【3話 なにが釣れるかな】

 地表に何も建てられていない十平方メートル程小さな島が、岩の天井てんじょうから鎖で吊るされている。


 マサルンはその島の端に腰掛けていた。それから、股の近くに設置している釣り竿の先端をじっと見つめている。


 太陽の光がマサルンの前方に張り巡らされている電気網の隙間から差し込まれていた。明かりはマサルンの体を斜め下から照らしている。


 電気網の近くでは、薄い水色の制服を着た警察官達が宙に浮かびながら全長九十センチメートル程のアサルトライフルを握りしめていた。そして、網目状あみめじょうの電気網の隙間から外の様子を覗いている。


 一方、マサルンは警察官達の様子を時々観察しながら、竿から垂らしている糸を眺めていた。


(うーん、暇だ。これだけ待たされたら大物が来ないと釣り合わないよ。マグロとか来たら最高なんだけどなぁ)


 ンザールゥもマサルンの横に座りながら尻尾を左右に激しく振り、両足を前後に小さく揺らす。


「ミャー、まったく釣れなくて退屈ミャ! マグロとか掛かって欲しいミャ!」


 顔を引きつらせながら眉尻を下げるマサルン。


「うん、気持ちは分かるよ。でもンザールゥの大きな声で獲物が逃げていく気がするよ。だから、静かにね? かっこ微笑ほほえみ」


 ンザールゥは目を見開きながら手で口を押える。


「ミャッ、ごめんミャ」


 胸の前で両手を交差させて、斜めの十字を作るマサルン。


「うーん、許さない! かっこニヤリ」


 頬を膨らませながらマサルンを指さすンザールゥ。


「マサルンの声も大きいミャ!」


「オレの声が大きくなったのもンザールゥのせいだよ、かっこ流し目」


「人のせいにしないで欲しいミャー、ひどいミャー」


 マサルンは腕で両目を隠す。


「ひどいのは、今朝見たオレの夢の方だよ、かっこ涙目」


 眉尻を下げながら、自分の釣り竿の先端を見つめるンザールゥ。


「ボクはマサルンが見た夢を知らないから、何がひどいのか分からないミャー」


 マサルンは口の端を上げながら親指を立てた。


「うーん、当たり前のこと言ってきたね。六十点! かっこ笑い」


 両手と尻尾をあげながら喜ぶンザールゥ。


「やったミャー! 平均より上ミャー」


「えっ、なにを勘違いしてるんですか? かっこ冷や汗」


 ンザールゥは拳を顎に当てながら首をかしげる。


「五十点より上の点数ミャ、平均より良いって事じゃないミャ?」


「百五十点満点中の六十点だよ、かっこ冷静」


 眉尻を上げながら硬い笑みを作り、拳を振り上げるンザールゥ。


「ミャー、どうして中途半端な数字なんだミャー!」


「ちなみに、ンザールゥは最近なんか夢を見てたりするの? かっこ冷静」


 ンザールゥは尻尾の先を小さく揺らしながら口の端を上げる。


「ボクはお魚さんをいっぱい釣り上げて、マサルンママに料理してもらったものをみんなで食べたいミャ!」


「そうかそうか、なるほどなるほどー。なんか、ンザールゥがまるでオレの家族のような言葉に聞こえたんだけど、かっこ冷や汗」


「細かい事は気にしないミャ。それに、もう親戚みたいなものミャ」


「気にするよ! こんな騒がしい奴が居た覚えはない! かっこ苦笑い」


 肩を落としながら眉尻を下げるンザールゥ。


「そんなこと言わないで欲しいミャ」


「じゃあ、どんなこと言って欲しいの? かっこ冷や汗」


 ンザールゥは頭を撫でながら小さな笑顔を浮かべる。


「『毎日料理を作ってあげたいミャ。食べてる時のンザールゥの笑顔がオレの生き甲斐ミャ。それだけで幸せで、他には何もいらないミャ』って感じが良いミャ」


「あれれ、それって本当に家族になっていないか? しかも、とても強い絆で、かっこ苦笑い」


「ミャー、確かにそうミャ!」


 頬を少し赤く染めながら片手を横に伸ばし、左右に小さく振るンザールゥ。


「恥ずかしいから、やっぱり今の無しミャ!」


 マサルンはかわいた笑顔を浮かべる。


「じゃあ、家族に近い存在になれるように、家の安全を守るために警備けいびする役割を与えよう、かっこニヤリ」


 眉尻を下げながら顔をこわばらせるンザールゥ。


「ミャーン、出来れば軽微けいびのお仕事がいいミャ」


「うん、だから警備けいびの仕事をさせてあげよう、かっこニヤリ」


「ミャ、軽微けいびのお仕事がやりたいミャ」


「でぃえっ? 警備けいびの仕事をやらせよう、かっこ冷や汗」


「ミャー、軽微けいびのお仕事だったら喜んで引き受けるミャー」


 マサルンは細めた目をンザールゥに向けた。


「ンザールゥ、ごめん。ンザールゥの頭を軽く叩きたくなってきたんだけど、かっこ苦笑い」


 目を細めてマサルンを見つめるンザールゥ。


「ボクもなんだか、マサルンの顔を引っぱたきたくなってるミャー」


「なんだこのやり取り。……まぁ、それは置いといて、夢ってのは希望とかそういうやつじゃなくてさ、時々眠ってる間に見ちゃう、まるで実際に経験してるようなやつだよ、かっこ苦笑い」


