【6-2】

 マサルンとンザールゥの目の前には、人間が一人で暮らすのに適している大きさの、石材で作られている家が建てられていた。家の外観はわずかな太陽の明かりで照らされて灰色を強調している。


 ンザールゥは眉尻を下げながら灰色の家を眺めた。


「今回はちゃんとおうちの人とお話しできるかミャ?」


 マサルンは無表情のまま小首をかしげる。


「逆に聞いてもいいかい? ンザールゥはここの住人と話が出来ると思う? かっこ真顔」


「ミャー、予想できないミャー。実際にやってみないと分からないミャ」


 ため息をつきながら肩を落とすマサルン。


「頭の良いンザールゥが分からない事が、なんでオレに分かると思ったんだ、かっこ冷や汗」


「なんだかまったく褒められてない気がするミャ。それに、マサルンに聞いた事に後悔してるミャ」


 マサルンとンザールゥが会話を続けていると、家の玄関が勢いよく開かれた。


 玄関の奥には男性が一人佇たたずんでいる。男性は身長百七十二センチメートル程をしていて、家の外観と同じような灰色をした衣装を着ていた。容姿は三十代後半に見えて、怖そうな雰囲気をしている。


 怖そうな男性はマサルンとンザールゥを睨みつけながら怒鳴った。


「おぅいっ! 人の家の前でなぁにペチャクチャしてるんだよっ! さっきからうっせぇんだよ!」


 目を見開きながらたじろぐマサルン。


「えっ!? あっ、うっ、ごめんなさい!」


「ごめんなさぁい、じゃねぇから! お喋りは自分の家に帰ってからしろや! 何で俺の家の前でミャーミャー鳴いてんだよ!」


 マサルンは細めた目をンザールゥに向けながらささやく。


「ほら、ンザールゥがうるさくて迷惑だって、かっこ冷や汗」


 眉尻と尻尾を下げながら肩を落とすンザールゥ。


「ボクだけ喋ってた訳じゃないミャー」


 怖そうな男性はマサルンを指さす。


「いやいやいやっ! お前も十分うるさかったからな!? しかも、女の子を守る事を放棄するとは許せない! 俺が直接罰を与えてやるぞ!」


 マサルンは眉尻を下げながら目から透明な液体をあふれさせる。


「ご、ごめんなさい! そういうつもりじゃなくてですね、ちょっとした冗談ですよ! だから許してくださいよぉ、お兄さぁん」


 硬い笑顔を作りながら手を叩くンザールゥ。


「ミャーミャー、お兄さぁん、ボクたちはいつもこんなやり取りしているミャ、通常運転ミャ。だから、そんなに怒らないで欲しいミャ」


 マサルンを睨みつける怖そうな男性。


「なぁにぃ? つまり、いつも可愛い女の子を守ろうとしてないって事かぁ!? ふざけるなよ! やっぱりお前には、俺が罰を与えて真の男にしてやらないとな!」


 マサルンは目を見開きながらこわばった顔を作る。


「し、真の男になる罰って何ですか?」


「今ここで、俺の目の前で、その接吻チューしろ!」


 顔を引きつらせながら姿勢を崩すマサルン。


 ンザールゥも目を見開き、姿勢を崩しながら呟く。


「ミャゥッ!? 別にボクたち付き合ってるわけじゃないミャ!」 


 高速で何度もうなずくマサルン。


「あの、勘違いしているかもしれませんけど、オレ達はただの友達なんですよ」


 怖そうな男性はとぼけた顔を作る。


「え、あれれ? お前達、恋人アベックじゃないの?」


 顔をしかめさせながら言葉を詰まらせるンザールゥ。


(ミャーン……マサルンとボクは……)


 ンザールゥは眉尻を下げながら小さな笑顔を浮かべる。


「……ミャー、ただのお友達ミャー」


「ふーん。……じゃあ、お前ら今すぐ恋人アベックになれ! それが新しい罰だ!」


「ミャッ!?」


 マサルンは目を見開きながら首を横に振り続ける。


「でぉぁっぽ!? いやいやいや! 突然すぎますって!」


 目から透明な水滴を少しあふれさせながら、人差し指をマサルン達に突き付ける怖そうな男性。


「それでいいんだよ! お前らみたいにきっかけが無くてだらだらずるずると同じ関係を続けていって、結局何も起こらないままお互い別の道を歩むことになるんだよ! 畜生ちくしょう!」


 ンザールゥは眉尻を下げながら硬い笑みを浮かべる。


「まるで実体験かのようなお話ミャー」


 引きつった顔を作りながら頭を掻くマサルン。


「オレ達の事を心配してくれてるのには感謝しますよ」


 マサルンは咳払いをする。


「それで、そんな優しいお兄さんに、ちょっと聞きたい事があるのですが、七歳くらいの男の子って見かけませんでしたか? 昨日の夜から家に戻っていないらしくて、オレたち今その子を探してるんですよ。アーノルドって子なんですけど、何か知ってませんか?」


