第29話

 翌日の木曜日、久々に泉さんが学校を訪れた。

 僕は昼休みにこれまでと同じように泉さんのクラスを訪ねた。

 しかし、泉さんは女子の友人たちに分厚い壁で守られながら逃げてしまった。そんなカテナチオのようなディフェンスができるなら、文清学園戦も無失点にできただろうと皮肉を言ってやりたい。

 その上、どうやらストーカー疑惑がクラス内でも知れ渡ったようで、僕を見る目が少々きつい。彼ら彼女らの中では、振られたのに諦めず追いかける気色悪いボッチ男と認識されているのだろう。

 僕は途方に暮れて教室の机で突っ伏し、果てしなく落ち込んでいた。

 このまま何もできずに、彼女と話すこともなく高校生活を終えるのだろうか。

 そう思うと、胸が苦しくなった。

 言いたいことを言えず、出会うことができなくなった。

 やはり沢田さんとも少し仲よくなっておくべきだっただろうか。そうすれば互いの話をきちんと聞いた上で、もしかしたら仲介役になってくれたかもしれない。

(仲介役……そうか、仲介役!)

 僕は思わず顔を上げた。

 僕から泉さんへの連絡は取れない。沢田さんを経由すれば接触ができるだろう。

 しかし、沢田さんは僕に連絡を取らせる気はない。それは僕の言葉を信用できないからだ。

 であるなら、沢田さんが信頼して、僕のことを信じてもらえるように促すことができる相手がいればいい。

 僕のごく細い人脈の中で、心当たりのある人物がたった一人だけ存在した。


 放課後、僕は帰りのホームルームを終えると、足早に五組の教室へ向かう。

 僕が到着した頃、五組は丁度ホームルームが終わったところであった。

 生徒がぞろぞろと動き出す中、僕はクラス内に目的の人物を発見する。逆立てた髪型と大きな体は、遠くからでも非常に分かり易い。

「隆二」

 僕は隆二の近くまで歩いて行き、彼の背中に呼びかける。

「お? どうした?」

 隆二は僕の突然の来訪に目を丸めた。

「これから部活か?」

「俺は大真面目だから、用事と病気の時以外は休まん」

「そうか。今日、沢田さんと待ち合わせして帰宅したりするか?」

「あぁ、大体いつも一緒に帰ってるよ。何だ? 鈴の隣は貸してやらんぞ」

 隆二は素っ気なく答えて立ち上がる。小学生の頃は同じ目線で話していたが、今では首を上げなければ顔を見ることができない。そんなことに時間の流れを感じた。

「別に求めてねぇよ……でも、そうならよかった。頼みたいことがあるのだが」

「おー、知り合いかー?」

 一人の男が隆二の肩を叩きながら茶化すように問い、会話に横槍を入れる。

 僕は会話を遮られたので、ふと嘆息が漏れた。

 僕はこういうやつが少し嫌いだ。いつも話している友人が自分の知らない人と話していると気になる気持ちは分かるが、節度がないとしか言いようがない。

 その上、この手の輩は僕に対し興味がある訳ではない。単に一人でいるのが嫌だとか、友人と話しをしていた方が楽しいからとか、そんな些細な理由で意味もなく会話を遮る。

「今こいつと話してるだろ。見て分かんねぇのか。先行っててくれ」

「何だよ、つれねーな」

 隆二は少し苛立った様子でそう言うと、男は鞄を背負い直して立ち去った。

 隆二がこうした毅然とした対応をできることに驚いた。それに、威丈高な態度が何だか沢田さんに似ている気がする。道理で気が合うわけだ。

「悪いな」

「なぜ謝る?」

「俺が友達の友達的なやつが会話に介入されたら、ぶん殴りたくなるから」

 隆二はニヤッと笑みを浮かべて、肩を竦める。僕と同じような感想を、隆二も抱いたことがあるのだろう。

「そうか。お前とは気が合うな。僕は早急にそいつを閻魔様に会わせたくなるレベルだ」

「随分と過激派なことで……で、何の用だ?」

「詳しい話は放課後にしたい。僕の今の連絡先を教える」

「分かった。じゃあ、ライ」

「ラインはやってない。電話番号を教えてくれ」

 僕がスマホを出してそう言うと、隆二は驚いた表情をする。

「……この時代にラインやってない高校生いるんだな」

「泉さんにも全く同じ反応をされた」

「そういや、雄輝は部活辞めてから消えてたな。てか、やってた時からクラスのグループとか入ってなかったし、みんなとカラオケとかも行かなかったな」

「時間の無駄だしな。下らん集まりに参加するくらいなら、リフティングでもしていた方が有意義だ」

「ははっ、そういう考え方、嫌いじゃない。ほらよ」

 隆二はスマホ画面に映し出された電話番号を見せる。

 僕は自分のスマホに彼の電話番号を登録する。

「ありがとう。助かるよ」

「いいさ。じゃ、部活終わったら連絡するわ。またな、

 隆二は僕が以前言ったへの当て付けのつもりか、馬鹿にするように笑ってそう言い、手を振って立ち去った。

 僕は隆二にまでその捏造が伝わっていることに少し恐怖した。

 学校全域に広がってしまう前に、早く訂正しようと決意した。

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