「ミャー、そっちの方だったかミャー。ボクはてっきり、今日の目標のこと聞かれたんだと思ってたミャ」


「オレがンザールゥの今日の目標聞いてどうするんだよ、かっこ流し目」


 眉尻を下げながら頭を掻くンザールゥ。


「ボクに興味あると思ったミャー、何でも知りたいって顔してたミャ」


 マサルンは無表情で語気を強める。


「そんな顔するわけないだろ! かっこ真顔」


 眉尻と尻尾を下げるンザールゥ。


「それはそれで傷つくミャ」


「で、今日の朝、あるいは昨日の夜か? ンザールゥは寝ている間に夢は見たの? かっこ冷静」


「ミャー、実は、見ちゃったミャ」


「ふーん、そうなんだ。良かったね、かっこ真顔」


 マサルンは無表情で釣り竿の先を見つめながら呟く。


 目を見開いて怒鳴るンザールゥ。


「ミャッ!? そこは興味持って、どんな内容だったのか聞いてくる場面ミャ! なんで興味無くしてるミャ!」


「だって、本当に興味無いんだもん、かっこ真顔」


「ボク、もう帰りたくなってきたミャ」


 マサルンは眉尻を下げながら口の端を小さく上げる。


下段げだんだよぉ、かっこ冷や汗」


 眉尻を下げながら小さなため息をつくンザールゥ。


上段じょうだんにして欲しいミャ」


「それで、ンザールゥが今朝見た夢の内容を教えて頂けませんでしょうか? かっこ微笑ほほえみ」


 ンザールゥは胸を張りながら眉尻を上げる。


「分かったミャー、ありがたく聞くがいいミャー」


 胸に手を添えながら軽く頭を下げるマサルン。


「ハハー、かっこ真顔」


「でも、その前に確認しておきたい事があるミャー」


「それは一体、なんでございましょうかンザールゥ様、かっこ冷や汗」


 ンザールゥは微笑みながら人差し指を立てる。


「ボクの言葉を聞いて、怒らないように気をつけるミャー」


 無表情で呟くマサルン。


「それは、その時の気分次第で変わると思います、かっこ冷静」


 ンザールゥは眉尻を下げながらこわばった顔を作る。


「出来れば耐えて欲しいミャー」


 軽く頭を下げるマサルン。


「ハハー、かっこ冷静」


「実は、マサルンに追いかけ回されていたミャ」


 マサルンは目を見開いて語気を強める。


「どぅぁっ!? オレの事そんなひどい奴だと思っていたのか!? かっこ涙目」


「ごめんミャ!」


 頭を掻きながら硬い笑みを作るンザールゥ。


「でも、夢の内容はどうにもできないミャ」


「そこはンザールゥの強い意志で、カッコよくてたくましい上に優しい姿になるように変えてくれよ、かっこ冷や汗」


 ンザールゥは尻尾と一緒に眉尻を下げる。


「むずかしい注文言われても困るミャ」


「それで? 夢の中のオレは、最後まで取っておいた大好物を横取りしたンザールゥを追い回して、無事に仕返し成功したのか? かっこ笑い」


「ボクは横取りなんてしないミャー。……あんまりいい気分じゃないけど、追いつかれちゃったミャ」


 拳を掲げながら小さく叫ぶマサルン。


「でゃっぐゃー! オレの勝ちぃ! ンザールゥは夢の中でも本当にダメダメだなぁ、かっこ流し目」


「ボクもそう思うミャ。マサルンのこと返り討ちにしたかったミャ。でも、夢の中のボクは強く無かったミャ」


 ンザールゥは深いため息をつく。


「それで、マサルンが持っていた刃物でボクは怖い思いをするミャ」


「きっとお腹を空かせてたオレは食べちゃったんだろうね、持っていたその刃物を。確かにそんな行動されたら怖いだろう」


 頭を抱えながら体を震わせるマサルン。


「でゃあぁっ、オレがそんなことしてると考えたら、体が震えてきたよ、かっこ苦笑い」


「ミャー、怖いの種類が変わってるミャー!」


「それで、体の中に刃物を取り込んだオレはどうなってしまったんだ? かっこ冷や汗」


「刃物なんて食べてないミャー。夢の中のマサルンはボクに持っている刃物で突き刺して来ようとしたミャ」


「うーん、そんなこと絶対しようと思わないけど、なんか、ごめん、かっこ真顔」


 ンザールゥは首を横に振りながら微笑む。


「分かってるから謝らなくてもいいミャ」


「まさかだけど、オレそのままンザールゥの事を? かっこ冷や汗」


「確かに、そのまま刺されていたら危なかったミャ。でも、そこで目が覚めたミャ」


 笑顔を浮かべながら頭を撫でるンザールゥ。


「ボクが夢の中で体験した出来事は、ここでおしまいミャ」


「ふーん、仕留めそこなったか、かっこ真顔」


 ンザールゥは眉尻を上げながら尻尾を左右に激しく振る。


「そこで残念そうな反応されると、手を出したくなっちゃうミャ」


 深いため息をついた後、小首をかしげるンザールゥ。


「それで、マサルンは今日の朝どんな夢を見たミャ?」


 マサルンは親指を立てながら笑顔を浮かべる。


「え? お魚いっぱい釣って、美味しく料理して、いっぱい食べる夢をみたよ! かっこ決め顔」


「それはボクの真似ミャー」


「どうしても聞きたい? かっこ真顔」


「その質問に答えるとしたら、聞かなくてもいいミャ」


「なら、言わなくていいか、かっこ冷静」


「ミャー、でも言ってくれなきゃ、それはそれで気になっちゃうミャ」


「仕方ないなぁ、そこまでオレの事が大好きなンザールゥのために、語ってやるとするかぁ、かっこ苦笑い」


 両手をあげながら笑顔を作るンザールゥ。


「ミャーン!」


 マサルンは顔を引きつらせながら呟く。


「残念なことに、実はオレも追いかけ回される夢を見てしまったんだ、かっこ冷静」


「残念なことにって言葉がなんだか気になるミャ」


「気になるのはオレのカッコいい部分だけにしとけって、かっこ微笑ほほえみ」


 ンザールゥはとぼけた顔を作りながら首をかしげる。


「ミャ? いま何か言ったミャ? マサルンの夢のこと想像してたら、聞き逃したっぽいミャ」


 マサルンもとぼけた顔を浮かべた。


「いや? まだ何も言ってないけど? 雑音でしょ? かっこ涙目」


「それならよかったミャ。で、どんな夢を見たミャ?」


「うーん、ンザールゥの濃い話を聞いてしまったから、話しづらいんだよなぁ、かっこ冷や汗」


「どうしてそうなるミャ? 人によって見る夢が違うのは当たり前ミャ、気にする事なんてないミャ」


 眉尻を下げながら目の下に手を添えるマサルン。


「もしオレの話を聞いてンザールゥが笑ったら涙を流す自信ある、かっこ涙目」


「たとえボクが笑ったとしても、マサルンは平気な顔してそうミャ」


 マサルンは硬い笑みを浮かべながら語気を強める。


「こっちはンザールゥの様に鈍感じゃなくて、繊細せんさいなハートなのよっ!? かっこ冷静」


 尻尾を強く左右に振りながら怒鳴るンザールゥ。


「ボクのハートも繊細せんさいミャー! ……それで、どんな夢だったミャ?」


「坂道を下りていく夢だったよ、かっこ冷や汗」


 ンザールゥは顎に手を添えて首をかしげる。


「ンミャ? 何も起きてなくて平和そうミャ」


「と思うでしょ? 実はね、かっこ冷や汗」


「実はどうしたミャ?」


「上から大きな岩が転がって来てたんだ、かっこ涙目」


 目を見開きながらたじろぐンザールゥ。


「ミャー! ボクだったら怖くて足が動かなくなるミャー」


 マサルンは上空を指さしながら語気を強める。


「上から来るぞ! 気を付けろ! 足を止めたら押しつぶされちゃう、走って逃げろ! かっこ決め顔」


「分かったミャー、ボクも同じ夢見たら頑張って逃げてみるミャー。でも、自由に動けるか自信無いミャ」


 ンザールゥが握っている竿に視線を移すマサルン。


「ちなみに、針に何の餌つけてるの? かっこ真顔」


「ンミャー、魚肉ソーセージを使ってるミャ」


 マサルンは肩をすくめながらため息をつく。


「マグロ釣りたいならそれじゃダメだよぉ、エビとかイワシとか付けなきゃ、かっこ冷静」


 恥ずかしそうに頭を撫でるンザールゥ。


「ミャー、家に残ってた美味しそうな物がこれしか無かったミャ」


「最近、食いしん坊を発動させちゃった? かっこ流し目」


「ボクのおうちは節約生活を頑張ってる最中ミャ」


 マサルンは口の端を上げながら親指を立てる。


「じゃあ、マグロは無理かもしれないけど、何か大きい獲物を狙うしかないね! かっこ微笑ほほえみ」


「ミャー、おっきいお魚さん掛かって欲しいミャー! あと、食べられる部分が少ないお魚さんは今回はご遠慮願いたいミャ!」


「いやいや、贅沢言うなよ、かっこ流し目」


「骨ばっかりのお魚さんは食べづらくて、美味しくても食べる気が起きないミャ」


 ンザールゥは尻尾を下げながらため息をついた。

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