【8話 恐怖に打ち勝つミャ】

 カイルを照らす太陽の明かりは殆ど無くなりかけていて、マサルンとンザールゥも薄暗い体の色をまとっていた。


 そして、マサルンは空中を移動しながら言葉を漏らす。


「アーノルド君の情報が無事手に入ってよかったね。いや、無事では無いんだけどさ、かっこ冷や汗」


「ボクたちの活躍で、事件の解決に一歩近づいたミャ」


「えっ? ”たち”って? ”マサルンの活躍で”だろ? かっこ真顔」


 頬を膨らませながら拳を振り上げるンザールゥ。


「ミャー! ボクも一緒に頑張ってたミャー!」


 マサルンは肩をすくめながらかわいた笑みを浮かべる。


「そんなこと言うと、今まで怒った事が無いオレも怒りを抑える事が出来なくなっちゃうぞ? かっこ冷静」


 尻尾を下げて目を細めるンザールゥ。


「今まで何度も怒ってるところを見た覚えがあるミャー」


「そうやって記憶を改ざんして、オレが短気なやつになるようにしてるんだろ? かっこ冷や汗」


 マサルンは腕で目を隠しながら語気を強める。


「ンザールゥの考えは分かってるんだよ! くそぅ! かっこ涙目」


「ボクがおこりんぼさんになっていく気がするミャー」


 腕を組みながら首をかしげるマサルン。


「え、実際そうでしょ? ルゥク君がなかなか情報くれないから、顔を赤くして拳をルゥク君の頭にお見舞いしてたよね? かっこ冷や汗」


 ンザールゥは肩を落としながらなげく。


「一体マサルンは何を見てたんだミャー」


「うん? それの答えを言った方が良い? かっこ真顔」


「ミャー、どっちでもいいミャー」


 笑顔を浮かべながら手を叩くマサルン。


「おこりんぼさんは人の話を聞かないからなぁ、やっぱりオレの意見が正しい! かっこ決め顔」


「ミャー! やっぱり聞くミャー!」


 ンザールゥは硬い笑みを浮かべながら小首をかしげ、頬の近くで手を合わせる。


「聞かせて欲しいミャー?」


「本当? 怒ったりしない? かっこ流し目」


「大丈夫ミャ……って、ボクも今まで怒った事ないミャ」


「一日一回は怒ってるような、かっこ真顔」


 ンザールゥは尻尾を左右に勢いよく振り、拳を振り上げる。


「ミャー! 話を続けるミャー!」


 両手で顔を押さえながらなげくマサルン。


「ンザールゥは今日一日ずっと鼻ちょうちんを作りながら寝てばっかりで、本当に役に立たなかったよ、かっこ涙目」


 ンザールゥは眉尻を下げながら肩を落とす。


「聞かなくてもいい話だったミャー」


「それで、アーノルド君の事はどうしようか? かっこ真顔」


「サラさんにアーノルド君がどういう状況なのか教えてあげるのが良い気がするミャ」


「それだったら、オレ達が直接警察に今の状況を教えてあげた方が良くない? かっこ冷静」


 眉をひそめながら腕を組むンザールゥ。


「警察の人に教えてあげても、さっきみたいに忙しいからって断られるミャ。助けるために全力で動いてくれなさそうミャ。その方法をとるなら、ボクたちが直接アーノルド君を助けに行った方が良いミャ」


