【2話 ンョシウとンザールゥ】

 赤髪の男性は目の前にいる青髪の女性を眉尻を上げながら睨みつけた。


(大丈夫だ、オレなら勝てる!)


一方、青髪の女性も硬い笑みを浮かべながら赤髪の男性を見つめる。


(ボクが負けるはずないミャ!)


 カイルと名付けられている町の中で、石材で出来た小さな島が空中に何個もぶら下がっていた。そして、約五十平方メートルある地表の端には、黒い鎖が横に一定の間隔を空けて何本も縦に伸びている。


 鎖は上空をずっと遠くまでおおいつくしている岩の天井てんじょうに繋がれていた。それから、下から照らされる太陽の光が、茶色い天井てんじょうにごった色を輝かせていく。


 また、島の中心には赤い外装の家が一軒建てられている。


 赤い家のすぐ近くでは、男性と女性が互いに睨み合っていた。


 男性は十八歳前後に見える容姿で、身長百七十センチメートル程をしていて、濃い赤い髪をしている。前髪は眉毛まで垂らし、後ろ髪は首まで伸ばしていた。目には赤い瞳が宿っていて、目尻が少し吊り上がっており、勇敢ゆうかん雰囲気フインキを漂わせている。下半身は足首まで生地が伸びているボトムス洋袴を履き、上半身には色が薄れた青い長袖の上着を着ていた。それから、前側の中心部には白い文字で、【優しさのかたまり】と書かれている。


 女性も十八歳前後に見える容姿をしていて、約百五十八センチメートルの身長で、あわい青色の細やかな髪をしていた。目の上まで前髪を下ろし、後ろ髪は肩まで垂れていて、頭頂部の髪は上に飛び跳ねている。目の中にあわい青色の瞳があり、少し太めの黒い線が縦に入っていて、目尻がわずかに垂れ下がっていた。上半身は黒い文字で【天才】と前側の中心部に描かれている、色が薄くなった赤い上着を着ている。下半身はボトムス洋袴の生地で腰から足首までをおおっていた。また、あわい青色の三角形をした一対の耳を頭頂部と側頭部の間に着けている。それから、腰の下からは五十センチメートル程のあわい青色の尻尾が伸びていて、胸部に一対の盛り上がりが少しできている。


 赤髪の男性が青髪の女性に向けて指を差す。


「もしオレが勝ったら、いうこと聞いてもらうからなンザールゥ、かっこニヤリ」


 ンザールゥと呼ばれた青髪の女性も、人差し指を赤い髪の男性に向ける。


「分かったミャ。でも、マサルンは勝つつもりでいるミャ? ボクも負けるつもりは無いミャ」


 マサルンと呼ばれた赤髪の男性は、硬い笑みを浮かべながら肩をすくめた。


「強がらなくていいよ、本当は負けるのが怖くて仕方ないんだろ? 体が正直に言ってるぞ、かっこ微笑ほほえみ」


「なにを勘違いしてるミャ? 勝負に負けた時のマサルンの顔を想像してたミャ、笑うのを我慢してたミャ」


 片目を閉じながら顔の近くで手を合わせるンザールゥ。


「ミャッ! もしかして、ボクはマサルンを傷つけてしまったミャ? 謝るミャー、ごめんミャー」


 マサルンは首をゆっくりと左右に振りながら長いため息をつく。


「嘘が下手だなぁ、負ける恐怖に押し潰されてるだけのくせに。あ、おらしをしないように、今のうちにトイレで用を済ませて来ても良いよ? 大丈夫、トイレに行ったからって不戦勝なんかにしないからさ、かっこ苦笑い」


「本当は自分が負けるのが怖くて虚勢きょせいを張ってるんじゃないかミャ? でもトイレには少し行きたいミャ、そこを見抜いた点は評価するミャ」


「わぁ、評価されちゃった!? 嬉しくて涙が出そうだよ。あっ、ンザールゥのこと見抜いたオレが勝ちって事で、かっこ笑い」


 ンザールゥは尻尾をくねくねと曲げながら鋭い目つきをマサルンに向ける。


「それと勝負は別ミャ!」


 睨み合う二人の周囲には緊張感が漂っていた。


 静かな時間が流れていき、小さな風が二人の髪と衣服を揺らしていく。


 そして、マサルンは風が静まったと同時に片腕を振り上げる。


「じゃんけん」


 ンザールゥも片腕を素早く振り上げた。


「じゃんけんっ」


(ンザールゥが出して来る手は何だろうなぁ? えっと、グーを出してくる確率は二十%で、チョキが七十%、パーが十%か。この確率なら深く考えないで、グーを出してンザールゥのチョキを打ち砕こう!)


