第六話 見送る者

 パチ、パチ、パチ。


 燃える火の音が響く。


 パチ、パチ、パチ。


 燃える火に幻を見る。


 パチ、パチ、パチ。


 死者の亡骸と亡霊が。


 パチ、パチ、パチ。


 オレを壊そうとする。


 パチ、パチ、パチ。


 そうして、

 

 パチ、パチ、パチ。


 幻が、


 パチ、パチ、パチ。


 声を上げた。


 死ね、死ね、死ね。




「あああああああああああ!」


 飛び起きる。どうやら寝てしまっていたようだ。

 手で額を拭うと、冬だというのに汗がべっとりとついていた。

 焚き火を見ると、火は消えていた。

 外からは朝日が入り込んでくる。

 ドクドクと心臓が脈を打つ。

 送り出される血潮が体を、脳を加熱している。全身を沸騰させようとしているようだ。


「ハ、ア……ハァ、ハ」


 今まで殺してきた人がオレを追い詰めようとする。こうして夢に出て、オレに死ねと、贖罪を求めてくる。

 その度に飛び起きては、自身の存在を確かめようとする。

 そうしていつものように短剣を作り、自分の腕に向けて振り上げ──。


 パシ、とその手を掴まれた。


「何をしているんですか、ラウドさん」


 こちらの出方を伺うような、サドラーの声が背後から聞こえる。それで少しだけ頭が冷えてくれた。


「……いつものことだ」


 ぶっきらぼうに答えた。

 そう、いつものことでしかない。夢で死者がオレを連れて行こうとする度に、自分の腕を切って自己を確かめる。

──生きているんだ、と実感したい。

 ただそれだけ。何もおかしな事はないと思う。


「いつものことって……そうやって自分を傷つけて、それが何になるっていうんですか」

「知らねぇよ、そんなの──いや、そうだな……死にたくないから、じゃないかな」

「死にたくないって、だからって……」


 サドラーはそう辛そうに呟いた。

 理解できない。なんだってそんな声を出すんだ。

 けど、この問答のおかげでとりあえずは問題ないほどには冷静になれた。


「それよりも、だ。傷は大丈夫なのか、サドラー」

「話を逸らさないでください」

「大丈夫、もう大丈夫だから」


 その証拠に、と短剣を消し去る。それにサドラーは不服そうなため息をつき、腕を離してくれた。


「わかりました、今は不問にします」

「ああ、そうしてくれ。それで、怪我は?」


 サドラーのほうを見る。相変わらず短剣は刺さったまま、傷口を停止させている。短剣を引き抜いて停止のルーンを無効化させ、傷口に触れる。


「な⁉」


 最初から傷など無かったかのように、それは存在していた。

 本来魔法で形成したものは、その全てが偽りのものだ。だから今のサドラーの傷口に作った肉体もまた、偽物でなくてはならない。

 にもかかわらず、それは紛れもない本物だった。魔力を持たない肉、骨、血管として存在していた。しかも正常な肉体として稼働しているようだ。


「なるほど、こりゃ確かに連中が恐れるのも無理はない」

「ええ。魔法によって作られたものをわたしは侵食する。肉体の延長として仮定し、無理矢理物体として成立させてしまう。だから重宝されたし、不要になれば恐れられる」


 霞を練り上げて作ったものを、彼女は霞より上の段階に持って行ってしまう。整理すれば簡単な仕組みだ。

 それはいかなる神秘なのか。それはわからないけれど、彼女が聖女と呼ばれるのにはそういう理由があったのだろう。


「けど、こんな力を望んだわけじゃないんです。わたしはただ、普通に生きたかった」


 そう言う彼女は、自らの罪を告白するかのようだった。


「そうだな。普通に生きれれば、それが一番いい」


 人狼として生まれ、本来ありえない力を与えられ、彼女はどんな人生を歩んできたのか。ともに旅し、暴君を討ち取った仲間に裏切られ、処刑される。そんなのあんまりじゃないか。


「けど、悪い事ばかりじゃないのかもしれません。だって、ラウドさんに出会えたんですから」

「……そうだな。オレも、サドラーに出会えて嬉しい」


 そういって笑うサドラーの笑顔はあどけない少女そのものだった。




 傷も治ったという事で、オレたちは南下を再開する。

 深い森はしかしようやく出口を見せてくれた。振り返ると、なだらかな丘の上にオレたちがいた首都カムランが存在していた。

 眼下には小さな集落。木こりや農業、狩猟を主として生計を立てている者たちは、自由に森に出入りできるこちらに住まいを作る傾向にある。

 