 マサルンは肩をすくめながら硬い笑顔を浮かべる。


「いやいや、そこまでオレ達がしなくてもいいでしょ。警察に後の事は任せて、オレ達はアーノルド君が無事に戻って来るのを祈るのが最善でしょ、かっこ冷や汗」


 眉尻を上げながら語気を強めるンザールゥ。


「その祈ってる間に、カイルの外にいるアーノルド君が危険な目に遭う可能性が増えていくミャ」


「……つまり、ンザールゥはどうしたいんだい? かっこ冷静」


 ンザールゥは眉尻を上げながら拳をかかげる。


「今すぐボクたちがアーノルド君を探しに行くミャ」


「いやいや、いくらなんでも話が飛躍し過ぎでしょう、かっこ冷や汗」


「警察の人も含めて大人の皆は忙しくて動いてくれ無さそうミャ。時間に余裕があってすぐに動けるボクたちが行くべきだと思うミャ」


 肩を落としながらンザールゥに細めた目を向けるマサルン。


「うーん、それじゃあ、ンザールゥが一人で助けに行くってのは? オレの道具全部貸してあげるからさ、かっこ流し目」


「ボク一人だけじゃ絶対に成功できないミャ。マサルンも一緒に来て欲しいミャ」


「うーん」


 マサルンは頭を掻きながら近くに浮かんでいる浮遊樹ふゆうじゅにゆっくりと近づいていく。そして、枝の上に優しく腰を下ろす。


 浮遊樹ふゆうじゅは全長六メートル程をしている。茶色い太い幹からは数本の枝が二メートル程伸びていて、その先には緑色の葉っぱを何枚も付けていた。


 太陽の光が殆ど無くなっているので、明かりで照らされていない浮遊樹ふゆうじゅは黒に近い色をしている。


 一方、ンザールゥも手を後ろで組みながらマサルンにゆっくりと近づいていく。それから、マサルンの隣にゆっくり座る。


「ミャー、マサルンのアーノルド君を助けたい気持ちが強くなかったら、最初から引き受けてなかったミャ」


 眉尻を下げながら下に広がる空を眺めるマサルン。


「いやぁ、ンザールゥも一緒に居ただろ? 最初からあんまり乗る気じゃなかったでしょ?」


 ンザールゥは眉尻を下げながら頭を掻く。


 また、浮遊樹ふゆうじゅは体を重圧感のある音できしませる。


(あの、うるさいので早めにどこかにいって欲しいのですが)


 尻尾を上下に振りながら呟くンザールゥ。


「それでも、助けてあげたい気持ちが無かったら、ここまで積極的に行動してないミャ」


 マサルンは顔をしかめながら頭を抱える。


「だってさ、電気網の内側のカイルでの事件だと思ってたから」


 足を宙で揺らし続けるンザールゥ。


「ボクも最初はそうだったミャ。だから急がないといけないミャ」


「外の事は専門家の大人に任せようよ。警察だっていつまでも事件に追われてるわけじゃないんだし、そのうちアーノルド君を探すための人員が増えていくでしょ」


 ンザールゥは眉尻を上げて語気を強める。


「そのうちの間にアーノルド君に起こる出来事を考えたら、ボクたちが動くべきミャ」


「オレ達がアーノルド君を探しに行っても、死にに行くもんでしょ。途中で凶暴な生き物に襲われてオレ達も行方不明になって、探される立場になるだけだよ」


 硬い笑みを作りながら眉尻を下げるンザールゥ。


「そんな事、多分ないミャ」


「多分って何だよ」


 ンザールゥは眉尻を上げながら拳を掲げる。


「マサルンはじゃんけんが強いから、警察の人にも負けないくらいの戦闘力があるはずミャ」


「いやいや、流石にそれは買い被り過ぎだよ。オレだってじゃんけんで負ける時はあるんだし、やっぱり普通だよ」


「そんな事ないミャ。普通の人は、勝負した回数のうち半分以上勝つのは無理ミャ。警察の人でもそんなに強い人はいないはずミャ」


 かわいた笑みを浮かべながらンザールゥを見つめるマサルン。


「それだったらさ、ンザールゥも強いじゃん。オレはじゃんけんでンザールゥのこと警戒してるし、強いと思ってるよ」


 ンザールゥは硬い笑顔を作りながら頭を掻く。


「ミャー、そうかミャ? ボクはマサルンの事よく知ってるから裏をかけてるだけだと思うミャ。他の誰かと戦ったら、ボロボロに負かされちゃうミャー」


「ンザールゥこそ謙遜けんそんするなって。本当はオレより強いかもしれないよ」


「たとえそうだとしたら、マサルンがじゃんけん強いと思ってるボクと、ボクがじゃんけん強いと思ってるマサルンの二人でアーノルド君を探しに行けば、上手くいくと思わないかミャ?」


