10.ヒーローに心惹かれた(雛森由希視点)
それは高校入学前の春休みのことだった。
散歩がてら学校見学でもしようと思いついて即実行。外は少し風が冷たいけれど日向にいると暖かかった。
「危ない!」
気分が良くなって鼻歌を歌ってたあたしが悪いのか。声に反応した時には車がすぐそこまで迫っていた。
あっ、これ死んだ。そんな諦めが頭を過った。
そこへ飛び込んできたのは必死な形相の男の子だった。
突き飛ばされて尻もちをついた。痛いって思ったと同時にものすごい音がした。
気づいたら車は止まっていて、男の子が倒れていた。その人は起き上がろうともしないで、あたしは頭が真っ白になった。
あの人はあたしをかばってくれたんだ。それだけが頭の中から何度も聞こえてきた。
初めての交通事故の現場に気が動転していた。周りが何かうるさくしていた気がした。でもそんなことは気にならなくて、震える体に力を入れてあたしをかばってくれた人のもとへと向かった。
「だ、大丈夫ですか?」
車に撥ねられたのだ。大丈夫なわけがない。そんなこと、ちょっと考えればわかるのに、あたしはそんなことしか言えなかった。
彼の前で膝を突いてオロオロしてるだけ。たぶん邪魔をしているだけだったかも。救急車を呼ぶということすら思い浮かばないほど気が動転してたから。
「だい、じょーぶ……。大丈夫……だからな」
そんなあたしに、あろうことかあたしのせいで事故に遭わせてしまった彼が、安心させるような声音で言ってくれたのだ。
あたしを助けてくれただけじゃなく、自分が大変な目に遭ってなお、うろたえることしかできなかったあたしを気遣ってくれた。
なんて人だろう。胸がぎゅうってなるくらい彼に釘付けになった。
彼に生きてほしい。その思いばかりで、倒れて動けない彼の手を握りしめ続けた。
それは救急車が到着するまで続けた。ううん、救急車に乗って病院に到着するまで絶対に離れなかった。
※ ※ ※
「こうしてあたしは能見くんと出会ったの。彼は最初からあたしのヒーローだったのよ」
はぁ、と熱い息を吐いて彼との出会いを話し終える。冬でもないのに吐いた息は白かった。
「はいはいわかったって。その話もう何回聞いたと思ってんだ」
りっちゃんがおざなりに返す。もうちょっと真剣に聞いてくれてもよくない?
「そうよね。それから入院している彼のためにと毎日お見舞いに行ったのでしょう? もうお腹いっぱいだわ」
ふーちゃんも呆れたみたいに言った。二人ともひどいっ。
「でも、身を挺して命の危機を救ってくれるだなんて、由希ちゃんじゃないけれど確かにときめいてしまいそうね」
「でしょ? でしょ? ふーちゃんには悪いけどあげないからね」
「いりませんけどね」
髪の毛をいじりながら心底興味なさそうに言われた。その態度はさすがにショック。
「まっ、能見が悪い奴じゃなさそうで一安心だな」
「あたしの話を聞いて、どうやったら能見くんに悪い人だって疑いをかけられんの?」
やっぱりちゃんとあたしの話聞いてなかったんじゃない? これは覚えてもらうまで何回もお話した方がいいようね。ねえ、りっちゃん?
「ち、違うぞ! 私が由希の話を聞かないわけがないだろっ。ただ──」
「ただ?」
りっちゃんはちょっとの間口ごもる。少しだけ目を逸らしながら続きを口にした。
「ただ、助けたのが善意だったとしても、由希が恩を感じてるって知ったら男なら付け上がるだろ」
「あたしならって、なんで?」
「年頃の男子はな、由希みたいに可愛くてエロい体をした女子に優しくされたらよからぬことを考えるもんだ」
「エロ!?」
あたしエロいの!? 今日一番のショックだよ!
「それは一理あるわね」
「ふーちゃんまで!?」
まさか二人からエロいって思われていただなんて……。
……でもさ、能見くんが反応してくれるのなら、ちょっと嬉しいかも。
「よからぬことを考えてるのはその男子じゃなくて由希ちゃんのようね」
「よ、よからぬことって何かな! あたしわっかんないな!」
あたしの表情から、ふーちゃんは何かを読み取ったらしい。あたしにはわかんないけどね!
「それはともかくとして」
「大事なことを流さないでっ」
「由希ちゃんがエロいことを妄想したのは置いておいて」
「ごめん! 謝るから具体的に言葉にしないでっ」
ふーちゃんには逆らえない。彼女は涼しい顔のままりっちゃんを見る。
「その能見くんっていう彼、律はなぜ安心できると言えるの?」
「なぜって言われてもな」
ふーむ、と腕を組むりっちゃん。そういえば能見くんを呼び出して何か話してたよね。秘密の話だって言うから聞かないつもりだったけど、教えてくれるのかな。
りっちゃんはあたしを見て、なんだか残念そうな顔になった。え、その顔どういう意味?
「能見が無害な奴だって思ったからだよ」
「つまりヘタレだったのね」
「言い方!」
りっちゃんのチョップがふーちゃんの頭にぶつかった。けっこう痛そうな音がしたけど、ふーちゃんは「痛いわね」と言いながらも平然としていた。
「ごめんなさい。でも興味が出たわ」
「え?」
ふーちゃんの顔を見てたら、なんか不安が押し寄せてきた。
「
「あら、一番気にしていたのは律じゃない。わざわざ能見くんを呼び出すだなんて過干渉にもほどがあるわ」
「ぐっ……」
りっちゃん悔しそう。ごめんね、ふーちゃん相手だとあたしは助けてあげられないよ。
押し黙ったりっちゃんを見ていたふーちゃんがあたしに顔を向けた。
「ねえ由希ちゃん」
「な、何?」
「GW、能見くんとたくさん思い出作れるといいわね」
綺麗な笑顔で応援してくれた。やっぱり友達だ。ふーちゃんの応援にあたしは元気よく頷いた。
「ありがとうふーちゃん!」
微笑んでいるふーちゃん。逆にりっちゃんが嫌そうな顔をしたのが印象に残った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます