第三話 談笑
繰り返される剣戟。
終わらない乱舞。
彼の剣が振るわれるたびに走る光の奔流は、太陽が如き光だ。
──これは夢。
はるか昔、偉大なる王が用いたとされる聖なる剣。
──わたしが見た、堕ちる前の彼の姿。
湖の精が王に授けた聖剣を迎え撃つは、かつてその王を裏切った騎士が用いたとされる邪剣。
──辛い旅路の果てにある光景。
時代を超え、剣は因縁の対決を再現していた。
──彼は傷ついても、何度も立ち上がる。
そうして何度剣を交えた事か。ついには聖剣が敵を貫いて、永劫かと思われた剣戟に終止符を打ったのだ。
──この瞬間に、全てが止まってしまえばよかったのに。
そうして彼──英雄パルタが次の王になったのだ。
硬い床と、柔らかな陽の光で目を覚ました。
──本当にわたしは生きているのだろうか。
死ぬ寸前の夢なのじゃないのか、と思って首に手を当てるけれど、そこには何もなかった。
「よ、起きたか」
「あ、ラウドさん。おはようございます」
ニッと笑うラウドさんの笑顔で、ここが安全な場所なんだって再確認する。
「朝飯食うだろ。美味くはないけど出来てるぞ」
そう言ってラウドさんは自分の背中にある焚き火を指差した。周囲に串刺しの魚があって、それを心もとない火が焼いている。
本当に心もとない。今にも消えそうだ──。
「あ、消えちゃった」
「え? うわ、マジかよ!」
慌ててラウドさんが火をつけ直すけれど、やはりすぐに消えてしまった。
焚き火に近づいて確認すると、でかい薪だけが積み上げられていた。
「ラウドさん、火をつけるのなら、細い薪から徐々に広げていかないとダメですよ」
適当な小枝を拾って積み上げる。
「む、そうなのか……」
「そうですよ。さ、火をつけてください」
再び灯される火を絶やさないように、慎重に木を積み上げていく。
「……うん、安定したかな。あとは待つだけです」
ラウドさんに目を向ける。
彼女は率直に言って美人だ。赤い髪を纏めている姿が凛々しくて素敵だ。
一方その凛々しい印象を大きく変えるのが、その鋭い目つき。荒々しい印象を与えるその目もまた深紅に染まっていた。宝石のような美しさだと思う。
肌は色素が薄く、同様に唇も淡い紅色をしていた。
それだけじゃない。全体的に細い顔の造形が、彼女を美しく仕上げている。
──本当に綺麗な人だ。
「どうかしたのか?」
「え? あ、いいえ何でもないです。顔洗ってきますね」
顔を背けて歩き出す。ずっと見てると変になっちゃいそうだったから──。
「それで、これからどうするつもりだ」
「とりあえずは南に向かいましょう。ここを離れないと」
食事を終え、今後のことを話し合う。逃亡者となったわたしたちはどうすればいいのだろうか。
だから提案する。南下すればもう一つの都市がある。そこで生活を安定させるか、あるいは海の外に行くか──それはわからない。
「当面はキャメロットを目指しましょう」
「キャメロット? そりゃまたなんで」
「カムランと違い、キャメロット近郊は旧体制です。今の政治体制になった時、叛逆者が率いる国家に反発した人たちが集まった。で、そのままということらしいです」
「なるほどねぇ。じゃあそうしよう」
納得した様子でラウドさんが立ち上がる。
「さしあたっては南にある村に行きましょう。顔を隠せばなんとか食糧の調達ぐらいはできると思います」
「ああ、南の村なら知り合いがいる。パルタの野郎が嫌いな男でな、ソイツを頼ればいいだろう」
わたしも立ち上がって移動を開始する。
この森は広い。のんびりとしていたら間に合わないだろう。それはラウドさんも同じなようで、急足だ。彼女の隣に並んで歩く。
と、大切なことを忘れていた。
「その……ありがとうございます。わたしを助けてくれて。でもなんで……」
「気まぐれを起こしただけだよ。ま、そういうのもありなんじゃねぇの」
そう話す彼女は笑顔で、こちらまでつられて笑顔になってしまう。
風が僅かに吹く。空が蒼く、どこまでも続いている。森の香りがわたしの鼻をくすぐって、それが心地よかった。
「ラウドさんはご飯作ったりはしなかったんですか? ほら、さっきだって火の扱いに苦労してたじゃないですか」
「まぁ、な。あの街にいる限り飯の調達には苦労しなかったから。結構稼ぎは良かったから、外食ばっかだった。残りは銀行に預けちまってたからそんなに手元にはないけど」
お金のない旅には慣れている。聖女としてパルタ達と旅をしていた時だってそうだったから。
「なんでサドラーは聖女だなんて呼ばれてるんだ?」
「さぁ……いきなりパルタ達がきて」ここでやや芝居じみた声で「君が我々の最後の一人、君こそが救国の聖女になるんだって」
話をしながら、こんな事は今までなかったと思い出す。
以前の旅は常に緊張感のあるものだった。こんなふうに談笑しながら森を歩くなんてなかったはずだ。
パルタもわたしもあまり話すほうじゃなかったし、他の二人にしてもそうだったと記憶している。
だから新鮮だった。未来は決まっていなくて、不安な事だらけで。それでも──。
「なんか、不思議です。ただ歩いているだけでこんなにも楽しいなんて」
昨日までは絶望に染まっていた。死ぬことが決まっていて、暗闇の中で独りぼっち。
本当は、ラウドさんの事も嫌いだった。最初に会った時、顔も知らないこの人がわたしを殺すんだって、それが辛かった。
けど、彼女はわたしに優しくしてくれた。そして今、なぜだか知らないけれどこうして旅を始めた。
「嬉しそうだな、サドラー」
「え?」
「尻尾、すごい振ってる」
ラウドさんがそう言ってわたしの尻尾を指差す。
「実際嬉しいですよ。こんな美人さんと旅できるんですから」
「よせよ、恥ずかしい。オレなんて女らしいとこ全くないじゃないか。言葉だって乱暴だし、外見だってそんな良くないだろ」
──自分の見た目の良さに気づいていないの!?
衝撃を受ける。いやだってありえない。彼女の顔の良さなら誰だって振り向くレベルだ。確かに目つきの悪さは気になるけど。
「それを言ったらサドラーの方がずっと可愛いって」
「ありえませんよそんな事」
そう返すと、ラウドさんは顔に手を当てて空を向いた。
「本気で言ってるのか……」
彼女は少しの間考え込んだ。そのあと口を開き、
「いいか、お前は可愛い。それは間違いなく、オレが保証してやる」
だから安心しろ、と肩を叩かれる。けど、痛いわけじゃなかった。優しい叩き方だ。
「そうですね。ラウドさんが言うなら、あるいは信じてもいいのかもしれないです」
「そうだ。ま、時間はたんまりあるんだ。少しずつでいいから認めてきゃいいさ」
「はい、そうします──」
ガサリと音がする。
ケモノの臭いもだ。
──意識を組み替えろ。
「ラウドさん、ケモノに狙われています」
「おっと、そりゃ大変だ。走るか?」
「はい。この先に木々の臭いがない場所があります。おそらく広場、迎撃するならそこです」
「決定だな!」
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