【3-4】

 結局、マサルン達のその日の釣果ちょうかはアヒル一匹だけだった。


 二人はそれぞれ自分の釣り竿と釣った獲物を入れるためのかご、様々な釣り道具が詰め込まれている収納箱を持ったり、背負う。


 そして、帰る準備を整え終えた二人はそのまま宙に浮かび上がり、空中を移動していく。


 マサルンは浮かべた笑顔をンザールゥに向ける。


「よーし。じゃあ、家までどっちが先に到着できるか競争しない? かっこ笑い」


「いいミャー。ちなみに、負けた方は罰ゲームとかあるミャ?」


 人差し指を立てながら微笑むマサルン。


「罰というほどでは無いけど、負けた方が相手の全力の頭突きを受け止めるってのは? かっこ微笑ほほえみ」


「厳しい罰ミャ! 却下ミャ!」


「わがままだなぁ、かっこ流し目」


 マサルンは肩をすくめながら小さなため息をつく。


「じゃあ、勝った方が負けた方からお菓子おごってもらうってのは? かっこ笑い」


 尻尾を上げて笑顔を作りながらマサルンを指さすンザールゥ。


「それで決まりミャ」


「一年分のお菓子がかかってるんだ、負けられないね! かっこ決め顔」


「もっと厳しくなってるミャ! せめて一日分ミャ」


 ンザールゥは頬に指を当てながら首をかしげる。


「それで、開始の合図はどうするミャ?」


「お互いが一緒に『よーい、どん』って言って、しっかり『どん』まで言い切ったと同時に出発でどう? かっこ冷静」


「シンプルで公平ミャ。それでいいミャ」


「で、そっちの準備はいい? かっこ真顔」


「ボクはいつでも大丈夫ミャ」


 二人は真剣な眼差しを作り、横に並んで同じ方向を眺める。


 それから、しばらく静寂な時間が訪れた。


 吹かれた小さな風が二人の髪を揺らしていく。


 そして、マサルンは微笑みながら沈黙を破る。


「よし、じゃあいこうか、せーの」


「よーい、どんミャ」


「よーい、おいどん、うどんが食べたいどす、かっこ涙目」


 眉尻を下げながら空中で体を回転させるンザールゥ。


「うどんは残念ながら品切れ中ミャ!」


 マサルンは口に手を当てて微笑む。


「あら、そうでしたの? じゃあカツのドンはありますか? 勝負にカツ為にも食べておきたいですわ、かっこ決め顔」


「おふざけは一回置いといて、もう一度仕切り直しミャ」


「ちなみに、ンザールゥだったらどんな面白いこと言うの? かっこ微笑ほほえみ」


 顔の前に傾いた十字を両手で作り、顔を横に振るンザールゥ。


「面白くないから言わないミャ。けど、面白く無さ過ぎて笑っちゃうかもしれないミャ」


「一回くらいは言いなよ。言ってみなきゃそれが本当に面白いか分からないじゃん? かっこ笑い」


 ンザールゥは頭を掻きながら硬い笑みを浮かべる。


「……ミャー、そこまで言うなら、一回だけやってみるミャ」


「いやー楽しみだなー、大笑いして動けなくなる準備しとくよ、かっこニヤリ」


「やっぱりやめるミャ!」


「ウソ、嘘! ちゃんと聞いてあげるから、面白い掛け声出して出発してみよ? かっこ微笑ほほえみ」


 眉尻を上げながら拳を突き上げるンザールゥ。


「わかったミャー、不安だけどやってみるミャ。渾身の一発をお見舞いするミャ!」


「期待してるよ、かっこ笑い」


 二人は再び横に並んで同じ方向を向く。


 そして、マサルンは鋭い眼差しを作りながら叫ぶ。


「それじゃあ、いくよ。よーい、どん!」


「よーい、どんぶりにいっぱい入ったお米の上に新鮮なお魚のお肉を乗せるミャ」


 尻尾をくねくねと曲げながら呟き続けるンザールゥ。


「それから醤油しょうゆを上から垂らすミャ。それで――」


 一方、マサルンは無言で空の中をすさまじい勢いで移動して行った。


 そして、ンザールゥも無表情を作りながらマサルンの背中を急いで追って行く。

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