 眉尻を下げながら首を横に振るマサルン。


「うーん、思わないよ」


 ンザールゥは目を見開きながら顔をこわばらせる。


「なんでミャー!」


「オレ達が強くても、それ以上に強い凶暴な生き物と遭遇してしまったら意味が無いよ」


 眉尻を上げて拳を二つ顔の近くに作るンザールゥ。


「ボクとマサルンが力を合わせれば、恐ろしい相手が来てもコテンパンに出来るはずミャ! 多分だけどミャ」


 マサルンは小さなため息をつきながら首を横に振る。


「強敵と戦うのが一回だけとは限らない」


「アーノルド君を早く見つけるのも大事ミャ。でも自分達の身の安全も確保しなくちゃダメミャ。時々休憩を挟むミャ、力を回復させていくミャー」


「それに、相手が一匹で襲ってくるかも分からないよ」


「確かに大勢の敵に囲まれちゃったら、ボクたちでも危険な目にあうのは確実ミャ。でも、危険だからって行動しないままだと何も始まらないミャ」


 かわいた笑みをンザールゥに向けるマサルン。


「何も始まらないけど、危険な道を進むオレの人生も始まらない」


 ンザールゥは両手で髪の毛を乱暴にこねくり回す。


「もう一度言うミャ。さっきマサルンが答えた危険は、アーノルド君にも襲い掛かるミャ。そもそも、今も安全な状況なのかも怪しいミャ」


 深いため息をついた後、引きつった顔を作るマサルン。


「ンザールゥは怖くないの?」


 ンザールゥは高速で首を横に振る。


「怖いミャ。恐怖で本能が引き止めてるミャ」


「ンザールゥの本能が告げてるなら、行かない方が良い気がするんだけど」


「それでも行かなきゃダメミャ」


「はぁ、これじゃあ、話が何も進展しないね」


 腕を組みながら小さくうなずくンザールゥ。


「それには同じ意見ミャ」


 ンザールゥは首をかしげながら上目遣いをする。


「だから、ボクに提案があるミャ。聞いて欲しいミャ」


「拒否するよ」


 頬を膨らませながら拳を振り上げるンザールゥ。


「大事な話だから、聞いて欲しいミャ」


「あっ、あぁ、うん。いいよ、話してみて」


「マサルンとボクとでじゃんけんをするミャ」


 マサルンは小さなため息をつきながら肩をすくめる。


「遊んでる暇は無いでしょ」


「違うミャ! 話を最後まで聞くミャ!」


 眉尻を上げながら拳を掲げるンザールゥ。


「じゃんけんをして、ボクが勝ったらマサルンも一緒にアーノルド君を探しに行くのに参加するミャ」


「んで、オレが勝ったらどうなるの?」


 ンザールゥは頭の後ろで手を組みながら口の端を大きく上げた。


「その時は、ボクの口から言わなくても分かるミャ? ボクの事はよく知ってるミャ?」


「知らないよ」


 微笑みながらマサルンをなだめるンザールゥ。


「ミャーミャー、そんなこと言わないミャ。ここで話してる時間が勿体ないミャ。じゃんけんでこれからの行動を決めるミャ」


「イヤだよ。勝ちか負けでの半分の確率でオレも危ない道を渡らなきゃいけないんでしょ?」


「マサルンはじゃんけんが強いから、もっと高い確率だと思うミャ」


 マサルンは目を細めながらンザールゥを見つめる。


「いや、ンザールゥの方が強いから、実際は六十%位の確率で負けるんだけど」


 両手をあげながら小さな笑顔を浮かべるンザールゥ。


「ミャー、頭の中を空っぽにしてじゃんけんするミャ。そうすれば勝ちか負けの半分の確率になるミャ」


「って言っておいて、ンザールゥは色々考えてじゃんけんしそうなんだけど」


