溶け込めてない服装は、スポーツ大会に乱入した興奮気味の観戦客みたいだ。
「目立たないように大学生活するんだって言ってたのに、めっちゃ目立ってるし」
「うううう・・・・面目ない。ちょっとイライラしてて・・・・」
「それってさ・・・コレのせい?」
品妤はそう言って一度スマホを操作し、再びオレに見せつけるように画面を向けてきた。
「!!??」
「この人って、宿敵の人だよね?何で付き合ってるなんて、噂が出てるの?」
朝方のワンシーンを撮られ、[本当は2人は付き合ってる!?]と一言添えられたSNSのページ。
今すぐに自分の両目を潰したいぐらいに、目にしたくない代物だ。
オレは品妤のスマホを取り上げ、画面を伏せてその場に置いた。
「勝手に噂流してる奴が居るだけで、本当じゃない」
「ん・・・まぁ、そうだろうけど」
「・・・・品妤、どうやってその画像見つけた?」
「だって、私お兄ちゃんの友達フォローしてるし」
「え!?」
「そこから辿れば、大学でのお兄ちゃんの様子が見れるから・・・・。あっけど大丈夫だよ、向こうは気付いてないし。私が上げてる写真は、身バレするような物ないよ。家の中の写真は殆ど、お兄ちゃんが作ったご飯とかだから」
「・・・・・・何かごめん」
家族でありながら、家族を伏せる生活。
品妤がSNSをしているのは知っていたけど、彼女が日々何を発信してるかは知らなかった。
皆が夢中になるSNSで身バレを気にしての発信は、オレの友人を紹介する事も、彼女の友人を家に呼ぶことも出来ない状況では仕方がない。
だけど12歳の子に、そこまで気を使わせているのが辛い・・・・
「もう、お兄ちゃんがそんな顔してどうするのよ!悪いのはお母さんでしょ!?お兄ちゃんが申し訳無さそうにするのは違うんだからね!?」
「ん・・・そうだけどさ」
それは解っている。
解っているけど・・・・兄弟達をオレが育てると両親に宣言した時から、全ての責任はオレにあると思ってる。
「全部、自分が悪いみたいに思わないでよ。私だって、お兄ちゃんに全て押し付けて悪いって思ってるのに・・・」
12歳になれば、ある程度世間の道理が解ってくる。
うちは普通じゃない事も、オレがどういう思いでタイで生活しているかも。
両親と一緒に生活をすれば不便に思うことも無かっただろう、だけど・・・・余計に寂しい思いをさせると解ってる。
子供に無関心な親なら、居ないほうがいい。
だから引き剥がした・・・・・そんなオレの考えを、言わなくても品妤は気付いていると思う。
「最初はね元々住んでた家を出て、この家に引っ越すってなった時、何で?って思った」
元々の家は、両親が住んでいた豪邸の様な家だ。
沢山の車が停められるスペースとは別に大きな庭があり、プールもあった。
数人のお手伝いさんも居て、悠々自適に生活が出来た場所・・・・両親はその家に俺達を置いて出ていった。
だけどオレはその家を捨てて、小さな民家を選んだ。
住宅街にある、一般的な普通の家。
一台の車が停められる駐車場と、軽いガーデニングが出来るぐらいの小さな庭。
1階は皆が集まれる広いリビングとオレの部屋があり、2階は子供達の部屋があった。
「だけど住んでみたら解ったの。誰が何処に居るか探さなくても解るし、前の家より皆との距離が近いって。だからお兄ちゃんが選んだこの家は凄く好き。前の家より、暖かい気がするもん。私、毎日この家に帰ってくるのが楽しみなのよ?」
「うん・・・・・」
胸が熱くなる言葉を沢山くれる品妤に、うんしか言葉が出ない自分が情けない。
世間では女の子の方が早く成長するって言われてるけど、本当にそれは実感する。
オレが彼女の年の時は・・・母の3回目の再婚でベッカーが生まれた時だ。
親の勝手な都合で振り回され、慣れないヨーロッパでの生活に荒れに荒れてた気がする。
「私はまだ小さいから、そこまでお兄ちゃんの支えにならないのは解ってる」
「それは違うぞ。お前たちが居るからオレは「だけど、それが負担になってるのは私も解ってるよ」負担だんて、思ってない」
ボールペンを握ってるオレの手に、小さな品妤の手が重なる。
小さくても温かいその手を感じ、胸の奥からこみ上げてくる感情に目頭が熱くなる。
「ポーは一番手のかかる時期だし、私とエリックは来年は進学するでしょ・・・・大学での勉強も大変なのに、手を抜かず私達の面倒を見てくれてる」
彼女はそこまで話すと、今度はオレの手を両手でギュッと握った。
妹の前で涙は見せたくないとぐっと堪えても、彼女の言葉は容赦なくオレの胸を熱くする。
「そんなお兄ちゃんが、せめて心の拠り所になる人が居ればって・・・・思ってるんだけど・・・・・ね?」
「・・・・何・・・何が言いたいの?」
「恋人は作らないの?」
「!?何、突然!」
思いも寄らない話の脱線に、声も裏返るほどに驚き零れそうだった涙が引っ込んだ。
「だって、前は居たでしょ?まだ親と一緒に住んでた時、多分そうかなって思う人は2人居るんだけど。ミッシェルとアマンダ・・・違う?」
「・・・・・」
その通りですと言えず、黙ってしまうのはやましいからじゃなくて・・・・当時はまだ、小さかった品妤に何故バレているのか・・・・正直、女性の成長の速さを実感しすぎて怖いからだ。
「それと、エディとも付き合ってた?」
「!?」
そして彼女の口から出た男の名前に、肩がビクッと跳ねた。
これはやましいからだ・・・・ゲイだとは思ってないけど、年上の黒人男性と付き合った事がある。
だけど誰も家に招いたことがないのに、彼女はネットの世界だけでそれを特定したとなると・・・・やっぱり女性の成長は末恐ろしい。
「もう!ずっと黙ってるけど、別に怒ってるんじゃないの。タイに来てから、恋人が出来ないから逆に心配になってるのよ」
「恋人にかまけてる時間ない」
「じゃ・・・好きな人は?」
「いない」
「本当?」
「断じていません!」
「ちょっとは気になる人居るでしょ?」
「何で妹と恋バナしなくちゃなんないの~~~」
「じゃ~~さ」
9歳年下の妹に、色恋の話なんて恥ずかしすぎる。
いくら成長したとはいえ、妹は妹だ。
正直この話はもう打ち切って欲しいのに、品妤はまだ続けるつもりなのかスマホを手に何やらしている。
そしてお目当ての物を見つけたのか、最初の時の様にまた画面を見せつけてきた。
「このフォーク持ってる人とは、どういう関係?」
「ん?」
再びスマホの画面から流れる動画。
工学部の広場で、何やら騒動があったようなざわついた雰囲気が画面越しから伝わる。
その画面中心では、2人の男が走り回っていた。
フォークを振り回しながら「サクッと殺してやる!」と叫んでいるはオタ。
そしてそんな彼に追いかけられているのは・・・そのままサクッと殺されればいい相手。
「知らない人ですね」
「嘘~~~、だって【アキ先輩を取り合う2人】ってタグ付いてるよ」
そのタグを主張するように指差しニッコリと笑う品妤に、オレは頭を抱えて「もう~~何処のどいつだ糞がぁぁぁぁ」とタグ付した誰かを心底恨んだ。
続く
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