【4-2】

 アヒルをめぐって会話が弾んでいたその時、玄関の扉が何者かに叩かれている音を発し始めた。


 マサルンとンザールゥ、マサルンママは同時に大きく叫ぶ。


「入ってまーす!」


「入ってるミャー!」


「入ってますよー!」


 玄関がゆっくりと開かれ、隙間から外に立っている者の姿が現れた。


 訪問者は二十代後半の容姿をしていて、身長は百七十センチメートル程で、茶色い髪を背中まで伸ばしている。


 長髪の女性は顔をしかめながら呟く。


れそうっ!」


 マサルンたち三人組は微笑みながら語気を強める。


「トイレ空いてますよ!」


「トイレ空いてるミャ!」


「トイレ空いていますよ!」


 引きつった笑顔を浮かべる長髪の女性。


(この人たちは何を言っているのかしら?)


 それから、長髪の女性は眉をひそめながらンザールゥを睨みつける。


(しかも、なんか臭うと思ったら、トイレからじゃなくてキャヒュマンット猫人間からじゃない!)


 長髪の女性は一瞬言葉を詰まらせる。それから、口を押えながら言葉を漏らす。


「そうじゃないのよ。悲しくて目から涙がれそうなの」


 首をかしげながら尻尾の先を小さく振るンザールゥ。


「ミャ? あの、お姉さん、それを言うなら、”あふれそう”――」


 マサルンはンザールゥの尻尾を優しく撫でる。


 そして、ンザールゥは目を見開きながら体を震わせた。


「ってミャッ!?」


 ンザールゥの耳元に顔を近づけ、小さくささやくマサルン。


「大人のレデーは、細かいこと気にしないの、かっこ微笑ほほえみ」


 ンザールゥは小さくうなずきながらささやき返す。


「分かったミャ。大人のレデーになるために気をつけるミャ」


 一方、目を両手でおおいい隠す長髪の女性。


「もうあふれ過ぎて、枯れるほど涙を流す事態になってるんです」


 マサルンママは眉尻を下げながら顎に手を添える。


「あの、よろしかったら涙をながす程の出来事について詳しく聞いても良いですか?」


「ええ、そうですね。……あの、息子を見かけませんでしたか?」


 手を叩き、深くうなずくマサルンママ。


「見かけてますよ!」


 長髪の女性は目を見開きながら語気を強める。


「えっ、本当ですか!? どこで見かけましたか!?」


 マサルンママは眉尻を上げながらマサルンを指さす。


「この子が私の息子ですっ!」


 頭を撫でながら軽く頭を下げるマサルン。


「どうも、このお母さんの息子です」


 ンザールゥも一緒に少し頭を下げながら頭を撫でる。


「その息子の友達のンザールゥミャ」


 引きつった顔を浮かべる長髪の女性。そして、すぐに自分の顔を指差す。


「そちらの息子さんの事じゃないです! 私の息子です!」


 マサルンママはこわばった顔を浮かべる。


(冗談が通じないって事は、事態は相当深刻なようね)


 真剣な眼差しを作るマサルン。


(あっ、これは真剣に話を聞かないといけないやつだ)


 ンザールゥは目を見開きながら硬い笑みを浮かべ、マサルンたちを見つめる。


(なんだか雰囲気フインキが変わったミャ)


 頬に手を添えながら呟くマサルンママ。


「そちらの息子さんに何が起こったのですか?」


 長髪の女性は眉尻を下げながら肩を落とす。


「実は、昨日から息子が家に帰って来てなくて」


 顔を両手で押さえる長髪の女性。


「もうどうしたらいいのか」


 マサルンママは指を頬に当てながら首をかしげる。


「悪に憧れたり、家の環境に耐えられなくなって家を出て行ったって可能性はないかしら?」


「悪さに憧れるようにならないようにしっかりと教育しているつもりですし、そもそもまだそんな歳でもないです。厳しく接している訳でもないので、家を出て行く理由は無いかと」


 目を輝かせながら微笑むマサルンママ。


(断言できるとは、立派で素晴らしい奥様だわ)


 マサルンは眉をひそめながら腕を組む。


(親の思いと子供がどう感じているかは違うからなぁ)


 目を輝かせながら尻尾をくねくねさせるンザールゥ。


(わるい事に憧れるのはいけない事だけど、カッコいいミャ!)


 マサルンママは深くうなずき、小さく笑う。


「そこまで自信たっぷりで言うんでしたら、きっと自分から家に出て行った可能性は無いでしょう! 愛情を沢山与えられてすこやか育ったんですね」


 微笑みながら小さくうなずく長髪の女性。


「ええ、勿論よ。昨日まで元気に私の事を、『お母さん』って呼びながら元気に甘えて来てましたもの。そんな私のいとしい息子が突然姿を見せなくなってしまって、どうしたらいいか分からないのよ」


