第20話
後半の立ち上がりは、前半の序盤同様にゆったりとしていた。
大栄高校としては失点をしないことを重視している。でき得る限り長い時間失点をしないようにし、状況に応じてプランを変化させるつもりだろう。
一方、文清学園はゴールを奪うことが最も重要であるが、それと同じくらい失点をしないことを心がけているように思えた。今日のような試合では、追加点やダメ押し弾を決められることを一番避けたいと感じているのだろう。
だから、後半は互いに自分の時間にできると考えた段階で前に人数をかけ、ゴールを奪いたいという思惑があるはずだ。
しかし、僕のその予測は早速裏切られる。
後半七分、大栄高校が文清学園のペナルティボックス付近でパスを回す。
文清学園は一人一人にきちんとマークに付き、フリーの選手が生まれないように細心の注意を払う。
泉さんが逆側のインサイドハーフからボールを受けると、大栄高校の左SBの2番が相手のCBとSBの間を抜け、ペナルティエリアに颯爽と走っていく。
それを見つけた泉さんは、すかさず右足の甲でふんわりと山なりのスルーパスを出した。
相手選手の頭上を越えたパスは、ゴールラインギリギリで止まる。
文清学園の右SBの22番が、スライディングをしてボールをかき出そうとする。
しかし、2番は切り返してそれを躱した。
ゴール前に素早く右足でクロスを上げると、中で待っていた沢田さんがダイレクトでシュートを打つ。またも得意の左足で放たれたシュートは、相手GKの右手掠めた。
だが、ボールの勢いを止めるには至らず、ゴールに鮮やかに吸い込まれた。
また大きな歓声が沸き起こった。僕も思わずその美しいプレーに両手を上げそうになった。
「よっしゃー! 鈴! ナイスゴール!」
隣にいる隆二は恥ずかしげもなく両手を高く上げて、喜色満面であった。
沢田さんはアシストした選手にすぐに抱き寄っていく。泉さんは飄々とした様子で自陣に戻ろうとしたところを、チームメイトに捕まえられていた。
後半始まってすぐ、スコアを二対〇とした。
後半のかなり早い時間にゴールを取れたことは、大栄高校にとって非常に大きなアドバンテージになった。
対して、文清学園の面々は流石に動揺を隠せない。問題なく守備はできていたが、それを上回るプレーをされた。
その上、与えたくなかった追加点のおまけ付きである。落胆するなという方が無理だ。
両チームが元の配置に戻り、試合はまたすぐに再開される。
文清学園は失点直後、選手を入れ替えた。ボランチとCBの選手、右サイドとFWの選手の二枚代えだった。
どうやらまたフォーメーションを変化させたらしく、スリーバックにして、SBを
そしてこの交代とフォーメーション変更は、大栄高校にとって厄介であった。
大栄高校は、時間が経過するにつれて、明らかにボールが回らなくなった。
先ほどのフォーメーションと違って守備の人数が一人多くなったので、前方で使えるスペースが狭くなってしまった。
また、最終ラインに三人並ばれてしまうと、中々クロスを上げてもFWには渡らない。完全に手詰まりの状態になった。
大栄高校は右サイドMFとアンカーの選手を交代するも、大きな変化はない。
文清学園は泉さんにはどの位置からでもパスを出させないこと、沢田さんにはゴール前でだけ絶対にマークを外さないことの二つを徹底していた。
前半から行っていた対応のやり方を少し変えるだけで、大栄高校は機能しなくなっていた。
大栄高校の選手レベルはみな高いが、それは文清学園も同じである。圧倒的な力を持つ大栄高校の二年生コンビに仕事をさせなければ、何も問題がないことに気付いたのだ。
後半の中盤からずっと、完全にペースは文清学園にあった。
遠めからでも果敢にゴールを狙い、大栄高校がボールを持つと激しくプレスをかける。
大栄高校は何とか持ちこたえている状態で、後半残り五分という時間になった。
試合は二対〇の状態だが、いつゴールを破られてもおかしくない状況だ。
文清学園はサイドから前への圧力をかけるので、それに対応するために大栄高校のサイドMFが守備に戻るといった具合になり、攻撃への展開が難しくなっている。
頼みの綱の沢田さんは二人がかりで守備に来られるので、流石にキープができなかった。
そして、危惧していたことが起こった。
大栄高校がビルドアップから攻撃を展開しようとし、右SBの20番にボールが渡った。
文清学園の素早いプレスにより、パスの出しどころが消え失せる。なので、仕方なくロングボールを蹴り出すが、文清学園のCBにクリアされる。そのこぼれ球が運悪く相手のボランチの8番に渡る。そこから更に9番へと鋭い縦パスが入った。
