第13話
大栄高校は後半も怒涛の攻撃を見せた。リザーブ選手の活き活きとしたプレーの甲斐もあって、結果的に七対〇と圧勝した。
泉さんはハットトリック、更に六点目のゴールをCKからアシストし、この試合で最も活躍した選手となっただろう。
僕は試合を見届けた後、すぐさま学校を後にした。
自宅に帰って、いつものようにカウンターで本を読んでいると、午後三時頃に泉さんが来店した。
「やほー」
泉さんが片手を上げて入店する。満面の笑みを張り付けて、非常に上機嫌であった。早急に煽りたい気持ちが抑えきれなかったのだろうか、彼女は二日続けて店に訪れた。
「どうだった? 私のプレー」
泉さんは朗らかに問う。浮かべた笑みからは、舐めていた僕に一泡吹かせられたことを喜んでいるのが、手に取るように分かった。
「よかったな」
「でしょー」
僕が素っ気なく褒めると、泉さんはまるで欲しいおもちゃを買ってもらえた子供のように歯を見せて笑う。幼気な笑みは明らかに嘲笑も含まれているだろうに、それに怒りが湧かないのは彼女だからだろうか。
「そう言えば一つ気になったんだが、どうして二点目のシーンは、あんな選択をしたんだ?」
冷たい水を出すついでに、僕は泉さんに尋ねる。
「二点目のシーン……?」
「沢田さんとワンツーで抜け出して、泉さんが決めたシーン」
「あぁ、あれね」
泉さんはその場面を思い出したのか、自信満々な面持ちで首を縦に動かす。
「素晴らしいゴールだったね。以心伝心、長針短針」
「そう。あの時、沢田さんにボールを出すとは思わなかった。いいプレーだった」
僕は泉さんのプレーを素直に褒めた。というか、泉さんはラップとか好きなのだろうか。
すると、泉さんは頬を膨らませて、どこか不満そうな表情になった。
「ねぇ、石野君なら、あの場面はどんなプレーを選択する?」
泉さんはにわかに、しっとりとした声色で訊く。彼女が真面目な様子だから、僕もそれに合わせてしっかりと答えようと思い、あの場面で考えたことをつぶさに思い出す。
「……僕が仮に泉さんの立場なら、あの場面は一度キープして、味方全体の上がりを待つ」
「ふーん、消極的なんだね。けど、相手のブロックができちゃうと、ゴールを取るのが難しくなるよ」
「確かにそうだ。でも、数的同数の状態で無理に攻めるよりも、相手を焦らしてゆっくり攻撃した方が、得点できる確率は高い」
泉さんはまるで受験生のように僕の意見を集中して聞き、首肯した。
「確かに、石野君の考えも分かる。けどあの場面で、私が中央を突破しようって思えた確固たる理由、ちゃんとあるんだよ」
泉さんはニヤリと口角を上げた。
「どんな?」
「自分で考えてみて」
泉さんはヒントすら出さない。僕は彼女にでき上がったブレンドコーヒーを渡そうとする。
しかし、泉さんが受け取ろうとしたすんでのところで、渡すのをやめる。彼女は不満げに僕を見据える。
「ヒントをくれ」
「もー、仕方がないなぁ。ヒントは、一点目のシーン」
「一点目?」
「先制点、思い出して。そしたらどうして二点目、前にドリブルしようと思えたか、分かるはず。これでオーケー?」
僕は泉さんにカップを差し出し、少しの間考える。
試合の一点目のシーンを頭の中に思い起こす。
あの得点は、大栄高校の最終ラインのビルドアップからゆったりとスタートした。
トップ下にいた泉さんは、ボランチと同じラインまで来て、前線に縦パスを送った。
ボールを受けた7番は一対一を制し、ペナルティエリアに侵入する。
相手の5番が7番に寄せたが、クロスを入れるのに成功し、沢田さんがシュートを打つ。
一度は防がれるも、こぼれ球に泉さんが反応してゴールした。
「……あぁ、そういうことか」
僕が手をパンッと叩くと、泉さんが驚いてビクッと跳ね上がる。
「分かった。泉さんの視点で考え過ぎていた。肝は5番の方だ」
「正解」
泉さんはやっと答えを導き出せたのかと暗に示すため息をつき、肩を落とした。
「一点目の時、5番が無理にボールを取ろうとしたんだよね。本来なら、プレスをしないでゴールから遠ざけなきゃいけないのに。それに、ペナルティエリア内ではPKに繋がる恐れもあるし、絶対にファウルはできない。けれども、彼女はボールにアプローチした」
「だから、それを踏まえてドリブルをした」
泉さんは僕の言葉に首肯する。彼女はコーヒーをゆっくり啜って喉を潤した。
「少しボールをキープすれば、5番の選手はあの場面、焦れて足を出してくると思った。予想通り、あの子はボールを無理に取ろうとしてきた。あと、鈴は自分が活かされるだけじゃなくて、他の選手を活かすのも上手いタイプだし、必ず状況を考えてボールを返してくれると思ってた」
「なるほど。相手は絶対に泉さんをペナルティエリアに近付けたくないと考えていただろうし、慌ててしまったんだろうな……そこまで考えられるなんて、凄いな」
僕は泉さんの思考力に舌を巻く。自分のスキルを自覚した上で、仲間の特性を把握、更に相手選手の考えと癖までしっかり読んでプレーの判断をしている。
試合の最中、そこまで考えられるのは中々優れている。流石、強豪校でプレーをしているだけのことはある。
「というか……これ、石野君が教えてくれたことじゃん」
「はあ……?」
僕は泉さんが唐突にそんなことを言ったので、ふと思考が停止する。僕が彼女にサッカー講義など行ったことはあったろうか。
「中二の夏休みの時……覚えてない?」
「…………ごめん。そういうことも、あったかもしれない」
僕は、はっきりとは思い出せないのでそう答える他なかった。泉さんが僕とのやり取りを覚えていてくれたことは素直に嬉しいが、同時に申し訳なく思う。
「ま、別にいいよ。私としては、思い出してほしいと思うけど」
泉さんはすぐにその哀愁を消し去って、極めて明るい声を上げる。
「そんなことより、約束、守ってくれるよね?」
「約束?」
「忘れたとは言わせないよ! 試合に必ず来ることと、サービスすること!」
僕がとぼけると、泉さんは前のめりになってそう言う。栗毛がふわりと舞って、制汗剤の香りが鼻へと届く。
「そんな約束した覚えないなー」
「嘘つきだ。ハットトリックしたらオーケーって言った」
「ハットトリック? 帽子を用いた手品か何か?」
「うー、詐欺師だ。よくないぞ。評価サイトに長文で文句書いて星一にするぞ。水だけでモーニングとランチタイムの時に居座り続けるぞ」
「凄い陰湿な嫌がらせだな……忘れてないよ」
「よかった」
泉さんはホッとした様子で息を吐いた。
「だけど、毎試合行くことは難しい。試合会場が遠いなら行かないからな」
「分かってるってー」
僕がそう言うと、泉さんは片手を振ってへらへらと笑った。
まさか高校生になってから、またサッカーに関わることになるとは、思いもしなかった。
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