第28話

 日曜日が過ぎ、月曜日の昼休み。僕は泉さんのクラスである一組を訪ねた。

 昨日、メッセージで会いたいと送ったが、返信はなく無視されていた。

 クラス内を見回してみるが、泉さんらしき姿はない。生徒の頭髪はみな黒であり、分かり易い栗毛はそこにいない。

「あの、泉さんっています?」

 僕は教室の入り口近くで食事をしていた二人組の女子に訊く。

 二人は顔を見合わせた後、「今日は来てないです」と素っ気なく答えた。

 僕は礼を言ってからその場を立ち去った。そういう時もあるだろうとポジティブに捉え、特に気にはしなかった。

 しかし、翌日になってまた同じ時間に行ってみたが、泉さんはいなかった。メッセージを再三送ったが返信もなく、あからさまに僕を避けているようだった。

 水曜日の昼休みにも泉さんのクラスに向かったが、彼女は来ていないらしかった。やはり三日続けて他クラスの生徒が来たからだろうか、少し視線がきつい。

「ねぇ、石野」

 仕方なく自分のクラスへ戻ろうとしたところ、背後から女子に声をかけられる。

「ん? あぁ、沢田さんか」

 そこにいたのは沢田さんだった。

 そして、僕は泉さんと沢田さんが同じクラスだったのを失念していた。

 沢田さんは泉さんの友人だし、泉さんと僕を繋げてくれる可能性が高い。

「沢田さん、訊きた」

「石野さ、今ちょっといい?」

 沢田さんは僕の言葉に被せ、そう食い気味に問うた。その瞳には蔑みを宿している気がした。

 こうして沢田さんと立って話すのは初めてだが、彼女の身長は僕よりも高いので、非常に威圧感がある。ドスの利いた声を相まって、僕は若干身震いする。

「あぁ、構わないよ」

「オーケー、ちょっとこっち来て」

 僕は言われた通り、沢田さんの後ろを付いていく。

 ほどなくして、喧騒から少し遠ざかった階段の踊り場に来る。

 沢田さんは背中を壁に預けて腕を組む。足が長くスタイルのよい彼女は、そうして立っているだけで様になるし、大人びているので制服のコスプレ感が凄い。

「あんた、ここに呼ばれた理由、どうしてか分かる?」

「皆目見当がつかないということはなくもないし、なきにしもあらずです」

「……?」

「皆目見当がつかな」

「普通に言え」

「泉さんのことでしょ」

「分かってんなら回りくどい言い方すんな……」

 沢田さんは唇を尖らせ、頭を右手で掻いた。短髪が少しぼさっとして、ワイルドさが増して中々似合っている。

「そんなに怖い顔しないでよ。僕、石野なのに本当に石になっちゃうよ。メデューサですらもっと優しい目をしてるよ」

「は? 何それ? 意味分かんないだけど」

 沢田さんは無感動な低い声で呟いた。どうやら剣呑な空気を浄化しようとしたところ、裏目に出てしまったようだ。

 というか、女の子の「は?」「何それ」「意味分かんない」の三連コンボきつ過ぎないですか。心臓砕け散るレベルなんですけど。

「で……あんたをこうして呼んだのは、他でもないゆっきーのことなんだけど」

 沢田さんは一つため息をついてから、僕に向き直る。

「石野、ゆっきーに付き纏うの、やめてくれない?」

 そう威丈高な態度で、沢田さんは唐突に願い出た。

「付き纏う? 何を言ってるんだ?」

 沢田さんの言っていることがさっぱり分からない。

「とぼけても無駄。ゆっきーから聞いたよ。あんたから告白されて断ったのに、しつこく連絡を寄越してきて、凄い困ってるって。学校に行くのも嫌だって」

 僕は後頭部を掻いた。恐らく、泉さんが僕を避けるためにそんな嘘をついたのだろう。完全な冤罪である。

 むしろ、精神的にダメージを負ったのは僕の方である。寝苦しい夏でもあれほど枕が濡れた日はない。

「応援にも来てたし、隆ちゃんとも仲いい? みたいじゃん。だから、それなりに好印象だったのに、何かがっかり」

 沢田さんが僕にそういう印象を持ってくれていることは素直に嬉しかった。現状評価が右肩下がりなので意味ないが。

「そうか……ただ、僕から言わせてもらうと、泉さんに告白なんてしてないぞ」

「は? じゃあ、ゆっきーが嘘ついてるって言うの?」

「そうだね」

「あんた、最低ね」

「えぇ……」

 泉さんへの全幅の信頼が悪い方向に出ている。取り付く島もない。

「とにかく、お願いだからゆっきーに近付かないで。うちのチーム、ゆっきーが三日も休むもんだから、めっちゃ困ってるの」

 沢田さんはおでこに手を当てて悩まし気な表情で抗議する。インターハイ本戦は八月の上旬に行う。それまでは残り一ヶ月弱であり、レギュラーメンバーの選手に練習を休まれると困るという事情はよく分かった。

 しかもその理由が病気や怪我ではなく色恋沙汰なのだから、怒りが湧くのも無理はない。

「そりゃ大変だな」

「あんたね……他人事みたいに言って」

「僕は……泉さんと話したいことがあるんだ。彼女ときっちり向き合う必要があって……まあ、とにもかくにも、泉さんが嘘を吐いているのは事実だ。僕は告白もストーキングも全くしてないし」

「あんたの言葉が本当という証拠はない」

 僕は真剣にそう言うが、沢田さんも一歩も引く様子はない。

「……まあ、一応言いたいことは言ったからいいけど……もしゆっきーに近付こうとしたら、殺すよ」

「そう言えば、まだ連絡先を交換していなかったね。交換しとこうか。泉さんが学校に来たら是非教えてくれ」

「死んでも無理」

 沢田さんはそう言って立ち去った。背筋を伸ばしてスタスタと歩く姿は妙にクールだ。

 非常に面倒なことになったなと、嘆息する他なかった。

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