 無表情のまましばらく黙り込む怖そうな男性。


「知らん。今日はずっと家の中に居たからな、外の情報は一切知らん!」


「そ、そうですか。情報ありがとうございまぁす」


「そんなことより、子供といえばお前たちは欲しいとは思わないのか?」


 怖そうな男性は笑顔を浮かべながら手を叩く。


「あぁぅぁっ! 新しい罰を思いついたぞ! 今すぐオレの前で――」


(うっ、何かイヤな予感がする。必要な情報は手に入れたし、いや、手には入らなかったけど、用事は済んだからさっさとこの場から逃げよう)


 顔をンザールゥの耳元に近づけるマサルン。それから、目を細めながらささやく。


「おい、ンザールゥ、オレにいい考えがある、かっこ冷や汗」


 ンザールゥは小首をかしげながら呟く。


「突然どうしたミャ?」


 目を見開きながら、素早く何もない空中に人差し指を向けるマサルン。


「フェォゥァゥッ! ンザールゥ、あんなところにマグロの刺身盛り合わせが浮いてるぞ! どこかに消えてしまう前に早く口の中に放り込んだ方が良いんじゃないか!? かっこ冷や汗」


 マサルンはンザールゥに引きつった顔を向ける。


(頼む! オレの意図を理解してくれ!)


 マサルンが指さした先を眺める怖そうな男性。


「あぁ? 刺身盛り合わせ? どこにあるんだよ?」


 ンザールゥも笑顔を浮かべながらマサルンが指さした方向を見つめる。


「ミャ!? マグロのお刺身どこミャ!?」


 小さなため息をつきながら尻尾を下げるンザールゥ。


「……って、ボクでもそれが嘘なの分かっちゃうミャ」


 マサルンは眉尻を下げながら頭を抱える。


(でぉっかっ! こういう時に頭がえてるところ見せて欲しいのにぃ!)


 口の端を大きく上げながらマサルンを見つめる怖そうな男性。


「はぁん、分かったぞぅぁ! 変な事を言って時間を稼ごうとしただろう? ダメだダメだ、こういうのはな、勢いが大事なんだよ! しかも、オレに見守られてる事によって、凄くエキサイト――」


(あぅぇぁ! 危ない雰囲気フインキになってしまう! 早くここから逃げないと! もう一回、もう一回きっかけを作ってみよう! 頼むからンザールゥ気付いてくれ!)


 大声で叫び、怖そうな男性の言葉をさえぎるマサルン。


「ぎぉぅふぇっぁ! ンザールゥ、あんなところに、口に含むだけでこの先一年は幸せな事が起こり続ける幻の食材、ハピハピサスィームィーが浮かんでいるぞ! かっこ驚き」


 マサルンは目を見開きながら何もない空中を指さす。


「しかも、幻といわれるだけあって、目撃してから一分以内に手に入れないとすぐに凄まじい速度でどこか遠くに飛んで行っちゃうぞ! これは、今すぐオレ達が手に入れて幸せにならないといけないなぁ!? ぢぉぁぃうあ! 今こうして喋ってる間にもハピハピサスィームィーを見失うまでの残り時間が減ってっちゃうぞぉ! 急がないと間に合わないかもしれないなぁ!? ふぉぁっつぇ!? 器用なンザールゥだったら間に合う事が出来るんじゃないだろうか!? かっこ冷静」


 額に手をかざしながらマサルンが指さす方向を眺める怖そうな男性。


「おぉん? 口に入れただけで幸せになれる食材? 何を言ってるんだお前は? そんなものがあったら俺も一口食べて少しでも幸せになりてぇよ」


 ンザールゥは目を見開きながら笑顔を浮かべ、尻尾も立てる。


「ミャー! ボクが取ってきてあげるミャー!」


 大きな声を上げながら空中に飛び上がり、空の中を突き進んでいくンザールゥ。


「幸せになるミャー!」


 マサルンは顔をしかめさせながら地団駄じだんだを踏む。


「ンザールゥッ、オレを置いていくなよー! 優しい振りして、独り占めするのは分かってるんだぞー! くぅー、オレも負けてられないや! かっこ笑い」


 体を宙に浮かせて、ンザールゥの背中を追いかけるマサルン。


「待て待てー! 二人で分けるんだぞー! かっこ苦笑い」


 怖そうな男性はマサルンとンザールゥに向かって怒鳴る。


「おい! どっか行く前に、俺の目の前で罰を済ませていってくれ! オレに幸せな一時ひとときを与えてくれ!」


 怖そうな男性の怒鳴り声は静かな宙に響き渡り、やがて静寂に飲み込まれた。

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