【8-2】

 ンザールゥは眉尻を上げながら鋭い目つきを作った。


「それじゃあ、いくミャ」


 眉尻を上げて真剣な眼差しを浮かべるマサルン。


「じゃんけん」


「じゃんけんッ」


(えーっとぉ? グーを出してくる確率は五%で、パーが九十%、それで、チョキが五%かぁ。パー出してくる確率高いな! まぁ、それだけこっちも簡単に勝たせてもらえるんだけどね)


(ミャー、グーを出したら勝てそうな気がするミャ。でも、今回はグーを出したくないミャー)


 マサルンとンザールゥは同時に腕を振り落とす。


「ぽん」


「ぽんミャ」


 ンザールゥは人差し指と中指を伸ばした形の手を突き出した。


 マサルンも同じ形をした手を差し出している。


「おーい! ンザールゥ最初はパーを出そうとしてたんじゃないのか? 読みが良い気がするんだけど、頭を空っぽにする約束はどうなったんだい?」


「ミャー、頭を空っぽにしてじゃんけんしたミャ。たまたまあいこになっただけミャー。それよりも、いきなりあいこが狙えるマサルンはすごいと思うミャ。やっぱりじゃんけん強いミャ」


 かわいた笑みを浮かべながら頭を掻くマサルン。


「まだ最初の一回目だろ? こういうのは運が良かったっていうんだよ」


「そうとも言えるかもミャ」


 ンザールゥは眉尻を上げながら鋭い眼差しを作り直す。


「それじゃあ、じゃんけん続けるミャ!」


「あいこで」


「あいこでッ」


(くそっ! やっぱりンザールゥはじゃんけんが弱いとは言えないな。さて、次はグーが四十%で、チョキが三十%、平手が三十%、って、かなり微妙な確率だなぁ)


(ミャー、次もグーを出すと勝てる気がするミャ。でも、さっきはボクの読みが外れちゃったミャー)


「しょ」


「しょミャ」


 二人は同時に腕を振り下ろしていく。


 マサルンの手の形はチョキで、ンザールゥもチョキだった。


 目を見開きながら叫ぶンザールゥ。


「ミャー! さっきと同じ結果ミャー!」


「おいおい! そこはパーを出してオレを勝たせてくれる流れでしょう!」


「そんな流れなんて無いミャー。それより、二回も連続であいこに出来るマサルンは、やっぱりすごいミャー」


「二回連続ならあり得る事でしょ。たまたまだって」


「そうかミャー?」


 ンザールゥは眉尻を下げながら頭を掻く。


「次はボク、グーを出すミャ。だから、マサルンはパーを出せば勝ちミャ」


「それを信じたらオレが負けるだけだろう!」


 マサルンとンザールゥはそれからしばらく黙り込んだ。


 二人の周囲には静寂な空間が生まれていて、辺りを包む薄暗い闇も静けさを作るのに力を貸している。


 そして、マサルンとンザールゥは同時に腕を動かす。


「あいこで」


「あいこでッ」


(次のンザールゥの手は、グーが三十%で、チョキが六十%、って、またチョキで来るのかよ! それで、パーが十%、と。ずっとチョキを出し合って、あいこを続ける気か? それより、グーを出すって言ってたのに、あんまりその気じゃないじゃないか! 愚直に信じなくてよかったぁ)


(ミャー、グーを出すと負ける気がするミャー。でも、今回は違う事をしてみたいミャー。どうするかミャー)