「……あのー、重要な事を聞いても良いでしょうか? 今話してくださったことは、もう既に警察には伝えてあるのでしょうか?」


 マサルンは拳を掲げながら語気を強める。


「そうですよ! 普通の一般家庭に事情を説明しに来るよりも、まずは警察に助けを求めたほうがいいですって!」


 二つの拳を顔の近くで小さくかかげるンザールゥ。


「警察の助けを借りたほうがいいミャ!」


 長髪の女性は肩を落としながらため息をつく。


「警察には昨日の夜に行ってきました。外が暗くなって夕ご飯の時間になっても家に帰ってこなかったので、息子の身に何かあったんじゃないかと、すぐに助けを求めに……」


 眉尻を下げながら頭を掻くマサルンママ。


「それじゃあ、警察の方達と一緒に可愛い息子さんを探した方がよろしいんじゃなくて? 今ここで喋っていても見つかりませんよ?」


「それが、ダメなんですよっ」


「えっ、もしかして体調が良くなくて自分で探す事が出来ないとかでしょうか?」


「昨日の夜、すぐに警察には行きました。でも、この町で事件が多く起こっていて、息子を探すために人員を割くことが難しいそうなんです。勿論何もしてくれないって訳でもなく、一人や二人は動いてくれるそうなんですが、他の事件が解決して人手が戻るまでは、少人数で息子を探さなくてはいけなくって……」


「あの、息子さんって、おいくつでしたかしら?」


「七歳です。まだまだ世の中の事を分かっていない子供ですよ」


 長髪の女性は目を見開きながら語気を強める。


「そんな子が一人で無事にいられるはずないわ!」


(そんなに幼い子だと、心配になってしまうのは無理もないわね)


 腕を組みながら眉をひそめるマサルン。


(小さな子供が家に帰らないのはおかしい! 危険な香りがする!)


 ンザールゥも眉尻を下げながら腕を組む。


(ボクより歳がいっぱい離れてるミャー、ママと会えなくて寂しい思いしてるはずミャ)


 宙を軽く叩きながら長髪の女性をなだめるマサルンママ。


「まぁまぁ、心配なのは分かりますけど、落ち着いてください、ね? 町の周囲には電気網が張り巡らされているので、そんなに心配しなくても大丈夫かと」


 長髪の女性は頭を抱えながら語気を強める。


「敵は自然の脅威だけじゃないですわ!」


 視線をンザールゥに向ける長髪の女性。


「町に住む者全員が善人というわけではないですし、変わったやからと接触しているかもしれないじゃないですか!」


 ンザールゥは頭を掻きながら眉尻と尻尾を下げる。


(なんか今すこし不愉快な気持ちになった気がするミャ)


 大きなため息をつくマサルンママ。


「確かに、町の中でも危険が無いとは言い切れませんね」


 それから、マサルンママは深くうなずく。


「……なるほど、大体の事情は分かりました。ここは私も微力ですが、助けになろうじゃないですか」


 長髪の女性は目を見開きながら口の端を大きく上げる。


「まぁっ、本当ですか!? どうか助けてください!」


 こわばった顔を浮かべながらマサルンママを見つめるマサルン。


「お母さん、なるべく危険な事には足突っ込まないでね」


 ンザールゥも眉尻を下げて硬い笑みをマサルンママに向ける。


「マサルンママの出来る範囲で頑張るミャ」


 首をかしげながらとぼけた顔を浮かべるマサルンママ。


「え? 二人とも、何を言ってるの?」


 マサルンは無表情で小首をかしげる。


「えっ?」


 首をかしげながら硬い笑みを浮かべるンザールゥ。


「ミャ?」


 マサルンママはマサルンの背中に手を添えながら微笑む。


「私の息子をお貸ししますので、どうかサラさんの息子さんの捜索そうさくに役立ててください」


 目を見開きながらたじろぐマサルン。


「えぇっ!? なんでオレが!? オレが協力しますっていつ言ったよ!?」


 マサルンママは親指を立てながら笑顔を作る。


「どうせ明日時間空いてるんでしょ? 手伝ってあげなさい」


(うっ! 明日時間余りまくりだよぉ!)


 引きつった顔をンザールゥに向けるマサルン。


「オレ、明日は予定が詰まってるよ! ね、ンザールゥ? オレ達、忙しいよね?」


 ンザールゥは小首をかしげた。


「ミャ? 明日も一緒に釣りに行くって――」


 マサルンはンザールゥの尻尾をいやらしく触れる。


 目を見開きながら小さく飛び跳ねるンザールゥ。


「ミャッ!?」


 マサルンは顔をンザールゥの耳元に近づけてささやく。


「大人のレデーはこういう時、空気を読むのが大事だよ、かっこ真顔」


「ボクは立派な大人のレデーだから、バッチリ空気を読むミャ」


 目を見開きながら笑顔を浮かべ、手を叩くンザールゥ。


「マサルンは明日の予定はなにもないミャ、今からすぐにお子さんの捜索にいける準備が出来てるミャ」


(こいつっ、何言ってくれてんだ!)