9番は中央へとドリブルしてペナルティエリア付近に持ち込んでいく。
途中投入の大栄高校のアンカーの16番が、スライディングをして無理やりボールを取ろうとした。
しかし、9番の蹴り出したボールに触れることができず、接触したのは相手の足のみであった。
9番が転んだと同時に笛が鳴り、落胆と期待の声が会場に反響した。
僕は肝を冷やした。まず、PKにならなかったことに安堵したが、同時にいい位置でのFKを獲得されたことに緊張が走る。
「あー、無理に足出す必要ないのにな」
隆二は今の場面を見て、そう独り言ちる。
僕もそれに同意見だった。確かに無理にボールを奪おうとする場面ではなかったかもしれない。
しかし、文清学園の波状攻撃が続いていたので、気持ちに焦りが出てしまったのだろう。
泉さんは16番の選手に声をかけて、背中を叩いて励ましていた。彼女はチームメイトに不甲斐ないプレーがあった時、必ず何かしら声をかけている。素晴らしい心がけだと思う。
泉さんはそうした後、ゴールから少し遠いエリアに立った。身長の低い泉さんは、ゴール前の壁に参加することができない。加えて、この時間帯で相手にとっては絶好のFKの場面だ。非常にもどかしい思いをしているのが、遠くからでも伝わる。
ボールの近くには、左利きの途中投入された11番と右利きの8番の選手が立っていた。
準決勝とこの試合、CKやFKを蹴るプレースキッカーは8番だった。
審判の蹴るように促す笛が鳴らされる。
選手、リザーブ、観客全てが息を呑む。キッカーの一挙手一投足に視線が注がれる。
8番のキッカーは走り出す。
左足を踏み込んで腰を曲げ、ボールのただ一点を見つめて――止まる。
そして11番が助走をつけて走り出し、ボールをインサイドで蹴り上げた。
大栄高校の壁に並んだ一同が渾身の力でジャンプするも、無情にも頭上を越えていく。
GKは、完全に逆を取られていた。
8番が打つと考えていたのか、GKから見てゴール右側への対応のために動いていた。
結果的に、予想とは違う方向にボールが飛んできた。
GKは慌てて逆方向に走り、目いっぱい手を伸ばす。
しかし、ボールはキッカーから見て、右のサイドネットに美しい弧を描いて、入った。
文清学園の選手、ベンチ、応援団から歓声が上がった。
文清学園は、攻め続けた中でやっと欲しかったゴールを手にした。時間もまだ少ないが残されている。そのFK弾は、チームのモチベーションを上げるのに十分過ぎるものだった。
対して大栄高校は、がっくりと項垂れる選手も見受けられた。
セットプレーでの個人技とはいえ、これまでしぶとく耐え忍んでいたのにゴールをこじ開けられてしまったのは、少なからずショックである。
もちろん、試合は二対一となっただけなので、リードしている状態である。
しかし、精神的なダメージは少なからずあった。
「いやー、上手いキックだなー」
隆二は眉間に皺を寄せ、そう呟いた。11番のFKは非常に上手かった。恐らく、GKが予測できていたとしても、取れるかどうかは分からない。それくらいよいコースに向かった。
泉さんやキャプテンを中心にして、すぐに円陣が組まれる。
彼女たちが何を話しているかは不明だが、その目が死んでいないことはよく分かった。
試合が再開されると、残り時間が少ないということもあってか、肉弾戦が明らかに増えた。
ゆっくりボールを繋ぐことはなくなり、文清学園はロングボールを9番目がけて何度も放り込む。
そして、大栄高校のCBがクリアしたボールが泉さんに渡る。
泉さんは無闇にボールを蹴り出さない。相手のペースに惑わされず、かつ時間を使うためにキープを優先した。
だが、それを好機と見たか、文清学園の選手たちは一気に多人数で泉さんを囲う。
泉さんは寄せてくる相手選手を掻い潜り、左SBの2番にパスを送る。
しかしそのボールを、文清学園の11番がカットした。
11番は、泉さんが予想していただろう場所よりも近い位置に立っていたし、SBもパスを出されることを予測していなかったので、反応が遅れてしまった。
僕は泉さんの失望と困惑の表情を見て、胸が痛くなった。彼女の気持ちが手に取るように分かる。あの一瞬で焦燥感が体を支配して、背筋がぞっと寒くなるのだ。
ボールを持った11番は、すぐにクロスを上げた。
ペナルティエリア内で待ち構えていた9番が高くジャンプし、ヘディングする。
競り合った大栄高校の4番を押さえつけて打ったそのシュートは、非常に力強かった。
GKは反応するも手に当てることができず、ボールはゴールネットに吸い込まれた。
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