(『別のボク』が、パーを出しちゃダメだって言ってるミャー。きっとマサルンはチョキを出してくるミャ。もしボクがパーを出したら、マサルンのチョキに負けちゃうミャ。それなら、グーを出してみるミャ)


 マサルンは右手を強く握りしめ、正面に差し出す。


「ぽん」


 一方、右手に拳を作り、目の前に差し出すンザールゥ。


「ぽんっ」


 マサルンとンザールゥは互いの出した指の形を確認し合う。


 そして、マサルンは目を見開きながら体を固めさせる。


(でゃぎぃっ!? チョキを七十%の確率で出してくるって予測できたのに、まさかのグーだって!? 二十%だったのに!)


(ミャー、あいこになっちゃったミャ。でも、負けたわけじゃないミャ)


 引きつった笑いを作りながら頭を掻くマサルン。


「あらら、あいこになっちゃったね。てっきりチョキを出してくると思ったんだけど、読みが外れちゃったかぁ、かっこ冷や汗」


 ンザールゥは頭を撫でながら小さく笑う。


「それはこっちも同じミャ。チョキを出すよって顔してたから、グーを出したミャ。でも、読みが外れちゃったミャー」


 かわいた笑みを浮かべるマサルン。


「オレ、次はグーを出そうかな、かっこニヤリ」


「じゃあ、ボクはパーを出しちゃおうかミャ」


(そのまま素直にパーを出せ、チョキで負かしてやるよ!)


(マサルンの言葉を素直に信じるわけないミャ、きっとチョキを出してくるはずミャ。パーを出したら負けちゃうミャ、グーを出して大逆転するミャ)


 マサルンとンザールゥは互いの顔を睨めつけながら大きく息を吸い込む。


 そして、マサルンは腕を振り上げながら呟く。


「あいこで」


「あいこでっ」


(次に出してくるのはグーが八十%の確率で、チョキが十%。そして、パーも十%で来るかぁ。素直にオレの言葉を信じて百%が来ると思ったけど、そう甘く無いか。それでも、惑わされてこんなかたよった確率なら、今度こそオレが勝てるはず! 必殺のパーでンザールゥのグーを打ち負かしてやる!)


(『別のボク』がパーを出しても勝てないって言ってるミャ! ミャーン、さっきパーを出すって言っちゃったミャ。どうするミャ?)


 勢いよく平手を差し出すマサルン。


「しょ」


 一方、ンザールゥは二本指を伸ばした手を差し出す。


「しょっ」


 目を見開いてンザールゥの手を眺めるマサルン。


「でゃぐっ、なんでぇ!? パーを出すって宣言してたじゃん!? かっこ冷や汗」


「イヤな予感したから、それに従って変えたミャ。マサルンもグーを出す宣言通りじゃないミャ、ボクの直感が正しかったミャ」


 マサルンは腕で両目をおおった。


「こんな時に器用な真似するなよ、かっこ涙目」


 口の端と尻尾を立てながら微笑むンザールゥ。


「ボクが勝ったから、ボクのいう事を聞いてもらうミャー」


 マサルンは首をかしげながらとぼけた顔を浮かべる。


「あれぇ? 三回勝負で、先に二回勝利を掴んだ方が勝ちって約束じゃないっけ? かっこ冷や汗」


「ミャッ! そうだったミャー、忘れる所だったミャー」


「でしょー? だから、まだ勝負は終わってないでしょ? かっこ微笑ほほえみ」


「……ちなみに、今って何戦目ミャ?」


「えっ、今のじゃんけんで二戦目が終わった所だけど、かっこ冷静」


「一戦目の勝ち負けはどうなったか覚えてるミャ?」


「一戦目は、オレの直感が働いてすぐに勝負が決まって、オレの勝ちだったね、かっこニヤリ」


 尻尾を左右に激しく振りながら怒鳴るンザールゥ。


「勝手に記録変えないで欲しいミャ! ボクが勝ったミャ!」


 マサルンは頭を撫でながら微笑む。


「バレちゃった? 覚えてないと思ったのに、かっこ微笑ほほえみ」


「そこまで頓珍漢とんちんかんじゃないミャー」


「じゃあ、かんちんとん? かっこニヤリ」


「意味が分からないミャー」


 人差し指を勢いよくマサルンに向けるンザールゥ。


「とにかく、ボクのいう事を聞くことに決まったミャ」


 ンザールゥは尻尾を上げながら笑顔を浮かべた。

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