第6話 過去編 中学二年の雄輝
チームメイトが部室に着替えに向かう中、僕は一人で校内に来ていた。
洗い場で何度も顔を洗う。水は異常なほど冷たくて、肌がひどく痛む。
しかし、どんなに浴びても体の熱りは消え去ってはくれない。
今まで感じなかった怯懦が触手のように四肢に絡まり、身動きを取れなくさせていた。そのような精神状態では、思うようなプレーをすることは到底叶わなかった。
試合後は各自解散だ。まだみんな着替えをしている最中だろう。
だから、僕は部室に戻らず、近くにある階段に着座し、腰を丸めて項垂れた。
視線の先に見える足には、かさぶたになった擦り傷、生えたばかりのすね毛、鍛え上げられた強固なふくらはぎがあって、それは間違いなく僕の足そのものである。
この足がチームを敗北に導いたのだ。けれど、これが練習試合でよかったと、心底安堵としていた。もし仮にリーグ戦であったとしたら、僕は目も当てられない存在となっただろう。
約ニ十分間、じっとそうして心を落ち着けた後、着替えるために外の部室へと歩いていく。
「おい、全然あいつ来ないじゃんか」
部室のドアの前に、数人が屯している様子であった。僕は物陰に隠れ、彼らの様子を窺う。
「あいつのせいで負けたんだ。あれなら稲田の方が百倍いいわ、マジで」
強烈な怒りを言葉に滲ませていたのは、加藤であった。後頭部で手を組み、壁にもたれかかって踏ん反り返っている。
加藤の遠慮のない言葉は、僕の心臓に矢のように突き刺さる。それは言うまでもない事実だが、改めて言葉にされるとつらいものがある。
「確かにこの試合に限って言えば、稲田の方がいいプレーをしたのは言うまでもないな。それに、今日のようなプレーを今後も続けるようなら、ただのお荷物だ」
そう付け足したのは熊野であった。彼もまた、加藤と同様に僕によい印象は抱いていなさそうであった。加藤も熊野も既に制服に着替えており、僕を待ち伏せしているのは明白であった。
「それな。試合に出る以上、あいつ、あれじゃダメだわ」
僕は彼らに気付かれないように、息を潜めてその場に蹲り、会話の内容に耳を傾ける。
「なぁ、隆二、お前はどう思うよ?」
加藤がそう隆二に問う。どうやら、あの中に隆二がいるようだ。
「……俺は……」
隆二が何と答えていいのか分からないのか、言葉を吟味しているのか、じっと黙っている。
僕は隆二の言葉を待った。純粋に、彼が何を言うのかが気になって仕方がなかった。
「……俺は、ノーコメントだ」
「おい、何だよ、それ」
隆二の答えに、加藤は壁を強く叩く。バンッと大きな音が耳まで届いた。
「結論を出すのは、監督か、雄輝かだ。俺からは、何も言えない」
「ちっ、そうかよ」
加藤は憎々し気に舌打ちをした。
「あーあ、あのチビ、逃げちゃって全然戻って来ねぇし。帰ろ」
ちらと様子を確認すると、加藤が肩を怒らせて歩き、部室を離れていく姿が見えた。
熊野と隆二も加藤と共に昇降口へと向かっていった。
周辺に人がいないことを確認できてから、僕は部室のドアノブに手をかける。
指先は寒さと恐怖で震え、心臓は激しく脈打っていて非常に喧しい。
意を決してドアを開けると、そこには誰もいなかった。どうやらあの三人以外は既に支度を終えて帰ったようだ。寂れた一室にボロボロの用具が置かれているだけであった。
僕は自分の着替えの入っているロッカーに手をかけようとして、止まった。
両拳をグッと握って、頭をロッカーに当てる。奥歯をグッと噛み締める。
彼らの言葉に、反論の余地など僕にはない。それは紛うことのない事実だ。
僕は憮然とすることもなく、悲泣することもなく、ただただ無心で帰宅するために着替えを始めた。
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