「しょ」


「しょッ」


 マサルンは体の前に五本の指がまっすぐ伸ばされた手を出す。


 正面に拳を差し出すンザールゥ。


 そして、マサルンは拳をかかげて微笑む。


「よぉし! オレの勝ちだ! かっこ決め顔」


 眉尻を下げながら頭を抱えるンザールゥ。


「負けちゃったミャー」


「あっ、『ボクがグーを出すって言ったから、今の無しミャ』ってのは無しで頼むよ、かっこ流し目」


 ンザールゥは尻尾と両手をあげて笑顔を作る。


「そんなマサルンみたいなこと言わないミャ。けど、やっぱりマサルンはじゃんけん強いって事が証明されたミャ!」


「今回のじゃんけんで全てをはかられても困るんだけど、かっこ真顔」


「そんな事ないミャ!」


 頭の後ろで手を組みながら口をとがらせるンザールゥ。


「すごいミャー、頼れるミャー、そんな素敵な人がアーノルド君を助けに行かないって選択肢を選ぶわけがないミャー」


 マサルンは目を細めながら頭を掻く。


「おや? かっこ冷や汗」


「強い人は弱い人を守る義務があると思うミャ」


「ぉゃぉゃ? かっこ冷や汗」


 肩をすくめながら小さくため息をつくンザールゥ。


「力を持っているのにそれを正しく使わない人は、本物の“持ち腐れの宝”に違いないミャ」


 マサルンは引きつった顔を浮かべながら頭を掻く。


「ンザールゥさん、オレがじゃんけんに勝って、警察の人にアーノルド君を任せるって約束じゃなかった? かっこ冷や汗」


 口をとがらせながら頭の後ろで手を組むンザールゥ。


「ボクはそんなこと一言も言ってないミャ。マサルンが何か勘違いしてるミャ」


「あれ? もしかして、これ勝っても負けても同じやつじゃないですか? かっこ苦笑い」


 ンザールゥは眉尻を上げながら拳をかかげる。


「勝つとか負けるとかじゃないミャ。マサルンがアーノルド君を助けに行く決心をする為の儀式ミャ」


 語気を強めながら目を見開くマサルン。


「聞いてないよ! かっこ冷静」


「言ってないミャ」


「勝ち負けに意味が無いなら、さっきのじゃんけんは無効だよね? ンザールゥもアーノルド君を警察の人に任せる事に賛成してくれるよね? かっこ冷静」


「何度も何度も言うミャ。今もこうしている間に、アーノルド君は危険な状況になってるはずミャ」


 マサルンは硬い笑みを作りながらたじろぐ。


「早とちりし過ぎだった場合は? ほら、実はこっそりカイルのどこかで迷子になってるだけだったりさ? かっこ苦笑い」


「そういう事になってたらまだ良い方ミャ。でも、確証が無い限りアーノルド君の身が危険ミャ。それに、カイルで迷子だったとしても、早く見つけてあげないと危ないミャ」


 口の端を上げながら手を叩くマサルン。


「よし、早く助けてあげないとな! ンザールゥ、頑張れ! アーノルド君の命はンザールゥの活躍によって左右されるに違いない! オレも全力で応援するから、アーノルド君を救ってあげてくれ! かっこ冷静」


 ンザールゥは眉尻を下げて上目遣いをしながらにじり寄る。


「マサルンに負けてしまうか弱いボクを、一人で危ない場所に送るミャ?」


 眉尻を下げながらたじろぐマサルン。


「どうしてもオレを連れて行きたいのか? かっこ真顔」


「アーノルド君が直接言えない状況だから、ボクが代わりに言うミャ。助けて欲しいミャ。ボクよりじゃんけんが強いマサルンは、やっぱりアーノルド君を探しに行くべきミャ」


 マサルンは腕を組み、眉をひそめる。それから、数秒ほど沈黙する。


「それじゃあ、こっちから一個条件を出しても良いか? かっこ冷静」


 引きつった顔を浮かべながら頭を掻くンザールゥ。


「出来れば無条件で助けて欲しいミャ」


「オレが今感じている恐怖を無くすのは無理だ、かっこ冷や汗」


 ンザールゥはゆっくりうなずく。


「それは仕方ないミャ。ボクも勿論だけど、警察の人も怖いと思う事だってあるはずミャ」


 人差し指を立てながら眉尻を上げるマサルン。


「だから、この恐怖を少しでも小さくするように、何ができるかを考えてみたんだ、かっこ冷静」


「それは、今ここで聞いてもいいミャ?」


「なるべく自分の安全が高く保証されるように、色々と道具を用意したいかな。もちろん、そこには武器も含まれる、かっこ冷静」


 微笑みながら手を叩くンザールゥ。


「ボクもそれには賛成ミャ。というか、ボクたちの危険を減らす為に、準備はおこたっちゃだめミャ」


「でしょ? だから、買い物に行こう、かっこ決め顔」


 ンザールゥは笑顔を作りながら手を真っすぐあげる。


「ボクも買い物に行きたかったミャ」


「で、それだけじゃないんだけど、かっこ流し目」


 頬に指を当てながら小首をかしげるンザールゥ。


「まだ何かあるミャ?」


「ワガママかもしれないんだけど、オレが安全にアーノルド君探しが出来るように、ンザールゥにもしっかりと準備して貰いたい、かっこ冷静」


「それは心配しなくていいミャ。ボクも危険な目にあいたくないミャ。いっぱい持ち物持って行くミャ」


「うん、それはそうなんだけど。そうだな……例えば両手にマシンガンを持ったり、両方の手に電動のこぎりを装備、または刃物の武器を体中に巻き付けていって、多くの戦いをこなせるようにしたり、他には――」