 ンザールゥは目を見開きながら首を横に振った。


「そんな事しないミャ! ボクを信じるミャ!」


 笑顔を作りながら小首をかしげるンザールゥ。


「マサルンもボクの事はよく知ってるミャ?」


 マサルンは肩をすくめながら硬い笑みを浮かべる。


「そこまで詳しくは知らないよ」


 尻尾を左右に強く振りながら両手をあげるンザールゥ。


「細かいこと気にしてたら何も進まないミャー! じゃんけんするミャー!」


「あのさ、一つ確認したい事があるんだけど、いいかな?」


「どうしたミャ?」


 マサルンは頭を撫でながら上目遣いをする。


「自分の身を守るために、全力でじゃんけんしてもいい? 勿論、ンザールゥは手を抜いてね」


「それじゃあボクが不利になるだけだからダメミャー!」


 眉尻を下げながら首をかしげるンザールゥ。


「って言いたいところミャ。でもそんなこと言ったらマサルンはじゃんけんやってくれないミャ?」


 マサルンは素早く首を縦に振る。


「うん、やらないよ」


 硬い笑みを浮かべて、眉尻を下げながら頭を掻くンザールゥ。


「分かったミャー。マサルンは色々考えながらじゃんけんするといいミャー。ボクは気楽にやるミャ」


「なんか、その上から目線の言葉が、ンザールゥがじゃんけん強いって事を証明してる気がするよ」


 微笑みながらゆっくり首を横に振るンザールゥ。


「じゃんけんはやっぱりマサルンの方が強いミャ。その事はすぐにわかるミャ」


「そりゃ、ンザールゥが手を抜くから今回はオレの方が強くなっちゃうからね」


「つまり、ボクがマサルンの事を見抜かなければ、マサルンの元々の強さが発揮されるミャ」


 マサルンは首をかしげながら頭を掻く。


「うーん、そういうもんかなぁ」


 笑顔を浮かべながら親指を立てるンザールゥ。


「とにかく、不利な状況のボクをじゃんけんで打ち負かすミャ」


「あっ、あと一個だけ聞きたい事があるんだけど」


「ミャ? まだ何かあるミャ? なるべく早く済ませて、アーノルド君を早く助けにいくミャ」


「まだオレも行くって決まったわけじゃないけどね。それで、じゃんけんについてなんだけど、それって普通のだよね?」


 ンザールゥは手の形を丸めたり、二本指を伸ばしたり、手を広げたりと次々と変えていく。


「普通の手だけで遊ぶやつミャ」


「そっか、了解したよ。軽い決闘形式で、ンザールゥの薄暗い中でもよく見える目を使われて、実はオレの方が不利な状況で戦わなければいけない、なんて事にならなくてよかったよ」


「そういう鋭い警戒心も、やっぱり一緒に来て欲しい理由の一つミャ」


「いや、なんたって負けたくないからね! 怪しい事は確認していかないと」


「怪しい事なんてしないミャ」


 硬い笑みを浮かべながら呟くンザールゥ。


「ミャー、勝負の前に深呼吸するミャー、気分を落ち着かせるミャ。二酸化炭素と水分を体に取り込むミャー、光も浴びるミャー。重力じゅうりきとエネルギーも溜めるミャー」


 ンザールゥは両手を横に広げながら何度も深呼吸をする。


 両手を横に伸ばし深く息を吸い込むマサルン。


「そして、怨念を吐息に混ぜて吐き出すっと」


「酸素を吐き出すミャ~!」


 浮遊樹ふゆうじゅとマサルン、ンザールゥの姿に少量の太陽の光が差し込む。でも、明かりの量が足りないので、二者と一本の姿は本来の色の輝きを放てずに、暗闇に染まりかけていた。

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