 サラと呼ばれた長髪の女性はマサルンに向けて頭を下げる。


「お願いします! 息子を助けてください!」


 目を見開きながら自分の顔を指さすマサルン。


「どうしてオレなんですか!? ここら辺に住んでいる人みんな優しくて暇な人多いでしょ!」


「勿論他の家にも訪問しました。でも、『見かけたらすぐに教える』といったような積極的に手を貸してくれる人が少ないのが不安で。沢山の方が力を貸してくれるのはありがたいんですけど……」


「そんなにたくさんの人が協力してくれるなら、オレの助けなんて些細ささいなもんですよ」


「お礼はしっかりと出しますので、どうか息子を頼みます! 出来れば、積極的に!」


「じゃあ、オレも行方不明のお子さんを見かけたら、連れて行きますよ」


「時間が空いてるのでしょう!? もう少し意欲的に手伝って頂けませんか!? ンサ電池五本を報酬にしますから!」


 マサルンは両手を前に突き出し、小さく左右に振る。


「いや、そういう問題じゃなくてですね、もっと他に優秀な助けになってくれる方に使った方が良いのでは?」


「私の目には、君が優秀な救世主に見えていますよ! ンサ電池十本ならどうですか?」


(え、ンサ電池十本もくれるの!? でも、子供を見つける自信ないしなぁ)


 こわばった顔を作りながら首を横に振るマサルン。


「買い被りすぎですよ! オレなんかへっぽこな奴ですって!」


 マサルンママは両手で顔を隠しながら言葉を漏らす。


「私の可愛い息子は立派だと思っていたのに!」


 眉尻を上げて両手を腰に当てるマサルン。


「いやいや! これでも普通なりに立派に頑張って生きてますよ、うん!」


 マサルンは引きつった顔を浮かべながら肩を落とす。


「いや、やっぱりへなちょこ野郎」


 目を見開きながら口の端を上げるサラ。


「そんな立派な君に、是非手伝って欲しいわ! 今ならバッテリーも一個付けますよ!」


 ンザールゥは笑顔を浮かべながら両手をあげた。


「豪華な報酬ミャ! その案件、マサルンが引き受けるミャ!」


 片手を左右に大きく振るマサルンママ。


「そんなにお礼受け取れませんよ! マサルン、奉仕活動としてサラさん達を助けてあげなさい!」


 マサルンは顔を引きつらせる。


「なんですか、この拒否する権利が無い流れは」


 肩を落としながら深くため息をつくマサルン。


「まぁ、そこまで頼まれたら断ること出来なくなりましたよ。やりますよ、息子さん探してみます」


 サラは目から透明な液体をあふれさせながら頭を深く下げる。


「ありがとうございます! やはり私の判断は間違っていなかった! 君からは救世主の雰囲気オーラを感じていましたよ!」


「えっ、それは言いすぎですよ! それにまだ見つけれてないですし、オレが見つけ出す保証も無いので期待しないでくださいね」


 腰に手を当て胸を張りながら微笑むマサルンママ。


「いいえ! 私の息子ならきっと無事に見つけてきますよ!」


 マサルンはたじろぎながら語気を強める。


「何を根拠に言ってるんだよ!」


 微笑みながら拳を突きあげるンザールゥ。


「きっとマサルンならやり遂げるミャ」


 マサルンママは首をかしげながら手を頬に当てる。


「あの、サラさんのお子さんのお名前を聞いてもよろしくて?」


 サラは顔の近くで手を合わせる。


「あれ、まだ言ってませんでしたっけ? アーノルドです」


 一瞬、マサルンママとマサルン、ンザールゥは言葉を詰まらせ、辺りは静寂に包まれてしまう。


 そして、マサルンママは小さくうなずく。


(たくましい名前! きっと素敵な子供に育って欲しいという思いが込められている名前なんだわ)


 目を見開きながら体を震わせるマサルン。


(なんて素晴らしい名前なんだ! 将来オレより美男子になるのは間違いない)


 ンザールゥは尻尾をくねらせながら微笑む。


(かっこよくて強そうな名前ミャ)


 手を叩きながらマサルンを見つめるマサルンママ。


「アーノルド君ね! 名前が分かったなら、探すのも楽になったわね……ねっ? マサルン」


 マサルンは頭を掻きながら硬い笑みを作る。


「うん。頑張って探してみるよ」


 笑顔を浮かべながら深く頭を下げるサラ。


「ありがとうございます! どうか、息子の事をよろしくお願いします、本当に!」


 サラは軽く頭を下げながら扉を開けていく。


「では、私も息子を探すのを頑張らないといけないので、ここら辺で失礼します」


 マサルンママは軽く手を振りながらサラを見送る。


「アーノルド君が早く無事に帰ってくるのを私も願っています」


 サラは頭を一回深く下げると、扉を勢いよく閉めていく。そして、玄関に大きな衝突音が響き渡った。


 目を見開きながら体を一瞬震わせるンザールゥ。


 マサルンママは頬に手を当てながら首をかしげる。


「えっ? 怒ってたのかしら?」


 マサルンは腕を組みながら眉をひそめる。


「急いでたのかな? まぁ、大事なアーノルド君の事で頭がいっぱいだろうし、かっこ冷や汗」


 頭を掻きながら微笑むンザールゥ。


「きっと、戸締りをしっかりする性格ミャ」


 ンザールゥは尻尾の先を揺らしながら玄関を見つめた。

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