第三章 僕と彼女は、決定的に違う

第16話

 五月の中間テストは、特に問題なくクリアできた。

 僕は平時通り高得点を出せたし、泉さんも赤点は回避できたようで何よりであった。

 そして六月に入ってからは、長袖も着なくなり、非常に過ごし易くなった。

 我が在住地では降雨などなく、傘を差して歩くことはあまりない。

 六月も中旬に差しかかり、今日も太陽は雲に隠れることなく僕らを眩しく照らしていた。

 そんな金曜日の午後四時。泉さんは、ホワイトライトに訪れていた。

 泉さんは入店するや否やテーブルに頭を乗せて、がっくりと突っ伏した。

「おつかれ」

「……どうも、ありがとう」

「明日は、決勝だな」

「……そうだねー。もう決勝だねー」

 泉さんは少し疲れているようで、間延びした声でそう言う。

 全国高等学校総合体育大会サッカー競技女子――通称インターハイは、冬に行われる全日本高等学校女子サッカー選手権大会に並ぶビッグタイトルである。

 六月から全国で地区予選が行われており、我が地区は十二校で全国への出場を争っている。大栄高校はシード枠の二回戦から出場であった。

 二回戦を昨日、準決勝を今日と二日続けて行ったのだ。泉さんがくたくたなのも頷ける。

 大栄高校は二回戦を五対〇、準決勝を六対〇と圧倒的な力で相手をねじ伏せて勝ち上がった。泉さんは二試合連続で二ゴールを上げ、申し分ない活躍を見せた。

 僕は本日、試合会場が最寄り駅の近くにある運動場だった準決勝に足を運んだ。

 午前十時に試合が行われたが、くしくも今日は大栄高校の開校記念日であったために、授業がなく休日だった。

 決勝も明日の土曜日に準決勝と同じ会場で行われるので行く予定である。

「相手は……文清ぶんせいだな」

「そう……はぁ……」

 泉さんは深くため息をついた。彼女の気が滅入るのも頷ける。

 決勝戦の相手である文清学園は、我が地区においての高校女子サッカー部二強のうちの一つだ。言うまでもなく、もう一校は僕たちの通う大栄高校である。女子サッカー部はそもそも数が多くなく歴史も浅いので、クオリティの高い選手は大抵その二チームのどちらかに進学するらしい。

 この二校は完全なライバル関係であり、今までのようなイージーゲームとはいかない。

「でも、ありゃ強過ぎるよな……」

 僕は準決勝の会場で見た景色を思い起こす。大栄高校の試合が終わった後に、同会場で文清学園の試合が行われたのだ。

 僕は事前に泉さんから「決勝で必ず当たるよ。当たらないとかないから。どれぐらいないかって例えると、この町全域に雪が一切降らなくなるくらい」と聞いていた。

 泉さんがそこまで言うチームの実力がどの程度のものか見たかったので、そのまま試合を観戦したのだ。

 結果として僕は凄まじいものを見てしまい、ただただ相手を不憫に思った。

 相手チームは大栄高校や文清学園と同じく二回戦からのシードチームだが、それはもう虚しくなるくらい徹底的に打ちのめされた。スピードやパワー、テクニックなど、何もかもレベルが違い過ぎていた。

 終わった時のスコアは一六対〇だった。決して野球のスコアではない。紛れもなくサッカーのスコアである。ちなみに後で聞いたところ、文清学園は二回戦も十二対〇で勝ち上がったらしい。

「あー、もう! 何でインターハイは一枠しかないのよー!」

 泉さんは栗色の髪を掻いてそんな文句を叫ぶ。冬の選手権は、全国的に女子サッカー部の数が少ないこともあり、僕らの住まう地区には全国への枠が二つ与えられている。

 冬の選手権の地区予選では、決勝に進出すれば勝ち負けに関係なく、全国大会に出場できる。

 しかし、夏のインターハイには一枠しかない。

 なので、決勝戦での勝者だけが、全国への切符を手に入れることができる。

「まあ、でも、倒せばいいだけだし。あと、カフェオレ、冷たいやつ」

「かしこまりました」

 僕は泉さんから注文を受け、カフェオレを作り始める。

 ケーキなどの甘いものは、二人でテスト勉強をした時以降、体調管理のためにずっと我慢しているらしい。しかし糖分が体に欲しいのか、いつものブレンドコーヒーを頼まなかった。

「けど、勝つのは厳しいぞ。ここ数年も、大栄は優勝できてないみたいだし」

 女子サッカーのインターハイは二〇一二年から始まり、予選ではこれまで全ての優勝を大栄高校と文清学園で分け合ってきている。

 また、現在は文清学園が五連覇を飾っており、今年の優勝にも大きな期待が懸かっている。大差で敗北した時もあるようで、かなり厳しい戦いになるのは言うまでもない。

「そんなの分かんないよ。サッカーは、何が起こるか分からない」

 僕は泉さんの言葉に強く同意する。サッカーは何が起こるか本当に分からない。格上相手に戦術や運で勝ったり、金満クラブを弱小クラブが倒したりもする。僕自身、絶好調だったのに怪我をしてサッカーを辞めたし、予想がつかない。

「けど、あっちはアンダーの代表もいるし、今回ばかりは難しいだろう」

 僕はそう言いながら、泉さんの前にでき上がった冷たいカフェオレを出す。

 文清学園にはU―18日本代表の9番が、凄まじい活躍を見せていた。準決勝ではダブルハットトリックを記録し、向かうところ敵なしという印象だった。沢田さんほど図体は大きくないが、パワーがあって足の速い選手だ。

 そもそも文清学園は、我が校と環境が違い過ぎる。文清学園の女子サッカー部に所属する生徒は、みな学生寮で暮らしていて、日々共に部活に精進している。偏差値も大栄高校よりも二十近く低く、勉強に厳しい我が校よりも、スポーツをする上では恵まれている。

 僕が諦めムードを醸し出していると、泉さんはムスッとした表情になる。その瞳には、強い憤りを宿していた。

「さっきも言ったけど、サッカーは何が起こるか分からないし、私は優勝できると思ってる」

「その自信、悪くはないと思うよ。僕も慰めの言葉を考えといてあげるし、頑張りな」

「……始まる前から負けることを考えるの、私は嫌い。石野君のそういうところ、よくないと思う」

 唇を尖らせる泉さんは、グラスに入ったカフェオレをグイっと飲み干す。カランと氷が崩れる音がした。

「……う、うぇ……」

「そんなに一気に飲み干すから」

「いや、違くて……まっ……まずくて……カフェオレなのに、に、苦い……」

「……ごめん」

 僕は苦々しい顔をする泉さんに素直に謝罪する。ブレンドコーヒー以外は、まだまだ修行中の身なのだ。

「……じゃ、今日は、帰るから……絶対観に来てよ、試合」

「あ、あぁ」

 泉さんはリスのように頬を膨らませ、店から出ていった。

 少々煽りが過ぎただろうか。

 けれど、恐らくこの程度で泉さんのモチベーションに影響したりはしないだろう。

「あんた、何で素直に応援できないの?」

 いつの間にか隣に佇んでいた母が、呆れた様子で僕を見据えていた。

「……思春期の息子の交友関係に口出ししないでくれ」

 僕は母が陰からやり取りを見ているのを快くは思わなかった。女の子と仲のよい関係であるから気になるのだろうが、迷惑なのでやめてほしい。

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