【3-2】

 ンザールゥの釣り竿の先端がわずかに上下に揺れていた。


 そして、マサルンは目を見開きながらンザールゥの釣り竿を指さす。


「でぃわっ! ンザールゥ、釣れてる釣れてる! 巻いて!」


「ミャ?」


 ンザールゥは首をかしげた後、すぐに釣り竿に視線を移す。そして、目を見開いて驚く。


「ミャー、気づくのが遅れたミャ!」


 ンザールゥも慌てながら竿を持ちあげて、両手でしっかりと握りしめる。


 釣り竿の持ち手付近にそなわっているボタンを押し込むと、リールが糸を自動でゆっくりと巻き上げていく。


 それから、別のボタンも押すと、ンザールゥの下に張り巡らされている電気網に釣り上げた獲物が通れるほどの穴が出来上がる。


 ンザールゥは顔をしかめながら釣り竿を握り続けた。


「ちょっと重い気がするミャ! きっと大きいお魚さんが掛かってるはずミャ!」


「絶対逃がしちゃダメだよ! 今日の夕飯が豪華になるかはこれで決まるはず!」


「頑張ってみるミャ! ミャーン、でも、竿を持って祈る事しか出来ないミャー」


 ンザールゥが握っている竿が崖側にしばらく引っ張られる。


 一方、マサルンは手を差し出したり引っ込めたりを繰り返す。


「手伝おうか?」


「危なくなったらお願いするミャ!」


 マサルンとンザールゥは静かにリールが糸を巻き取る姿を見守り続ける。


 しかし、ンザールゥの釣り竿はいつの間にか正常な状態に戻っていた。


 マサルンはンザールゥの釣り竿を見つめながら、顔を引きつらせる。


「えっ、獲物は?」


「ミャ? 引っ張る力が無くなったミャ」


 マサルンとンザールゥは数十秒ほどリールが糸を巻き取り終えるのを静かに眺め続けた。


 そして、マサルンは目を見開いて語気を強める。


「釣り針だけって、逃げられてるじゃん!」


 尻尾を左右に激しく振りながらじだんだを踏むンザールゥ。


「ミャーン、お魚さん釣り上げたかったミャー!」


「そのンザールゥの騒がしい声が無かったら、もしかしたら無事に釣り上げていたかもしれないよ、かっこ流し目」


 ンザールゥは尻尾を垂らしながら肩を落とす。


「ミャー、ボクも思ってたこと言わないで欲しいミャ」


 一方、マサルンが設置していた釣り竿の先端が上下に揺れ始めた。


 そして、目を見開きながらマサルンの釣り竿を指さすンザールゥ。


「ミャッ!? 今度はマサルンの竿にお魚さん掛かってるミャ!」


「とか言って、自分の失敗へまをはぐらかそうとしてるでしょ? かっこニヤリ」


「本当ミャ、早く自分の竿見るミャ!」


 マサルンは引きつらせた顔のまま自分の釣り竿に視線を向ける。


 釣り竿の先端は大きく下に引っ張られていた。


 目を見開きながらたじろぐマサルン。


「でぃわぁ、掛かってる! もっと早く教えてよ!」


「すぐ教えてあげたミャ!」


 マサルンはすぐさま釣り竿を持ち上げ、両手で強く握りしめる。


「でゅうっ、ちょっと重いかも」


 ンザールゥは眉尻を下げながら小首をかしげる。


「手伝うミャ?」


「もう少し一人で頑張ってみる」


 鋭い眼差しを作りながら釣り竿のボタンを押し込むマサルン。


 リールが垂らしている糸を徐々に巻き取っていく。

 

 そして、マサルンが別のボタンも押すと、下に張り巡らされている電気網に大きめの穴が出来上がった。


 ンザールゥはマサルンの釣り竿を見つめながら尻尾をくねくねと曲げる。


「このままいけば、無事に釣れるミャ!」


「あともうちょい、これは釣れる!」


 そして、リールが糸を巻き取り終えると同時に、下からアヒルが姿を現す。


 アヒルは暴れたり、重力じゅうりきを使って体を浮かせ遠くに逃げようとした。でも、口に引っかかっている釣り針が、逃げる事を許さない。


 アヒルは口を大きく開けて鳴き出す。


【グゥワァー(イテェ、口が裂けてしまうよぉ! だれか助けてくれぇ!)】


 アヒルの体は白い羽でおおわれ、全長六十五センチメートル程をして、緩やかにとがらせている黄色い口ばしを顔につけている。それから、細い二本の脚も黄色く染めていた。


 ンザールゥは首をかしげながらつつぶやく。


「ミャ、この子は、かもミャ?」


 首をゆっくり横に振るマサルン。


かもじゃないよ、アヒルだと思う。だって色が白いもん」


 マサルンは胸を張りながら威張る。


「残念なことにオレに釣られてしまったという意味でならカモで合ってるけどね、かっこ決め顔」


 羽を大きく羽ばたかせながら鳴き続けるアヒル。


【誰かぁ、助けてくれぇ! このままじゃ食われてしまう! お願いだぁ!】


 ンザールゥはとぼけた顔をしながらアヒルを見つめる。


「カッコつけようとしてるのは分かるミャ。でも、何を言いたいのかよく分からなかったミャー」


 頭を掻きながら尻尾をくねくねと曲げるンザールゥ。


「アヒルかミャー。判別を間違えちゃったミャー。ちなみに、この子は食べたら美味しいミャ?」


「美味しいよ。勿論、生で食べたら素材の味百%で美味しくないから料理しないといけないけど、かっこ冷や汗」


 マサルンは硬い笑みを浮かべながら呟く。


「あぁ、腹ペコのンザールゥなら生で食べても美味しいって言うかもね、かっこ笑い」


 小さなため息をつき、目を細めるンザールゥ。


「お腹空いてても生はイヤミャ、調理されたモノがいいミャ」


 マサルンは笑顔を浮かべながら親指を立てる。


「そっかなぁ? ンザールゥならきっと大丈夫だよ。お腹も壊さないし、自己暗示で美味しく食べれるって、かっこ微笑ほほえみ」


「ボクのお腹は無敵じゃないミャ! それに、好みの味もあるミャ!」


 釣り針をくわえたまま大きく鳴き続けるアヒル。


【誰か、お願いだ! 助けに来てくれぇ!】


 鳴き声は他の音に邪魔される事なく静かな空に響いていった。

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