 ンザールゥは尻尾を左右に激しく振って、たじろぎながらマサルンの話をさえぎる。


「ミャーッ! 流石に安全の為でも、そこまでは出来ないミャー!」


 かわいた笑みを浮かべながら肩をすくませるマサルン。


下段げだん中段ちゅうだん上段じょうだんだよ。……よし! ウジウジしてても意味が無いから、さっさと行動に移そう! かっこ決め顔」


 ンザールゥは肩を落としながら小さくため息をつく。


「それはこっちの台詞ミャ。結構長い時間を無駄にしたミャ。早くアーノルド君を助けに行くミャ」


 眉尻を上げながら鋭い眼差しを作り、素早く背筋を真っすぐ伸ばすマサルン。


「了解しました、隊長! かっこ決め顔」


 そして、マサルンとンザールゥは一緒に薄暗い空を突き進んでいく。


 ンザールゥは移動しながら首を忙しく動かし、周囲を見渡す。


「ミャッ! いろんなおうちが明るくなってるミャ」


「えっ? まさかこんな時に『綺麗だミャー』とか言うつもりですか? かっこ真顔」


 笑顔を浮かべながら両手をあげるンザールゥ。


「綺麗だミャー」


 マサルンは目を見開きながらひるむ。


「お、おおう。いやいや、オレに合わせただけだろ! かっこ流し目」


 微笑みながら小首をかしげるンザールゥ。


「ボクは薄暗くても周りが見えるミャ。けど、マサルンは大丈夫ミャ?」


 マサルンも微笑みながら親指を立てる。


「オレも真っ暗の中でも見えるよ。しかも、ずぅーっと遠くまでハッキリとね、かっこ決め顔」


 肩をすくめながら硬い笑顔を作るンザールゥ。


「流石にそれは嘘ミャ」


 マサルンは口に手を当てながら言葉を漏らす。


「更に、ンザールゥが身に着けているモノの色も見えてるぞ! グォフェォッフェゥィッ! かっこニヤリ」


 引きつった顔を作りながら首をかしげるンザールゥ。


「それも冗談ミャ?」


 マサルンは口の端を大きく上げる。


「本当だよ、かっこニヤリ」


 目を細め、微笑みながら頭の後ろで手を組むンザールゥ。


「ミャー、それじゃあ、色を当ててみるミャ」


 マサルンはたじろぎながら親指を立てる。


「えっ、ぁっ、ぅん。任せろ! それじゃあ、色は――」


 頬を赤く染めて、両手を前に突き出し左右に振るンザールゥ。


「ミャー! やっぱりいいミャ!」


 マサルンはとぼけた顔を作りながら小首をかしげる。


「『いい』って、当ててくださいって事ですかぁ? かっこニヤリ」


 高速で首を横に振るンザールゥ、


「なんだか、本当に当てそうな気がしたミャ。言わなくても大丈夫ミャ」


「まぁ、冗談は置いといて。……正直言うと、今ンザールゥを見失ったら、迷子になる自信はある。薄暗い! かっこ決め顔」


 ンザールゥは眉尻を下げながらため息をつく。


「そんな自信満々に言うような事じゃないミャー」


「じゃあ要望にお応えして、かっこ冷静」


 手を目元に添えながら幼い声を出すマサルン。


「ぃまンザールゥちゃんを見失ったら、迷子になっちゃぅょー、かっこ涙目」


「ミャー、仕方ないミャー。アーノルド君を探す前に、マサルンを探す手間が増えるのはイヤミャ。手を繋ぐミャ」


 マサルンは目を見開きながら首を横に振る。


「えっ、ヤダ。なんかオレが連れまわされてる感じに見えちゃうじゃん! かっこ冷や汗」


「贅沢言わないミャ!」


 マサルンの片手に向けて手を伸ばすンザールゥ。そして、マサルンの手を強く握りしめる。


 マサルンは笑顔を浮かべながら甘い声を漏らす。


「あっ、かっこ微笑ほほえみ」


 ンザールゥは頬を赤く染めながらこわばった顔を作り、尻尾を上げる。


「変な声ださないミャー!」


「ンザールゥの手って、こんなに柔らかかったっけ? かっこ笑い」


「そんなこと言われると、何だか恥ずかしいミャ」


 周辺の家から放たれるわずかかな光が、マサルンとンザールゥを優しく包み込む。




 一方、浮遊樹ふゆうじゅは数回ほど体をきしませる。


(でぁーっ! 静かになったー!)


 浮遊樹は(ふゆうじゅ)は静寂に包まれた宙をただよい続けた。

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