「久しぶりに来たな、ここ」


 カムランの出来事など知らぬ、と言わんばかりの平穏な村。そこに足を踏み入れる。

 この村は常に活気にあふれている。


「ん? おや、ラウドじゃないか」

「おやっさん!」


 これから狩猟に行くのだろうか。弓を持った四十を超えたばかりの男がオレに声をかけてくる。ガーレット・スコット、オレの事を何かと気にかけてくれる人。


「なんだ、こっちに来るなんて随分と久しいじゃないか」

「ああ、そうなんだが――」声を小さくして、「カムランから逃げてきたんだけどさ」


 ガーレットもそれで深刻な事情だと察したのだろう。


「……ま、せっかく来たんだ。うちに来い。茶を入れてやる」


 そういって家に入れてくれた。

 彼の家は小さな一軒家で、様々な狩猟道具が所狭しと置かれている。二階には彼の寝室と普段使わない道具が入った倉庫がある。一方玄関入ってすぐの一階は仕切りが一切なく、そのまま居間になっている。

 中央には真四角の机と二つの椅子。壁には暖炉がある。

 彼はオレとサドラーに座るよう促した。座ると彼は話を聞き始める。


「それで、何があったんだ?」


 ここに至るまでの説明をする。


「なるほどなぁ。それはまた無茶をしたもんだが――ま、俺としちゃ嬉しい事だな。無機質に殺し続けるんじゃ、それはただの殺人鬼だ」


 そういって彼はオレの頭を雑に撫でる。


「ちょ、やめろよ!」

「ハハ、すまんすまん。幼いころから見てきた奴の成長が嬉しくてな」


 このおやじは事あるごとにオレの頭を撫でつけようとしてくる。それは別に構わないのだが、サドラーの前だと恥ずかしくてたまらない。


「しかし」彼は一転まじめな表情で、「自分の仲間だったサドラーちゃんを処刑するとは、前々から気に入らんかったが、ますます気に入らん」

「だろうな。だからあんたを頼りに来た。オレたちはこれからキャメロットに向かうが、いかんせん夜逃げ同然だったからさ」

「ああ、なるほど。わかった。が、タダでというワケにはいかんな。これからさらに寒くなる。そうすりゃ雪だってふる。そしたら我々も商売し辛くなる――」

「ほんと、商魂たくましいな。ほとんど身内じゃないか」


 呆れかえった様子を見せてやる。が、ダメ。この男、その程度じゃ動かない。

 んな事わかりきっていたので、こちらも次の手札を使う。


「わかったよ。じゃあこうしよう――狩場を教える。ここに来る途中で見つけたものなんだけどさ」

「規模は?」

「大型の群れ、と言えば理解できるか」

「巣か?」

「そうだ」

「……」ガーレットは少し考えこみ、「もう一声、だな」

「強欲な奴め」

「こっちも生活が苦しいんでな」


 考え込む。キャメロットまでの距離を考えるとあまり金は使いたくない、が……。


「わかった。追加で銀貨三枚でどうだ?」

「乗った!」


 契約成立。銀貨三枚は――まぁ、必要経費だと思おう。

 彼は二階に行く。少しして麻袋に入った食料を持ってきてくれる。それと見たことのないカバンを二つ。


「そのカバンは?」

「こいつか? 村の発明家が造ったバックパックっつってな。背負うことで負担が少なく重い物を運べる。ま、こいつは選別だ。趣味の延長ってことでタダだったんだが……ほら、弓を背負うと干渉するだろ? だから使わないし、やる」

「ん、じゃあありがたく貰っとくぜ」


 ガーレットが食料をバックパックに積み込んでいく。そいつを受け取って背負うと、不思議な感じがした。背中に変な重さがあるからだ。けど、両手が空くのはありがたかった。


「そいじゃオレたちはもう行くわ」

「なんだ、もう行くのか」

「ああ。追われる身だからな」

「そっか。手紙ぐらい寄越せよ。読める奴に読んでもらうからよ」

「ああ、余裕があったらな」


 そういってガーレットと拳をぶつける。


「サドラーちゃんも気をつけてな」

「は、はい。ありがとうございます」


 サドラーが礼儀正しいお辞儀をする。

 そうして、オレたちは村を後にした。

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