転校生
連休明けの盛り上がりで、ただでさえ賑やかだった朝の時間のあと。
ホームルームが始まって。
本日は転校生を紹介する、という先生の言葉で、教室の騒がしさははち切れそうになって。
先生に促されて、黒板の前に立つ、そのひと――転校生は。
「
……シュウタ、という名前に、心臓が鷲づかまれたように苦しくなった。
偶然、なんだろうけれど。いやだなあ。その名前は、私にとっては――。
女の子たちが、息をひそめて彼を見ている。ううん、男の子たちも、かもしれない。
黒板の前に立つ、そのひとは――すっごく格好よかった。
少し茶色いくせっ毛。すらりとした背格好。
はにかんだような微笑み。
たたずまいのせいなのか、オーラというのか……芸能人みたいだ。
そこにいるだけで、存在感がある。ありまくる。
あんまりにもキラキラしていて、別世界の人間なんじゃないかと――そう感じてくるほどに。
……私でさえ、そう感じるんだ。
この教室で、これから彼は――熱烈に歓迎されると容易に想像できた。
でも、私にとっては。
彼は――ただキラキラした特別そうな人間、という以上の意味をもっていた。彼の存在というより、彼の名前が。
……それはたぶん、ただほんとうに、たまたまなんだろうけれど。
……崇太。シュウタ。
私の家庭にはむかし、おんなじ響きの名前の、オス犬がいた。
その犬のことを考えると――私はいまでも、苦しくなる。
先生が咳払いをして、どこか早口に言う。
「柊木くんは、始業式ではなく五月のこの時期という転入になったわけだが、もろもろ手続きに準備が必要でこのタイミングになったんだ。えー……そういうわけでみんな、柊木くんの転入のタイミングについて、あまりあれこれ詮索しないように」
疑問に思った。
なんで、そんなことわざわざ言うんだろうか。
まるで、なにかわけがある、って暗に言ってるみたいじゃないか――。
柊木くんは、それに対してとくにコメントもなく、微笑みを崩さずに立っていた。
「それでは、柊木くん。窓際の一番後ろの席に」
「はい、先生」
私の席は、おなじ窓際だけれども前から二番目。前から四番目の彼とは、近いようでいて、そんなに交流する機会はないだろう。
柊木くんは席に向かって歩く。ただそれだけの動作が、こんなにも颯爽としている。
彼が隣を通り過ぎるとき、私はほとんど反射的にうつむいた。のだけれど――。
私がうつむく直前、彼はこちらを見て、微笑みを深くした気がした。
ううん、そんなのは。……気のせいに、決まっているのだけれど。
私のような地味な人間に注目するなんて、ありえない――教室にはもっとおしゃれな子もかわいい子も、いっぱいいるのだから。
もっとも、注目されたくないというのも、……事実だ。
「えー、では、みんな柊木くんのことをよろしく。伝達事項を伝えるぞ。ほらよく聞け」
教室は、静かではあるけれど。
みんな、上の空だってことが丸わかりだった――だってみんな、柊木くんに注目している。
集中してないみんなに、先生がどうにかこうにか伝達事項を伝える。
そして、その最後に――まるでついでと言わんばかりに、そうだ秋ノ瀬、と私のほうを向いて言うのだ。まっすぐに、私の目を見て、きっと純粋な思いやりをもって――。
「ちょっと話したいことがあるから、昼休み、職員室に来てくれるか。昼食を済ませたあとで構わないから」
柊木くんに夢中な教室は、だれも私のことなんか見ていない。
そして二年生になってから担任となった、数学担当で若く熱意のあるこの男性教師は、とてもいい先生だ。爽やかで、差別をせず、男女ともに健全な人気がある。
私という、厄介な生徒に対しても――向き合おうと、一生懸命になってくれている。
わかっていた。けれど、息苦しかった。
「……はい」
私の返事は、強張っていた。
きっと私の表情も、そうだろう。
……かつて飼っていた犬とおなじ名前の転校生の男の子といい、先生の呼び出しといい。
なんだか、今日は――駄目な日みたいだ。
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